×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
蝶を恋う花【前編】


「はぁ、こりゃー参ったね…」

 俺、柳瀬徹三十四歳。
 只今励んで就活中…ではあるが、残念ながら現在全敗中。


 六年と少し務めた会社をクビになったのは三ヶ月前。
 “横暴”と言う言葉を具現化させたようなクソ上司。己の愚かさゆえにミスを犯し、とんでもない損失を会社に与えたクソ上司。
 それをまさかの俺に擦り付けやがった。
 
 多少歳を重ねたことで抑えられるようになった自分の気性も、この時のハゲでチビでデブのクソ上司には抑えることが出来なかった。そして、クソ上司の顎に思い切りアッパーを食らわせ、漫画の様に縦後ろに吹っ飛んだアイツの首を片手で掴みあげ吊るしている所を社長に見られたのだ。
 濡れ衣は避けたものの、俺はその場で職を失った。
 
 その後、あのクソ野郎がどうなったかは知らない。

 暫くゆっくりしたらいい。と昔のチーム仲間には言われたが、人間、そう長く暇を満喫出来るものではないらしい。ゆったりニートを楽しむのも、ひと月で飽きてしまった。
 そうして始めた就活も、このご時世中々上手くはいかない。
 年齢相応の給料を求めても、自分自身の学歴が伴わない上に数年後には四十を迎えるヤンチャだった過去のある男など誰も取ろうとは思わないのだろう。
 就活は難航を極めた。


 『亨さん、寮監督をやる気はありませんか?』
 チーム所属時代の弟分、有澤からそんな連絡が入ったのは、俺が二十三社目の不採用通知を受け取り項垂れ、飲まずにやってられるか! とビール片手にナイターを見ながら枝豆を摘まんでいる時だった。

「寮監督?」
「はい。僕が理事長として管理を任されております緑桜南学園で、いま寮監をやってくれる方を探しているんですが…やはり信用が出来る方でないと任せられないことなので中々決まらなくて。どうでしょう?」

 聞き慣れない仕事に訝しんだものの、聞いてみれば仕事も特に難しそうでもなく給料も中々良い。
 寮に住み込みになるというリスクと、全寮制の男子校と言う地獄のように閉鎖的な世界ではあるが、言われた学園を調べてみれば過剰なほどの多種多様な施設が整っていた。

「まぁ、金持ちが見栄で通う様な学校ですからね」

 自分の所有する学園でありながら、嘲笑するような言い方をする有澤の心情は測り兼ねるが、やってみる価値を見出した俺は“寮監”と言う初めての仕事を受けることにしたのだった。


 ◇


「何っじゃこの門は…」

 あれから三日後、俺は早速学園へと出向いた。もともと荷物の少なかった部屋の引越しはあっという間に済み、今日からこの学園の寮監となるべく出陣して来たわけだが。
 そんな俺は着いて早々、学園の門を顎が外れんばかりに大口を開けて見ていた。すると仰々しいほどに煌びやかな門は、また重々しい音を立ててゆっくりと開いた。

「お久しぶりです、亨さん」
「有澤! お前も、元気そうだな」

 久しぶりに顔を合わせた有澤は、やたらと嬉しそうにニッコリ笑う。
 俺がチームに居た頃。下っ端連中はみんな懐いてくれていたが、有澤はその中でも断トツで俺を慕ってくれていた。
 俺は元よりストレートに気持ちを伝えて来る奴に弱いし、それだけ好意を寄せられれば可愛く思えるのも当たり前で、当時はかなり可愛がってた。しかし俺が社会人として社会に出た頃より疎遠になってしまい、連絡は取るものの中々直接会う機会を作れず、今日は数年ぶりの再会となってしまった。

「ゆっくりお話ししたいのは山々なのですが、実は説明や案内に結構時間がかかるんです。すみませんがさっそく寮へご案内させて貰いますね」
「あぁ、今日からここに住むんだ。これからはいつだって話せるさ」

 俺がそういうと、有澤はまた嬉しそうにニッコリ笑った。
 あぁ、可愛いヤツめ!






「おい…まだ着かないのか」

 同じ敷地内だと舐めていた。門より歩いて既に三十分経つのに、未だ寮に付かないとか有りえないだろう。車で送ると言う有澤の申し出を断ったことを後悔した。

「ふふ、もう直ぐですよ? ほら、見えてきました」

 これまたどこの高級ホテルなのかと言うような、巨大な施設が姿を現す。
 ネットで軽く調べた知識から思い出すと、確か寮(と言う名のホテル)の中には、コンビニやスーパー、衣料品を扱ったショップなどが数件入っているらしかった。
 この学園は施設こそ立派だが、建っている場所はとんでもなく辺鄙な場所だ。まぁ、簡単に言えば山奥。
 少し買い物に出ようと思っても片道だけで一時間以上、洒落た買い物をしようとすれば二時間は軽くかかる為、必要最低限は学園内で揃うように整えてあるのだとか。

 セキュリティがっつり! 警備員三名常駐のエントランスを抜け、足早に寮の案内を受ける。エントランスには三名だったが警備員は他にも居り、寮の警備は寮監の仕事ではないらしい。
 では一体、俺は何をすればいいのか。確か電話では“寮の管理”と言われた気がするが…。

「そうですね。簡単に言えば、“生徒たちの管理”でしょうか」
「は? 端的過ぎて分かんねぇよ」
「この学園は全寮制で、しかも男子校です。思春期真っ只中の彼らをこんな何も無いところに閉じ込めておけば、嫌でも問題は起きるもので…問題が発生した時、その場をあなたに治めて欲しいのです」
「…ふぅん?」
「でも一番お願いしたいことは、生徒たちの“相談役”なんですが…」

 ――はて?

