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続・悪魔の宝箱 ***


※本編はこちら



 多忙な両親が昔、幼いボクに宝箱を与えた。中には色鮮やかなオモチャが沢山入れられていて、その殆どが同世代の子供なら喉から手が出るほど欲しがるであろう、高価で、希少で、話題性のあるものばかりだった。
 けれど、ボクにとってソレは何の価値もない無機物でしかない。なぜならそれは、両親がボクと向き合う時間を手放すために寄越した、愛情の代替品だったから。
 そんな見せかけの愛に、少しの価値もなかった。

 与えられたオモチャを壊せば、すぐに別のオモチャがその穴を埋める。お気に入りが壊れたって、また同じものが何度だって手に入る。それは人間関係だって同じだった。
 ボクが全力で遊べば壊れるのも早かったが、それでもまた直ぐに替えが現れる。
 まるで湯水の如く、際限なく湧いてくるそれらを壊すことに恐れを抱く者など、一体どこに存在する?

 大切なモノとはなんなのだろうか。
 宝物とは一体、どんなものなのだろうか。

 簡単に解決できそうな疑問は、しかしずっと解決されることはなく。ようやくオモチャを壊すことに楽しみを見出した今でもずっと、ボクの心の中の宝箱は空っぽのままだ。


 ◇


 お気に入りのオモチャが隠そうとしたソレは、極上の宝物。
 一見気弱で軟弱そうに見えるソレが持つ視線の中には、今まで出会ってきた誰もが持たぬ強さがあった。それはキラキラキラキラ輝いて、ボクを一瞬で虜にする。
 ボクの容姿や地位には目もくれず、差し出した手すら取ることはなく。強い意志を持って一心にあの男へと向けられる視線を、自分だけに向けさせたい。
 その欲望に、生まれて初めて触れてもいない下半身に熱い血液が流れ込んだ。

 輝く強さを捻じ伏せて、泣かせて、壊してやりたいと思った。そう、思っていたはずなのに…。



「……終わったなら、早く抜いてもらえませんか」
「あ、あぁ…」

 暖かい肉の中で硬さを失ったソレを、名残惜しくも抜き取る。その瞬間、秋陽から鼻にかかった声が漏れた。
 思わず硬さを取り戻してしまうも、秋陽はそれを無視して立ち上がると、ボクに背を向け歩き出した。

「シャワーを借ります」


 閉じ込めた箱の中で泣いて、苦しんで、嗚咽を漏らしボクに抱かれたのはたった二ヶ月だけ。三ヶ月目に入った時から秋陽は、ただ黙って抱かれる様になった。
 泣きもせず、抵抗もせず、静かに熱い吐息を漏らし、だけどその目はひどく冷めていた。

 壊れてしまうまで遊ぶつもりだった。だっていつものことだ。きっとまた、替えは現れる。そう思っていたはずなのに、反応の無くなった秋陽を見ると、世界の全てから見放されたように思えて、怖くて、叫びだしそうになった。
 秋陽は先生の名を呼んだりはしない。ボクとの約束をきっちり守っているのだ。そうして約束を守ることで、大切な兄を護っているのだろうか…?
 考えて、ギリ、と奥歯を噛み締めた。
 それ程にあの男が大切か? ボクに嫌々抱かれてでも、護りたいくらいに? どうしようもない程の怒りと嫉妬に囚われ、サイドボードに置きっぱなしにしてあったグラスを叩き落とした。

「…芹沢さん?」

 硝子の割れる音を聞きつけたのか、秋陽が髪を濡らし、腰にタオルを巻いたままの姿で慌てて出てきた。

「それ、どうしたんです? 引っ掛けちゃいましたか? 今すぐ片付け…」
「そのままで良いよ」
「え? でも、硝子が」
「良いって言ってるだろ!」

 びくりと肩を跳ねさせた秋陽を、睨みつけるようにして笑った。

「秋陽、お前を先生の元に返してあげようか?」

 直ぐにでも首を縦に振るかと思ったのに、秋陽はその顔に困惑を貼り付けた。

「………どうして、ですか?」
「どうしてって、ずっと帰りたいって言ってたでしょ? そろそろ帰してやってもいいかなって思って」
「戻ったあとの、あなたとの関係は…?」

