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SHEPHERD:cur


 ふと目を覚ますと視界に入る、人一人分が開けられたスペース。そこには自分の手が何かを探すかのように伸ばされている。一瞬だけポカンとして、しかしすぐに自分の状況を思い出した。
 伸ばした指先に触れるシーツ。そこにはもうなんの熱も残っていない。だが確かに数時間前まで、お互いが溶け合うかの如く熱を分けあった相手がいたのだ。

 昨日。子供の頃からの親友であった悠真と決別をした。酷い別れ方だった。
 いつだって怖い時は手を繋ぎ、ふたり一緒なら大丈夫だと歩んできたはずなのに、気付けばその手は突き放されて、この先二度と繋がれることはない。
 どうしてこうなってしまったのか。彼を守るために俺は、あんなにも酷い目にあったのではないのか。
 誰の手も握っていない自分の手のひらを見つめ、やがて答えの出ない問いを考えることに疲れ起き上がった。

「さむ……」

 シーツがはだけて、何も身につけていない肌が露出する。ここ最近では見ない日が無いほどくっきりと散らされていた肌の上の花弁が、今日は少しだけ薄れていた。
 昨夜重ねられた熱はいつになく優しく、そして穏やかだった。染は俺をまるでゆりかごを揺らすように、ぐずる子供をあやすように抱いた。
 実際俺はみっともなく泣いていたし、それが悲しみからの涙なのか悔しさからの涙なのか、さっぱり分からなかった。分からないからこそ自分の宥め方も分からず、ただ溢れる涙をぬぐう俺を、染は何も聞くことなくただ優しく受け入れてくれた。
 もしかしたら彼は、俺よりも俺のことを分かっているのかもしれない。

 無駄にでかいベッド以外特に何もない部屋の中を少しだけ眺めてから、自分の下着と綺麗に畳まれた染のTシャツを見つけて身につける。サイズは全く合わずぶかぶかだが、それしか着るものが見つからないのだから仕方ない。
 優しい時間の流れた場所から出ようとドアに近寄ると、部屋の外から聞き覚えのある声が漏れた。

「アレのどこにアンタを夢中にさせる魅力があるのか、俺にはさっぱり分かりませんね」

 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

「なに、アキラ。俺の言うことが聞けないの?」
「俺の王は後にも先にもアンタだけですよ、だから指示には従う。でもアイツの世話は納得がいかない」
「でもその為に一年半も潜伏してくれただろ」
「それはアンタが、“一生のお願い”なんてガキみたいなこと言うから」
「そのガキみたいなお願い、きいてくれたんだ?」

 その時初めて、俺は一年半以上前から染に狙われていたのだと知った。そしてその為に、アキラと名乗ったあの青年が快地の元に送られていたことも。
 アキラが怒るのは当然のことだと思った。だって自分ですら分からないのだ。一体自分のどこに、あの染をここまでさせるモノがあるのか。

「あの子の魅力は、俺だけが分かってればいいことだから」

 その言葉のあと、少しだけ妙な間が空いた。

「……そんな目ぇしなくても、別に誰も盗りゃしませんよ」
「良い心がけだ」

 そこまで聞いたところで居た堪れなくなり部屋の外へ出た。

「あ、おはよう東吾くん」

 にっこりと微笑みかける染を相手に口を開きかけたところで、横からキツイ視線を投げられる。そちらを振り向けば、案の定アキラが心底嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。

「……あの、」
「こんな時間まで寝てるなんて、全く良いご身分だよ」
「アキラ」

 不満を全開にフンッと目を逸らしたアキラに戸惑っていると、染が困ったように眉を下げた。

「ごめんね、東吾くん。早く起きられなくて当然だよね。だって俺が酷く抱き潰しちゃったんだから」
「ゴフッ!」

 アキラが飲んでいた珈琲を吹き出す。

「だからアキラも、やたらめったら東吾くんを威嚇しないように。分かった?」

 アキラを嗜める染を見る。だって俺は昨日、そんな酷い抱かれ方をしていない。むしろ今までで一番優しく、慰めるように抱かれたのだ。
 だが俺と目の合った染は、人差し指を唇の前に立て秘密のポーズをする。アキラは喉に珈琲をつかえさせたまま噎せていて、それには気付いていなかった。