 先ほど寮に来る途中で少し話を聞いたのだが、確か学校には保険医とは別に相談員が在中しているはずだ。
 相談員は免許も有るし、その道のプロだ。そんな立場の人が居るのに何故に寮監が相談役にならねばならんのか。

「相談員に相談すると、教師に漏れると恐れて肝心な事を誰も話したがらないんです」

 なるほどね。名ばかりの存在になっていると。
 確かに思春期男子の主張が教師に漏れるなど恐ろし過ぎる。だが、誰だって包み隠さず吐き出したい時が有るものだ。

「わぁったよ。可愛がってやるよガキどもを」

 俺がそう言うと、「頼りにしてます」と心底陶酔した顔で俺を見て言うもんだから、ますます俺はヤル気が出てしまった。単純…。



 一通り寮内と自分の寮監室の案内が済むと有澤は、

「もう直ぐ職員会議が終わるはずなので、教員達にも紹介しますね。警備員に話が有るので、先に校舎に戻って貰えますか? すぐに追いつきますから」

 そう言うと颯爽と去って行った。


 三時過ぎにここへ来たが、もう日が傾いていた。寮から校舎へ続く道沿いにある校庭では、生徒たちが部活に勤しんでいる。懐かしみながら暫く見ていたが、校舎まで結構な距離が有ると思い出し、げんなりしながら方向転換したその時。

「ああっ! 危ないっ!!」

 後ろから叫び声が聞こえた気がして振り向いたところ…。

 ――ズバシュッッッ!!

 こめかみ辺りに何かが思い切りぶつかり、俺の脳天を激しく揺らした。そこそこ鍛えられた体ではあるものの、如何せん狙われたのはこめかみ。

(こめかみは…あかんよ…)

 そう思った時には既に、視界は暗転していた。



 ◇



「っ、…?」

 頭に鈍い痛みを抱えながら、ふと目を覚ますと、

「……、っ!?」
「おや、目が覚めましたか」

 少々声が残念そうなのは気のせいか? てゆーかあんた、

「近っ!!」

 鼻と鼻が付きそうな所に相手の顔があれば、驚くなと言うほうが難しいだろう。

 しかもなんだ? 何か腹がスースーする…、と思い目の前の顔を手で押し退けながら目線を自分の腹に向けると。

「てっ! テメェ何やってやがるゴラァ!!」

 大体がその男、顔が近いどころかベッドに横たわっている俺に馬乗りになっていて、尚且つ俺の着ているポロシャツに腹から手を突っ込んでいた。

「退けっ! この変態!!」
「あいたぁー!!」

 思い切り体を横に傾け、そいつを蹴落とす。ドサリと落ちた男を見れば…あれ、男?? え、女!?
 いたた、と腰を摩りながら立ち上がった相手は色素の薄い髪を腰まで伸ばし、色白な顔の造りはどこからどう見ても美人な女性にしか見えない。
 しかしながら、とても背が高いし声は明らかに男の声だ。何なんだ、こいつは…。

「あぁ! そんな不審者を見るような目で見ないで下さいっ」
「不審者以外の何者でもねぇだろが、あんた誰だよ。つか、ここどこ?」

 俺は確か校舎に向ってたはずだ。詳しく思い出そうとすると、右側のこめかみがズキリと痛んだ。

「ここは保健室ですよ。頭にサッカーボールが当たったんです」

 まだ痛みますか? と俺のこめかみをスルリと撫でる。冷たい指先で触れられると、痛みが少し緩和した気がした。

「あ〜…、成るほど。あれサッカーボールね」
「はい。ボールを蹴ったのはサッカー部期待の新人君なんですが、如何せん方向が全く定まらないらしくて特訓中だったみたいです」

 サッカー部でボールの方向が定まらないとか致命的じゃないのか。とか、そんなのが期待の新人てどうなのよ。と言う言葉は取り敢えず飲み込むことにした。

「自己紹介が遅れました。私はこの学園の保険医の槙依弦です。寮監になられた柳瀬さんですよね? 以後、お見知りおきを」

 そう言って手を出されれば、こちらも差し出すしかないだろう。握り返した手は俺よりも作りは細身だが、指が長くデカい。

「なぁ。失礼だけどあんた、男?」

 自分でも超失礼で不躾過ぎるとは思ったが、そうとしか聞きようがない。すると槙と名乗った性別不明のそいつは「どちらだと思います?」とニヤリと笑った。
 あ、面倒くせぇ。


 俺はサッカー部にブチのめされてから一時間も寝ていたらしく、結局職員へのあいさつと言う名のお披露目会は明日へ繰越となり、一通り用事を済ませて迎えに来た有澤と一緒に「あまり痛みが引かない様でしたら直ぐに病院へ行ってくださいね」と言う槙の言葉に見送られ、寮に戻ることになった。
 何か大事な事を忘れている気がするけど、まぁいっか。


次へ



戻る