 ボクのこめかみがピクリと動く。矢張り、心配するのは先生のことか。
 鳩尾のあたりで、黒くてドロドロとした感情が渦巻いて暴れている。今すぐ秋陽を押さえ付けて犯してやろうか。やっぱり帰してなどやらないと、兄の元へなど行かせないと、手酷く抱いて泣かせてやろうか。
 そこまで考えて、だけど馬鹿馬鹿しくなって考えるのをやめた。
 あの冷めた目で見つめられて、深い傷を負うのはきっと、ボクの方だろう。

「心配しなくても、もう会うことはないよ。先生を傷つけたりもしない」

 ボクが皮肉を込めて笑って見せれば、秋陽の顔がぐにゃりと歪んだ。

「僕に、飽きたということですか?」
「なに…?」
「もう、僕は用無しになったということでしょう?」

 ぽろぽろと、秋陽の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「やっぱり、陽久兄さんのことが諦められませんか?」

 ボクは何が起こっているのか全く理解できず、ただ、手を秋陽に伸ばした。その指先を、秋陽が震える手で掴んだ。

「秋陽、秋陽、お前…一体何を言ってるの?」
「だって、芹沢さんは最初から、兄さんの事ばかりじゃないですか。流石に馬鹿な僕だって、身代わりなんだってことくらい分かります」
「みが…わ…?」
「僕だってそんなの嫌だった。怖かったし、痛いことだって嫌だったのに…あなたが…あなたが僕に優しいから…優しくしてくれるから…僕は…」
「秋陽…」
「どうせ捨てるなら、いっそ酷くしてくれたら良かったのに! そうすれば、僕だってこんなっ、こんな思いはッ!」

 秋陽の頬から滑り落ちた涙が、ボクの手を握る秋陽の手の甲に落ちた。その手ごと持ち上げ、ボクはそこへキスを落とす。

「芹沢さん…?」

 逃がしてやると言えば、安心した顔を見せるだろうか。今すぐここから出してくれと、期待に満ちた顔を見せるだろうか。どんな顔を見せたって、きっとボクを傷つける。だけど、あんなに冷たい目で見られるよりはマシだと思ったのだ。
 なのにコレは、一体どういうことだ。

「秋陽、ボクは君を身代わりにしたつもりはない」
「え…? でも、兄さんは」
「先生はボクのオモチャだった。あの時は、一番のお気に入りの」

 家族さえボクを愛さなかったのだ、他人がボクを愛せる訳がない。
 だから他人なんて、今まで溢れる程渡されてきたオモチャと同じ無機物だ。気に入って遊んで、壊れたら終わり。あとは捨てるだけ。なんの期待も持っちゃいけない。
 それは一生続く、ボクの遊び方だと思っていた。

「そうして遊んでいたオモチャの後ろで、隠れる秋陽を見つけた。先生よりも、もっとずっとお気に入りの、オモチャ。そう…思ってたんだけどなぁ」

 ボクが自嘲の笑みをこぼせば、秋陽はことりと首を傾げた。

「気に入ったものは、遊んで壊す。それしか知らなかった。そうすることに躊躇いもなかったし、失うことも怖くなかった。だからボクは、この手で両親も壊した。失っても、壊した楽しさ以外何も感じなかった」

 だけど、秋陽は違った。

「ボクは秋陽に、君にだけは嫌われたくないんだ。失いたくない」
「先輩…それは…」
「愛してるんだ、秋陽を」

 でも、どうやって大切にしたらいいかが分からないのだ。

「これ以上秋陽を壊したくないんだよ。あんな、魂の抜けた人形のように抱かれて…ボクはもう、そんな秋陽を見るのは耐えられない。だから、君を先生の元に返してあげようと…って、痛い!」

 ボクの手を握る秋陽の手に、思い切り力が込められた。

「いたっ、痛いよ」
「先輩は馬鹿者です! 大馬鹿者です! 僕はまだ、少しも壊れてなんていない!」
「秋陽…?」
「先輩のことを恨んでました。兄さんに酷いことをしたし、僕を脅した。先輩が僕にすることは、全部兄さんにやりたいことなんだって思って、兄さんの代わりになれるならって、ずっと我慢してました」

