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続・麻の中の蓬【前編】
 

 太一と、
 付き合うことになりました!!

 
 ◇


「……先輩」
「(ビクッ)」
「俺、言いましたよね。明日練習試合があるって」
「た、太一! あのねっあのねっ」
「どうしても一回だけって言うから許したのにっ、どうしてくれるんですか! 腰が痛くて立てないじゃないですかぁ!!」
「わぁあ! ごめん!! ごめんなさいっ!」
「あんたっ、何回やったか分かってますか!?」
「…………さ、3回?」
「6回っ!! 絶倫かコラァ!!!」
「だっ、だいぢ、ぐるじぃ…」
「いつもいつもいつも! もぉ〜許さん!!! 俺はね、剣道を真剣にやってんですよ! 遊びじゃないんです!」
「わ、分かってるよ?」
「分かってない! 明日だって大会に向けての大事な練習試合なんですっ。万全な状態で、今の自分の力を測りたいんです!!」

 ――なのに!

 そう言って太一は痛む腰を無理に上げ、乱暴に服を纏う。いつもの太一の様子と違い、俺はゾクリと背中を震わせた。

「全国大会まであと二ヶ月。大会が終わるまでの間、先輩とのエッチは禁止させてもらいます」
「太一っっ!!」

 にっ、二ヶ月!? 目の前に太一が居るのに、二ヶ月も我慢するの!? 死んじゃうってそんなの!!
 でもでも、太一の言ってることも分かるし…悪いと思ってるし…でも二ヶ月!!

「へぇ? 俺の為になることなのに、我慢してくれないってことですか」
「そんなこと言ってないでしょ!」
「不満が顔に出てますけど?」

 そりゃ、好きな人を目の前に二ヶ月禁欲って残酷だもの、不満に決まってるじゃない! だけど、太一の為だって分かってるから、葛藤してるんじゃない…

「誰か相手、探したらどうです? どうせヤりたいだけでしょ」

 その言葉に、流石にカチンと来た。
 俺だって自分のことはよく分かってる。今までそちら方面の素行は正直良くなかったし、軽いやつだって思われてたのも知ってる。だけどそれは、太一と付き合う前の話し。
 付き合ってからこの三ヶ月、太一以外に触れてないし、触れたいとも思わないのに。

「なにそれ。ただヤりたいだけで抱いてると思ってたんだ?」

 急に低くなった俺の声に、今度は太一がビクリと肩を震わせた。

「分かった。もう触んないよ」

 身に何も纏ってないのもそのままに、俺は太一の部屋から出る。扉は叩きつける様に激しく閉めたけど、それでもイライラは収まらなかった。
 付き合ってから、初めての喧嘩だった。




「どうしよぉ〜加藤ちゃ〜ん!」

 今更手遅れなのに、太一に放った言葉を大大大大大後悔していた。

「うるせぇ抱きつくなやりチン。自業自得だろ」
「今はやりチンじゃないし!」

 同じクラスの加藤千景ちゃん、超敏腕風紀副委員長サマ。
 見た目は少しキツ目な印象の美人さんなのに、中身は男前&毒舌過ぎて女の子扱いされることは殆んど無い。そんな彼が、この学校で唯一俺が信頼してる友人だ。

「分かってるよ、全部俺が悪いってことは…」
「何でちゃんと一回で止めなかった。最初から守る気が無かったのか」
「ちっ、違うっ! ちゃんと一回で止めるつもりだったって。でも、いつもいつも太一が余りにも可愛すぎて…」
「暴走しちまうってか?」
「あああっ! どうしよぉ〜! 俺逆ギレしちゃったんだけどぉ!! でも、凄くショックだったんだ…今まで嫌々抱かれてたのかなって、思って…」
「ハァ〜」
「だぁって、いつも俺からばっかりなんだよ!? 求められたこと無いんだよ!?」

 思い返しめみれば、いつも俺から。やり過ぎてる自覚はあるし、悪いとも思ってるけど、いつも怒られてばっかだし…。やっぱり、太一は俺のこと好きじゃ無いのかも…。

「相手は、元々ノーマルなんだろ?」
「え、太一? うん、ノンケもノンケ。どノーマル」
「だったら男に嫌々抱かれるなんてこと、まずねぇだろ。お前、もう少し気遣ってやれよ。男が男に抱かれるっつー覚悟は、相当なもんだろぅよ。それもノーマルだったなら尚更だ」

 そんな当たり前のことを、俺は加藤ちゃんに言われて気付いた。いや、忘れていたんだ、そんな大事な事を。
 初めて身体を繋げた日、太一が微かに震えていた事を、確かに気づいていたはずなのに…俺は自分の欲に負けて、ちっとも太一の事を考えて無かったんだ。
 本来受け入れるべき処ではない場所を、無理に開かされる痛みと恐怖。俺は、それを少しでも考えたことがあっただろうか…?
 過去、数々の心無い行為に染まり切った俺は、そんな気遣いすら出来ていなかったのだ。
 今日の空は、俺の心の様にどんよりとした雲が広がっていた。


 ◇


 喧嘩して気まずくなったあの日から早半月、未だ太一とまともに話せていない。
 同室であるのにこんなにもすれ違えるのかと、正直感心してしまう程。いや、ただ単に避けられているんだろうけど…
 朝練の為に早朝から出て行く太一は、当然ながら俺が起きてくる頃にはもう居ない。夜も遅くまで戻らず風呂も済ませて帰ってくるので、戻っても直ぐに自室に入ってしまう。休みの日は殆んど遠征に出ている様で、太一の姿は学校の敷地内にすら存在しない。