「くっそ……わ、かりましたよ、まったく」

 心の底からうんざりって顔で、アキラが大きく溜め息を吐いた。

「おい、お前もいつまで突っ立ってんだよ。さっさと座って飯食え、学校行くんだろ」

 言われて時計を見れば、あと十五分ほどで家を出なければいけない時間だった。アキラがテーブルの上に朝食を用意してくれたので、慌ててその席につく。

「おい、」

 用意された朝食に齧りつこうとしたそのとき、もう一度アキラに呼ばれ彼を見上げると……。

「今度サイズの合わねぇ服着て部屋から出てきたら、容赦なくブン殴るからな」

 ゲロでも吐きそうな酷い顔でそう言い捨てられ、今度はなぜか染が珈琲を吹き出した。その理由を知るのは、制服に着替えるため部屋に戻って、自分の肌を姿見で見た時だった。


 ◇


 なぜかアキラにバイクで送られたのは染のマンションからの最寄駅ではなく、自身の家からの最寄駅の前。そこで俺は、信じられない相手を見つけた。

「悠真……?」
「今日は来ないかと思った」

 ニコニコと笑みを浮かべて目の前に立つのは、昨日確かに決別したはずの親友だった。その顔には痛々しい痣が濃く浮かんでいて、こちらに一歩近付く仕草も体のどこかを痛めているのかぎこちない。
 あの後彼の身に何が起きたのか……少なからず想像することができて胸がずきりと痛んだ。

「悠真……どうしてここに、」
「何言ってるの? 東吾を待ってたに決まってんじゃん」

 痛々しい見た目とは対照的な明るい表情の違和感が凄い。確かに悠真はいつだって明るくて活発だった。そんな彼の性格にいつだって俺は救われてきた。だけど今は、今だけはそんな彼の笑顔にゾッとした。

「待ってたって、どうして……」
「なに、どうしちゃったの東吾。僕たちいつも一緒に学校行ってるでしょ?」

 一緒に行っていた。ずっと、ずっと一緒に行動していた。だけど昨日、そんな二人の仲には確かに亀裂が入り砕け散ったはずなのだ。
 もしもここで今悠真に謝られたとして、簡単にそれを受け入れられるようなそんな生優しい壊れ方はしていない。
 どうしよう……もしも万が一、彼に許してくれと言われたら、自分は。
 チラリと視線を外したその先で、アキラが試すような目でこちらを見ていた。そうか、きっと彼は悠真がここにいることを予測していたのだ。

「悠真、あの、」
「今日は絶対、東吾と話したかったんだ」
「……話? 話って、なんの」
「ねえ、昨日はあの後どこに泊まったの? 快地さんにあそこから追い出された後に僕、東吾の家に行ったんだよ。でもいなくて、連絡もつかないしさ、もしかしてゼンさんの家にいたの?」
「え……? え、」

 悠真は確かに俺に話しかけている。だけどそれはどこか建前で、ちっとも俺のことなんて見ていない。目はどこか虚ろで、何かを探すようにウロウロと泳いでいる。

「あ! うそマジ、あの人って!」

 そうして泳いでいた目が見つけたのは、遠巻きに俺たちを見ていたアキラの存在。気付けば悠真はアキラに駆け寄っていた。

「おはようございます! 僕のこと覚えてますか!?」
「ちょ、悠真……!」

 慌てて俺も彼らに駆け寄る。

「彼、ゼンさんの付き人だったんだね! ずっと快地さんの手下だと思ってたけど」
「あ……あぁ、うん」
「ねえ名前なんていうの? 僕もお近づきになりたい!」

 虚ろだった悠真の瞳がキラキラと輝き始める。

「ほら、昨日は快地さんのせいでゼンさんとちゃんとお話しできなかったからさ、僕のこと誤解されちゃってるでしょ? 東吾が独り占めして連れてっちゃうし」
「独り占め……」
「ね、僕のことゼンさんに紹介してよ!」

