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教室ど真ん中ラプソディ

「ゆ〜ぅじ〜んく〜ん」
「…………」

 教室で静かに本を読んでいた生徒に、クラスの中でも一際華やかな容姿の生徒が背中から飛びついた。

「うわっ、まぁた堂々とエロ本読んでるし」
「俺は男だ。エロ本を読んで何が悪い」

 周りには女子生徒も普通に存在する共学の高校で、しかも教室のど真ん中の席でありながら休憩時間に堂々とエロ本を読む平凡男子、氷崎夕臣(ひざきゆうじん)。

「ここで勃ったらどーすんのー?」

 そんな彼に背中から抱きつき一緒にエロ本を覗き込む美麗なイケメン、八代億泰(やしろおくやす)。一方は学校イチの変人として認知され、また一方は学校イチの王子様として女子達から多大な人気を誇る生徒だ。
 だが、そんな二人は唯一無二の親友である。

「あ、この子可愛い」
「俺はこっちのが良い」
「あ〜、夕臣は胸大きくない方が好きだもんね」
「無くても美乳で有ればそれで良し」
「ちょっと氷崎!!!」
「なんつー話してんのよッ!!」
「つかエロ本読むなよッ!!」

 そうして女子達から怒られるのは、いつも夕臣だけなのである。




 二人が出会ったのは高校からで、地元が同じ訳でも何でもなかった。
 似るところも寄るところも無い、だが仲の良い夕臣と億泰の関係に周りは首をかしげる。
 一体何がそんなにも気が合うのだろうか?
 億泰は女子から人気で、それを気に入ら無い男子生徒も多いが友達だって多い。それに引き換え普段から口数が極端に少なく、孤立しているわけでは無いものの教室のど真ん中でエロ本を読む男に自ら近寄る生徒は少ない。
 つまり、夕臣は友達が少なかった。だが夕臣はそれを苦にするわけでもなく、寧ろ満喫している。基本的にペラペラと話をする事が苦手なのだ。

 大勢で過ごす億泰と、少数で、もしくは一人で過ごす事の多い夕臣。
 接点の余り無い二人が関係を築くのには、矢張り何方かからの歩み寄りが必要で有り、言わずもがなそんな事をするのは億泰の方からでしかあり得なかった。そして、その歩み寄りが唯一無二の関係を築き上げたのだ。

『氷崎って超面白い! 一緒に遊ぼ!』


「ほぉら怒られた」
「お前が掘り下げるからこうなるんだろ」
「えー」
「いつも俺だけが怒られる」
「まぁまぁ、俺はそんな明け透けな夕臣が大好きよ〜」
「うるせー。おら帰るぞ、今日は家寄ってくのかよ?」
「あー…いや、今日も用事があって」
「ふぅん」

 夕臣は出していたエロ本を鞄に仕舞う。

「逆にお前は分んねぇ事ばっかだな」

 その言葉に「ははは」と笑う億泰の乾いた笑い声と、クラスメートの女子達からの「教科書も持って帰れよ氷崎ッ!!」なんて怒声を背に受けながら、夕臣は教室を後にした。
 そんな何時もの日常が劇的に変化するのは、この日から一週間程経った頃の事だった。



 ◇



「おい八代、お前、男が好きなんだって?」

 朝のSHR前のざわめきが一瞬で鳴り止んだ。

「俺の知り合いがラブホで清掃員してんだよ」

 夕臣の席の前に立っていた億泰に向かって、前から何かと億泰を目の敵にしていた飯嶋がニヤニヤと嫌な笑みを向ける。その横にはいつも飯嶋の金魚の糞をしている安田と木元も居た。

「ンで、そいつがお前を見かけたっつーんだけどさぁ。お前、男連れてたんだって?」

 飯嶋の言葉にクラスの女子達から「うそっ」と声が漏れる。その響きには悲愴感の他に、何処か喜ぶ色を持つ声も含まれていた。腐っている奴が混じっているようだ。
 だが、同じ男子達からは「マジかよ」「キッモ」なんて言葉ばかりが呟かれた。

「げぇ〜! 嘘だろ!?」
「女のアソコよりも男のケツのが良いってか?」
「いや、突っ込まれんのが好きだったりして! アンアンっ!」
「男とヤるとか、そんなら俺、ウチの猫とやった方がマシだぜ」

 飯嶋達の言葉に男子達が大きく笑う。
 何も言わずにただ黙って立っている億泰に向けて、まだ飯嶋が何かを言おうとしたその時だった。


 ――バンッ!!


