物語をもう一度
※カラダから始まった二人の噺
【SIDE:弦】
世の中に感動的な出会いと愛の物語が溢れる中、俺たちの出会い何てマジでクソみたいなもんで。
テキトーに通い慣れた店で、テキトーに声を掛けられた相手と店を出た。いざヤッてみりゃカラダの相性はピカイチで、何で俺なんぞを選んだのか謎なくらいそいつの容姿だってピカイチで。
捨てられんのが怖くてずっと避けてきた関係性は、相手がアイツに変わった途端流れを変えた。
気付けばいつの間にか同棲なんか始めたりして、所謂“恋人”なんて関係になってた。
強がって『浮気は容認する』なんて言ってみても、心の奥じゃ『俺だけを見てくれ』って叫んでる。そんな心を複雑骨折した俺に、多分、アイツは気付いてる。
目に見えた愛の言葉なんて囁きはしないけど、天邪鬼な言葉を咎めるアイツの目が、細かく連絡を寄越すアイツの行動が、最弱メンタルな俺を安心させてくれてんだ。
でも、じゃあアイツは?
何一つ伝え合わずに始まった関係に、ただ俺を支えるだけの立場に、アイツは不安じゃ無いのだろうか。
何も求めず俺を抱きしめるアイツは、本当は何を望んでいるのだろうか。
不安だと、泣きたい時は無いのだろうか。
出会いが始まりだと誰が決めた。
別れが終わりだと誰が決めた。
俺の携帯が着信に震える。
後三十分もすれば、アイツはこのドアを開けるだろう。
その時が俺たちにとっての終わりであり、そして…
新しい物語の始まりとなる。
END
【SIDE:史也】
『愛してる』だなんて今更言えない。
あの日声をかける事を、数ヶ月も前から狙っていただなんて…今更言えるはずが無い。
アイツを見つけた時、俺には既に恋人が居た。
自信に満ちた、自分は愛される存在だと知っている子だった。
対してアイツは何時だって卑屈な目をしてた。
何も信じられないと、自分は誰からも愛されないと、そう嘆いている目をしてた。
気付けば俺はアイツを目で追いかけ、たった一晩だけの熱を共有しようと出て行く背中を見送っている。
恋人を抱く数より、アイツを見送る数が上回っていった。
ただ、欲しかった。
俺ならあんな目をさせたりしない。
あの野良猫みたいな警戒心が滲む目を蕩けさせてやるのに。
そう思う内に俺は隣に居たはずの美しい恋人を切り捨て、ただアイツを手に入れに走ってた。
刹那的な熱を匂わせ、誘き寄せた。
間違っても『愛してる』なんて言ってはダメだ、怯えて逃げてしまうから。
そうして俺は本当の気持ちを打ち明けられぬまま…縛り付けるようにアイツを手元に置いてしまった。
アイツは何も言わない。
ただ、いつだって不安そうな目をしてる。
あれ程悲しませないと誓ったはずなのに。
あんな目はさせないと思っていたはずなのに。
そうさせているのは俺なのだと、分かっているのに伝えられないのは、ただ…アイツを失いたくないからだ。
でも、そこに未来は有るか?
誰が今更だと決めた。
誰がやり直せないと決めた。
タイミングを逃したのならもう一度自分で作れば良い。
俺は手にした携帯で帰宅を伝えるメッセージを送った。きっとアイツは直ぐに確認するだろう。
そうして何時ものように、玄関先で待っているはずだ。
ドアを開けた瞬間の一言を変える、それだけで良い。それだけの事で、きっと俺たちは変わることができる。
「おかえり、史也」
「ああ、――――――」
たったその一言で
また、新しい物語が始まる。
END
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