 きらきら、きらきら。まるで夢見る少女のように心を浮き立たせる悠真は、この先自分と染との間に甘く蕩けるような未来があると信じて疑わない。

「ねえ東吾、いいでしょ? 僕たち、いつだって楽しいことは共有してきたし、いつだって東吾は僕に好きなものを譲ってくれてたじゃない」

 隣に明るい悠真がいると自然と人が集まってきて、いつの間にか大きな輪になっていて。彼が隣にいれば、孤独になることはなかった。
 俺を孤独にしない悠真が大切だった。だからこそ欲しがられたものはなんでも譲ってきたし、自分を後回しにしてきた。
 悠真には感謝している。幸せになってほしいと思っていたからこそ、酷い目にあってほしくなかったから……だから、染に無理矢理に体を開かされても耐えて、耐えて、耐えて───なんて、そんなの大嘘だ。

「ほら東吾、今からゼンさんのマンション行こうよ。これからは僕がゼンさんの相手をするから、もう東吾は無理して付き合わなくていいよ。イヤイヤ相手してたんでしょ?」

 今まで最優先にしてきた親友がいま、何よりも染を欲しがっている。今までの俺なら、快地さんの時のように黙って身を引いている。だって、大事な親友がそう言うのだから。……だけど、だけど。
 悠真に腕を引かれ一歩進んだ俺を、アキラが感情の無い目で見ていた。

「無理だ」
「え?」

 引かれていた腕をそっと外した。

「ごめん、悠真。お前をあの人の所には連れて行けない」
「……は?」

 ニコニコとしていた悠真の顔から、ごっそりと表情が抜け落ちる。

「東吾、何言ってんの」
「ごめん」
「……いいから、いいからさっさと連れていってよ、ね?」
「できない」
「黙れッ!」

 振り上げられた手は見事俺の顔に直撃した。小気味いい音とともに、まだ足腰に強く力が入らない俺は簡単に地面に倒れる。
 朝の通勤ラッシュ時間、周りの人間の迷惑そうな、でもちょっと興味ありそうな野暮な視線が突き刺さる。

「いいから黙って案内しろよ! 今までみたいに、僕の言う通りにしてろよ! 何にも強く主張できないグズのくせに!」

 叫んだ悠真の言葉にアキラが隠すことなく笑った。そうだ、俺は今まで何一つとして自分の意思で動いてこられなかったグズだ。
 まるで悠真のためにやってきたかのように見せているが、結局は全部全部流されてきた結果だった。その癖、本当は悠真が羨ましくて仕方なかった。みんなから必要とされて、そして誰かの一番になれた悠真のことが心の底から羨ましかったのだ。
 ぐ、と俺はカサついた唇を噛む。

「白状する」

 苛立ち、般若のように顔を歪める悠真を見据えて立ち上がる。

「俺は染との関係が……嫌じゃなかった」

 視界の端でアキラが片眉を大きく上げる。

「……は? 東吾、何言って……脅されてたんでしょ? 僕を盾にされて、それで無理矢理」

 言葉だけみれば、染の行為は脅しでしかなかった。全てを奪うような勢いで強引だったし、本当の狙いもよく分からないままに攫われるのは確かに怖くて仕方なかった。でも彼はいつだって俺に逃げ道を与えてくれていたのではないかと思う。もしも俺が本気で死ぬ勢いで抵抗していたら、きっと……あの人は俺を抱いたりしなかった気がする。

「今なら分かる。俺は俺の意思で、あの人の策にハマったんだ。悠真の為だなんて言いながら自己犠牲に見せかけて、俺はあの人が……悠真じゃなくて俺を捕まえてくれた事が嬉しかった」

 平凡な容姿の俺たち。人並みの頭脳と、人並み以下の運動神経。特出したところなんてひとつも無いのに、いつだって俺たち二人が並べば明るくて元気な悠真が選ばれた。

「俺は全部、悠真と染のせいにした卑怯者だ。本当は悠真のことなんて優先してなかったし、自分のことだけ考えてた。ずっと……ずっと悠真みたいに、俺も誰かに選ばれたかった」