 教室のど真ん中。朝から開いていたエロ本を夕臣が勢いよく閉じた。

「億泰、帰んぞ」

 えっ、と誰もが一瞬時を止め、目を見開いた。

「え、ゆ…夕臣」

 まだそこへ掛けてから間もない鞄を、再び机から外し肩にかけると夕臣は席を立つ。

「まっ、待てよ氷崎!」

 億泰の腕を掴み歩き出そうとした夕臣の腕を飯嶋が引き止める。

「逃げんのかよ!」

 何故か追い詰められた様な顔をしている飯嶋に、夕臣はフンと鼻を鳴らした。

「なぁ安田。お前確か“お兄ちゃんと私のイケナイ授業”っつーロリ系のAVがお気に入りだったよな」
「ぬぇ"ッ!?」

 夕臣の腕を掴む飯嶋を通り越し、金魚の糞を見据える。

「んで木元。お前ってひたすら誰かがチャリを漕いでる足に勃っちゃうんだっけか」

 木元が手に持っていたサブバッグを床に落っことした。教室中が騒めく。

「んで、俺は貧乳の女が好きだし、大抵の男は巨乳の女が好きなワケ。そこで飯嶋に質問。皆んなに共通する物って、なーんだ」
「はっ、はぁ!?」

 安田と木元のダメージを見て怖気付いた飯嶋は、既に顔が真っ青だ。そんな状態では質問された事すら認識できていないのだろう、口をあぐあぐと開閉している。

「はい時間切れ。正解は、みんな“人が好き”っつーこと。そこに億泰の趣向を入れたとしても、その共通点は変わらない」

 夕臣が口を閉じると教室の中はシンとしていた。誰も何も言わなかった。何も言わないが、だがそれは否定的な空気では無かった。誰もがきっと、人に言えない様な趣向を持っているのだ。

「俺もこいつも、お前らも。ただ人を好きなだけだ。それが何か悪いか? あ、そっか、飯嶋は猫とヤりてぇーんだっけ。知ってるか? 猫の交尾って死ぬほど痛ぇんだぜ。お前ドMかよ?」

 そのセリフでクラス中が笑いに包まれた。「もう、氷崎やだぁ〜」などと言いながら女子達が飯嶋を見て笑っている。クラス中の生徒の顔に、嫌悪感や悲愴感が消えた瞬間だった。
 そのまま夕臣は億泰の手を取り、賑やかさを取り戻した教室を出て行った。



「夕臣、夕臣」
「あ? 何だよ」

 空はまだ朝の爽やかさを残した青空。先ほど通ったばかりの通学路を、二人はもう逆走している。

「ねぇ、夕臣」
「あー!? だから何だっつーの!」
「あんな事言っちゃって大丈夫? 飯嶋顔真っ赤だったよ? アイツらアホだから、殴り込みに来るかもよ」

 億泰よりも少し前を歩く夕臣の背中。その背中は億泰よりも少し華奢で小さい。でも…

「平気。俺、兄貴に鍛えられてるし。あんな奴ら束になったって屁でもねぇわ」
「……夕臣」
「あー?」
「俺んこと、引かないの?」
「はー? 何を引かなきゃなんねー?」

 そう言ってのける夕臣の背中は、億泰にとってはとても大きな背中だった。

「あぁあ、やっぱ敵わないな」
「なにー?」
「な〜んでもないっ!」
「ぐえっ」

 億泰はその小さくて大きな背中に飛びついた。

「ねー、どーすんのー。俺手ぶらで出てきちゃったんだけど」
「携帯は」
「ポケットん中」
「財布は」
「ポケットん中」
「じゃあ良いだろうが。どーせカバン中空だろ」
「えー! 夕臣なんてエロ本しか入ってなかったじゃん!」

 ケタケタと億泰の笑い声が響く。その声に夕臣も顔を緩めた。

「今日は家、寄ってくのか?」
「行く!」
「即答かよ」
「だって、もう何にも怖いもん無いし。諦めんのも止めたし!」
「はぁ?」
「俺、今日から体当たりで行くから!」
「……ふぅん?」

 夕臣は億泰の言う意味を理解出来ないまま適当に返事をした。それに対して億泰はフッと笑みをこぼす。夕臣が理解してようといなかろうと、億泰の突き進む道はもう決まっているからだ。

「あー! 俺、夕臣だぁーい好きー!!」
 
 そうして夕臣が億泰に押し倒されるのは近日中の事である。






「ところで夕臣。何でアイツらの性事情知ってんの?」
「兄貴の連れが個室ビデオ屋やってて、偶に手伝ってんの。彼奴らそこの常連」
「マジか。てことは飯嶋も?」
「ああ、」
「アイツのお気に入りは?」
「……ガチムチ兄貴が善がるやつ」


 ブフゥーーーーッ


「あ、あいつガチか!」
「自分のを隠したいから他人で叩く典型的なチキンだな」
「それを隠してやった夕臣は、完璧な女神だ」

 瞳を輝かせた億泰に、夕臣は隠すことなく顔を引きつらせた。


おわり☆



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