 ――もう、元には戻れないのかな…

 もう触らないだなんて大見得切って言ったのに、太一に触れたくて触れたくて。
 自分の身体が、心が、疼いて仕方なかった。





 今日も相変わらず、憂鬱な程どんよりした曇り空。

「加藤ちゃん、俺死ねる自信があるよホント…」
「抱きつくなっつってんだろ! 緩さがうつる!」
「酷いっ! 今は一途だもん!」
「男が“もん”とか言うなキモい。何だ、まだ揉めてんのか」

 揉めるどころか、顔さえ殆んど合わせてないっつーの。 

「慰めてぇ〜、だってもう直ぐ一ヶ月だよぉ!? もぉ俺太一切れでダメかも…」
「……おい」
「ん〜?」
「離れた方が良いと思うぞ」
「え〜?」

 加藤ちゃんの言わんとすることを理解する前に、強い力で首根っこを掴まれ加藤ちゃんから剥がされる。

「あんた、堂々と何やってるんですかっ」

 あぁあ、言わんこっちゃない。と面倒くさそうに呟く加藤ちゃん。俺は恐る恐る自分の首根っこを掴む相手を仰ぎ見る…。

「たっ、太一!!」

 太一の顔は完全に鬼と化しており、語気も荒い。それにここは二年の教室しかない階で、一年の太一が何で居るのかとか、気にすべきところは沢山あった。
 けど、けどけど…

「太一!!」

 相手が怒ってる事も完全にスルーして、太一の首に腕を回ししがみ付く。
 離れたくない! 誰にも渡したくない! これは俺の大事な子なんだから!!

「時田、今日はもう寮に戻れ。麻倉…だったか?お前も一緒にだ。今日は部活も休め。ちゃんとゆっくりお互い満足するまで話し合え」

 いいな? と、あの鬼の風紀委員長を難なく抑え込める副委員長に、拒否出来ない威圧感で言われれば。俺たちは二人とも、大人しく頷く事しか出来ないのだ。




 寮に二人して戻って十五分程経つが、俺たちは互いに言葉を探すばかりで、向き合う形で正座したまま未だ沈黙を保っていた。しかし、そんな沈黙を先に破ったのは太一だった。

「先輩、今まで避けてて…すいません、でした」
「えっ、あ…」

 やっぱり避けられてたんだと思うと、凄く悲しい。

「俺、あの時も言い過ぎました。ヤりたいだけとか、他を探せなんて…」
「で、でもあれは、俺が悪かったし…」
「あんな事言って、結局喧嘩して、でもこれで部活に打ち込めるって思ったのに、先輩とのことが気になって集中出来なくて…先週の遠征での試合、散々だったんです」
「へ!? ご、ごめん! 俺のせいじゃんっ、ごめん太一ぃ」

 半泣き状態で言えば、太一は膝の上の手を色が無くなるまでギュッと握り、首を横に激しく振った。

「違うんです! 先輩に謝らせたい訳じゃない! 俺が…俺が悪っ」

 途中まで言いかけて、だけどそれは涙に飲まれた。

「ちょ、太一! 泣かないで? ね? ごめん、ごめんね?」
「先輩の誘いを受け入れたのは俺で、断らなかったのは俺なんです! あの時だって、結局俺は受け入れた。それを俺は…全部先輩のせいにして八つ当たりしたっ!」
「違うからっ、アレは俺が無理強いしただけで…」

 またブンブンと首を振る太一。

「先輩は、誤解してる」
「え?」
「無理強いなんかじゃない。触れたいと思ってるのは、先輩だけじゃないですっ。俺だって、先輩に触って欲しいと思ってる!」
「えっ!?」
「けど俺…デカイし、可愛くないし、こんな俺がどうやって誘えば良いのか分かんなくてっ」

 そこまで言うと、また涙が込み上げてきたのか言葉が切れてしまう。

「え、太一、俺にその…だ、抱かれたいと思ってくれてたの?」

 そう問えば、涙で濡れた顔をこれでもかってほどに赤くさせてコクリと頷いた。

(やべぇ、鼻血でそぉ…)

 そっと鼻の下を手で触れて確認する。良かった、出てなかった…。

「俺、素直じゃないから…言えなくて。触わってくれるの嬉しくて…でも、身体が辛いのも、本当で」
「うん、うんっ」
「そしたら最近少し部活でスランプ気味になってきて…」

 嫌な予感がした。

「もしかして、何か言われた…?」

 すると少し間を開けて、小さく縦に首を振った。

「調子が悪いのは…恋愛に現を抜かしてるからだって…部長に言われて…」

 そっか、それで悲しくて悔しくて…。

 あの日、太一は初めて誘いを断った。きっと断る事も、辛かっただろう。元々優しい子だし、ずっと俺に合わせてくれてたんだ。
 どんなことがあっても、剣道に手を抜きたくないと言っていた太一。それがそのせいでスランプに入ったと言われてしまえば、意地でも元に戻ってやろうと思うはず。
 苦渋の選択で部活を取ろうとしたのに、俺がそれを押し切った。結局、俺が約束を守っていればまだマシだった流れは、最悪な形で終わりを告げたのだ。

「さっきから俺、ごめんしか言ってないけど…本当、それしか言えない…太一の悩みも知らずに俺は……自分が情けない」

 太一がハッとしたように俺を見る。いつの間にやら泣いてたようだ。

「やだよ先輩、泣かないで下さいよぉ」

 そう言ってしがみついてきた太一と俺は、暫く互いに抱き合いながらわんわん泣いた。
 本当に相手の事を想うなら、俺は太一の手を離さなければいけないのかもしれない。だけど、それだけは出来なかった。
 
 どうしてもそれだけは、したくなかった。


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