 悠真が快地さんに選ばれた時、俺の中で何かが壊れた。今まで溜め込んできた嫉妬心が暴走して、自分でも自分の心が分からなくなっていた。

「俺はきっとこの先も、ダサい平凡な男のまま生きていくと思う。悠真みたいに、みんなに可愛がられるタイプでもないし」

 快地さんのようなライオンにも、染のような血統書付きのブランド犬にも、そして悠真のような愛玩犬にもなれない駄犬風情の俺。
 それでも、ただ一つだけ。やっと見つけたその一つだけは、絶対に。

「あの人がどうして俺を捕まえたのかは分かんないけど……それでも良いんだ。格好悪くてもなんでも、俺はいま、あの人の一番になりたい」

 あの人は、誰にも渡せない。そういった瞬間、もう一度悠真の手が高く振り上げられたのが分かった。避けるつもりなど更々なかった。好きなように殴ってほしい。それで彼の気が済むなら、そうしてくれていい。どれだけ殴られたって、俺は絶対に首を縦に振ったりしないから。
 痛みを覚悟して、キツく目を瞑った。

「はい、そこまで」
「……アキラさん」

 振りかぶった悠真の手はアキラによって止められ、捻られる。

「いたっ、痛いッ、やめろよ! なにすんだよ!」
「これ以上コイツに手ぇあげると、マジでお前の命が飛ぶぜ」
「な……わっ!」

 何か言おうとした悠真は、しかしアキラによって容赦なく突き飛ばされて尻餅をついた。

「おら、乗れよ」

 アキラはさっき降りたばかりのバイクに跨がり、俺に後ろに乗れと促す。

「え、いやでも」
「うっせぇよ、黙ってさっさと乗れ」

 強い視線に促され、言われるがままにアキラの後ろに腰を下ろす。そんな俺たちの後ろから、大きな泣き声が聞こえた。しゃくりあげる音が痛々しくて思わず振り返りかけるが。

「しっかり掴まれ、落ちてもしらねぇぞ」
「……はい」

 アキラは俺に振り返ることを許さなかった。間もなくしてバイクは走り出した。子供のような泣き声が一気に遠くなっていく。
 今度こそ、俺と悠真に別れが訪れた瞬間だった。


 アキラが俺を下ろしたのは、先ほど出たばかりのマンションの前。

「あの人の一番なんて、お前にしかなれねぇよ」

 それだけ言い残して走り去ったアキラの背中を見えなくなるまで見送ると、俺は弾かれるようにして全力で染の部屋まで走った。
 エレベーターを待つことすら煩わしくて、長い階段を駆け上る。
 跳ね上がる心臓に肩で息をして、染の部屋のインターフォンを押した。慌てる様子もなく彼が部屋から出てくるのを見て、俺はまた彼らの手の内で踊らされていたことを知る。

「おかえり、東吾くん」

 玄関のドアから姿を見せた染に、俺は飛びつくように抱きついた。

「おおっと。なに、どうしたの」

 抱きついた彼の胸板からは、いつの間にか落ち着くようになってしまった彼の匂いがした。

「染、」
「ん? なに?」
「ぜん」
「うん?」
「ぜん……」

 ひたすら名前を呼び続ける俺に、染がクスっと笑ってやわらかく「なぁに」と返事をする。なんだかとっても堪らない気持ちになって、俺は染の胸から顔を上げ彼の顔を見上げた。
 造り物みたいに美しい瞳が、自分を慈しむように見つめていた。

 一年半も前から、何もかもが計画通りに進んでいるのだとして。ではこの俺の心の変化もまた、予測できているのだろうか?