 殴られたり、蹴られたり、犯される時も痛みしかないのだろうと思っていた。だけどその予測は大きく外れ、暴力などひとつもなくて。かけられる言葉は兄を侮辱する酷いものだったが、自分を抱くその手はとても優しく、快楽しか与えられなかった。

「だから思ったんです、先輩は兄さんのことが好きなんだって。本当は兄さんをこうして優しく抱きたいんだって」

 身内から見ても男らしく美しい兄は、同性をも虜にする。そうしてこの美しい男も、兄の虜になったのだろう。そう気づいてから、秋陽は抵抗することを辞めた。だけど、そうして大人しく抱かれるうちに、別の気持ちが芽生えてしまった。

「芹沢さんが…好きです。好きになって、しまったんです…。だから、兄の身代わりで抱かれるのが辛くて…壊れないために、心を閉ざした」

 なんということだろう、まさかそんな、想いのすれ違いを起こしていたなんて。
 あの酷く冷たい目は、そんな秋陽の想いを表していたのか…。頭を殴られたような衝撃を受けて、ボクの意識はくらくらと揺れた。

「ボクは君の兄を傷つけた男だよ」
「知っています」
「先生を脅し、君の両親を脅し金を積んで、君を奪ったんだ」
「そ…うだったん、ですね」

 流石にショックだったのだろう、少し顔色が悪くなった。

「君の家族は、息子を、弟を返してくれと今でも嘆いている。だけど君の気持ちを聞いてしまった今、ボクは秋陽を帰してやる気など一ミリも無くなった」

 秋陽が瞠目し、ボクを見た。

「馬鹿な子だね、大人しく帰してもらっていればよかったものを…。今後二度と、ボクは君を逃がす気にはならないよ。…覚悟するといい」

 掴んでいた手を強く引いて、倒れてきた躰を抱き締めた。抵抗は無かった。ただひとつ、秋陽が小さな溜息をつく。

「ミイラ取りがミイラになる、って…こういう事なんでしょうか。僕は、好きになってはいけない相手を好きになってしまった。これは、陽久兄さんへの裏切り…。ここまできたら、もう…僕もあなたの共犯だ」

 ボクの背中に腕が回された。そこからじわりと伝わる秋陽の熱が、固く閉ざしたままだった心の蓋を簡単に開いて、キラキラ光るもので埋め尽くす。
 宝箱が、満たされていく…。

「秋陽、肌が冷たいよ」
「じゃあ、先輩が温めて…。僕を、僕としてちゃんと…抱いてください」

 胸元にすがりついた秋陽に、簡単にボクの血が下半身へと集まった。

 大切な兄を苦しめた、憎むべき男に恋をした少年と、壊すために手に入れた、お気に入りのオモチャを愛した少年。果たしてどちらが、ミイラ取りだったのか。
 今のボクらには、どうでもいいことだった。

 抱きしめ、手を滑らした秋陽の肌が熱を持った。冷たく凍てついていた瞳も、今は熱を帯び、甘く蕩けて…。



『あっ、あっ、や…ンぁ』
『秋陽、イヤじゃないでしょう? ほら、ちゃんと教えてあげないと、誤解されちゃうよ?』
『あぁあっ、やっ、せりざ…わさっ、ンぁ、』
『秋陽はボクに抱かれたくないの? 嫌い?』
『ちがっ、すきぃ! せりざわ…さ…が、好きぃ』
『ほんと? 無理矢理抱かれてるわけじゃない?』
『さわってぇ! あっ、はや…く、おく、ついてぇ! アッ! あぁあっ!』
『かわいい…秋陽、大好きだよ』
『ボク…もぉ! あっあっあ、あぁあ、ひっ、ひぁああっ――――』



 この映像を先生に送りつけたボクを、秋陽は軽蔑するだろうか?

 だけどね、秋陽。
 君が愛してしまった、受け入れてしまった男は、こういう男なんだよ。
 今更後悔しても、もう、遅いんだ。


「手放しはしない。ボクの、宝物」



END


あとがき


2017/07/02



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