「染、」
「うん」
「俺を見つけてくれて、ありがとう」

 ついに溢れた涙を零しながら、俺は笑った。心の底から、嬉しいと思ったから。
 染が珍しく瞠目して見せたから、俺はもっと嬉しくなった。

「ぜん」

 もう一度染の胸に顔を埋めると、頭上から大きく長い溜め息が漏らされた。

「それは反則でしょう」
「なに……?」
「三日は放してやれないから、覚悟して」
「え゛っ」

 昨夜与えられたゆりかごのような優しさの記憶は、このあと嵐のような甘くも激しい快楽に、あっという間に攫われ塗りつぶされることとなった。


**

 月明かりに照らされるベッドの上、愛しい存在がまるで死んだように疲れて眠っている。それもそのはず、染は宣言通り三日三晩愛おしい彼の体を少しも余すことなく喰らい尽くした。
 鳴き声は今までで一番可愛らしく変化を遂げ、最後の方は最早快楽が行き過ぎたのか、ツライツライとべそべそ泣きべそをかいていた。結果それが更に染を昂ぶらせてしまったのだけれど……。
 汗で濡れた東吾の髪を染の長い指がゆっくりとすくと、閉じた瞼に生える短いまつげが少しだけ震えた。

「かわい」

 二年前、染は街中でこの弱く脆くも美しい生き物に出会った。出会い───なんて大袈裟なものではなく、実際はただすれ違っただけなのだけど。
 染の取り巻きの男が一人、とある少年とのすれ違いざまに肩をぶつけた。

『あ゛あ゛!? ッてーなぁ!』

 荒い性格のそいつは反射でぶつかった相手にメンチをきった。本当に悪気もなく。

「ヒッ、」

 予想通り恐怖を滲ませ息を呑んだ気の弱そうな少年に、染が謝罪をしようと一歩踏み出したその時。ス、とその少年と取り巻きの男との間に一人の少年が立ち塞がった。
 その目は怯えを瞳の奥に滲ませながらも眦を吊り上げ、かすかに手を震わせながらも、彼は自身の友人を守ろうと染たちの前に無言で立っていた。
 染はその瞳と目が合った瞬間、彼に落ちた。アキラあたりに言わせれば「そんな些細なことで」と笑うだろうが、染からすれば興味を持つには十分な理由だった。
 突発的で予想外な場面でこそ、本来の人間の本性が出ると染は思っている。
 どれだけ震えていようと、瞳が怯えていようと。彼が友人を守ろうと輩の前に立ちはだかったことは間違いようのない事実。実際、ああして誰かを守ろうと体を動かすことは案外難しいのだ。喧嘩慣れしている染の取り巻きたちでも、咄嗟に人を守る行動に出られるかと言ったら怪しい部分がある。それを、その辺の何の変哲もない少年がやってみせた。
 染はそこから半年間、彼の行動を観察していた。そうしてさらに浮き彫りになる彼の人間性。自分の弱さを受け入れ闘える人間は、美しい。

 自分のことを「卑怯者」だという自己評価の低すぎる東吾は、しかしいつだって誰かに愛されたがっていた。愛され、甘やかされたがっていた。だが甘え方を知らない彼はきっと、おいでと腕を開いて見せたところで自らの足でこの腕の中に飛び込んでくることなど、きっとできやしない。
 オマケに、彼の隣にはいつだって美味しいところをすべて奪っていこうとするハイエナのような友人がべったりとくっついている。東吾を観察している間で、何度かそのハイエナとは目が合った。結局東吾とは、あれ以降一度も視線が混じることはなかったというのに。

 彼がまだ中学生だったうちは我慢してやった。でも、もうそろそろ我慢の限界だ。例え「親友」だなんて諸刃の剣のような関係性であっても、東吾が優先する相手が自分以外であることが許し難い。

「アキラ。俺からの一生のお願いなんだけど、聞いてくれる?」

 アレの貰い手はもう決めてある。貪欲で目先のものにすぐ目が眩む、視界の狭い者同士だからきっとお似合いなはずだ。
 東吾には、ほんの少しだけ心に傷を負わせてしまうかもしれないが。

「さて、始めますか」

 安心して傷ついてね、東吾くん。
 君が負った傷のケアだって、全てちゃんと漏れなく予定に入れてあるのだから。


END




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