×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
聖夜を越えて


 付き合ってんのに、キラキラしたイベントに便乗しにくいのは俺たちが男同士だから。ってのは言い過ぎじゃ無いと思う。
 人前でキスなんてとんでもないし、イチャつく事も制限される。手を繋いで歩く事さえ出来ない。

 俺だって、好きな人とふたりで肩を寄せ合い綺麗な街を歩いてみたいし、触れたいと思った時に触れ合いたい。もっと近くに居たいのだ。
 誰にバレたって一向に構わない。
 大好きだってみんなの前で叫ぶことだって出来る。

 けど、きっとそんな俺の気持ちは、子供臭い現実離れしたモノだって笑われるに決まってる。
 分かってるんだ、本当は。
 俺たちの関係は簡単に赦され、受け入れられるもの何かじゃないってことは。
 だって、だって俺たちは、

「ねぇ母さん、兄ちゃんいつ帰って来んの?」


 俺たちは…
 血の繋がった兄弟なんだから―――――



 ◇



 頭が良く、本当に俺と同じ親から産まれたのかと疑う程整った容姿を持つ兄は当然女にモテた。だが何故か、そんな兄に彼女が居る気配を感じたことは一度も無かった。
 休みの日は、自宅に籠っている俺の望むまま遊びに付き合ってくれるし、俺が望めば友人との約束だって蹴ってくれる。
 それは俺が“幼い弟”を抜け出した今も変わる事は無く、寧ろ兄の方が俺と一緒に居たがった。
 そんな兄を快く許す辺り、友人たちの兄への想いも相当なものなのだろう。

 そんな兄がその頭脳に見合った遠くの大学へ行くことなく、両親と喧嘩してまで家から通える大学を選んだ時、流石に俺も、それが俺への執着から来るものなのだと気付いた。
 けど俺は、誰よりも格好良くて優しい、俺を一番に見てくれる自慢の兄が離れず近くに居てくれることが嬉しくて、その事に関してあまり深く考えなかったのだ。

 何故兄に彼女が出来ないのか。
 何故兄は遠くの大学へ行かないのか。
 何故兄はあまり友人と出かけないのか。
 何故兄は俺ばかりを構うのか。
 何故俺を…誰にも会わせようとしないのか。

 今考えてみれば、そんなものは簡単に分かりそうなものなのに。その時の俺はそれに気付けず、結果、滅多と無い両親が共に不在となったある日。俺はその兄の想いを一気にぶつけられる事となった。

 初めは怖かったし嫌だった。
 兄はどんな時でも優しかったけど、与えられるそれには痛みが伴った。
 その行為が本来男同士でするものでは無いことも、まして、兄弟でするべきことで無いことも分かっていた。
 その関係が可笑しいと、罪深いことだと分かっていても、それでも俺は本気で兄を拒絶する事が出来なかった。

 隙を見ては求められる行為に、拒むことが出来ずダラダラと流されていく中。いつしか俺は与られる痛みから快楽を拾い、兄を喜ばせる術を覚えていた。
 そうして気付けば、俺は血の繋がった兄を自ら求めるようになっていたのだ。


 時計の針を見れば、もうすぐ日付が変わろうとしていた。
 父はとうに風呂を済ませ布団に入った。
 母はまだ起きてテレビを見ているが、その姿は何時でも寝所へと向かえる格好だ。

 だが、兄はまだ帰らない。

『ねぇ母さん、兄ちゃんいつ帰って来んの?』
『今夜も仕事で遅くなるみたいよ』
『でもさ、今日はクリスマスだろ?』

 そう言った俺に、母が苦笑する。

『馬鹿ねぇ、クリスマスだからって社会人が早く仕事を切り上げられる訳ないでしょ?』

 くすくす笑っている母に背を向け、俺は唇を噛んだ。

 どうせ、俺はガキだよ。

 初めて兄に抱かれた時、俺はまだ中学に上がりたてだった。それから数年経った今年の春、兄は社会人となり俺は漸く高校へ上がった。
 俺もあの時よりは随分と大人になったと思ったのに、兄はまた俺を置いて遠くへ行ってしまう。
 一向に縮まらない、兄と俺との距離。
 いつまで経っても俺は理解の無い世間知らずのクソガキで、兄はどこまで行っても物分りの良い大人なのだ。

 大人なんて。
 クリスマスなんて。
 マジで、クソくらえ!!


 ◇


 日付が変わって随分と経った頃、遠くでドアの開閉音が聞こえた。そして間も無く、ヒソヒソと小さく会話する声も聞こえた。
 漸く帰ってきた兄を母が出迎えたのだろう。そう理解して、俺は頭からすっぽりと布団を被った。
 きっと兄は、直ぐに俺の部屋へやってくる。そう分かっていても、顔を見る気にはなれなかった。

 俺はただ、好きな相手と少しでもクリスマスを過ごせたらと思っただけだ。
 学校帰りに通った街には、恋人と共にクリスマスを過ごす人が溢れていたと言うのに、どうして俺はそれを望んじゃいけないんだ?
 じわりと滲んだ涙を隠す為に、ぎゅっと目を瞑りもう一度強く布団を握り直した。

「……瑛太?」

 ギッ……と音を鳴らして部屋のドアを開いた兄は、遠慮深げに俺の名を呼んだ。直ぐにでもその声に返事をしたいけど、どうしても意地が邪魔して声を出せない。
 兄の立つ部屋の入り口に背を向けたまま、俺はひたすら目を瞑り続ける。

「瑛太、起きてるんだろ?」

 兄はそのまま部屋に入って来たかと思うと、俺の寝転がるベッドの端にそっと腰を下ろした。俺の体が、少しだけ兄へと傾く。

「怒ってるのか…?」

 兄の冷たい指が僅かに布団からはみ出た俺の髪をそっと撫でた。その感触にまた、涙がじわりと滲む。

「……俺は別に、プレゼントが欲しいなんて言ってない」
「ああ、」
「無茶なことだって言った覚えないよ」
「ああ、そうだな」
「俺は、俺はただ…たださ、」

 そこまで言って、結局こらえ切れなかった涙が溢れ枕に染み込んだ。鼻の奥がツンとして思わず鼻を啜れば、背を向けていた体を力任せにひっくり返され、俺は兄と対面する羽目になった。
 暗がりでも格好良い兄のスーツ姿に、また涙が溢れた。

「何で母さんには連絡すんのに、俺にはメール一つ無いの?」
「瑛太」
「忙しいって事くらい分かってるよ。けどさ、こんな日くらい、ちょっとでもいつもより一緒に居たいって思ったんだよ」

 唯でさえ男同士で、しかも兄弟で。堂々と愛し合っているとは言えない関係で。こんな行事くらいしか、盛り上がれる理由も見つかんなくて。
 それを一緒に、一秒でも良いから時間を共有したいと思うことは、やっぱり俺が子供だからなのだろうか。

「もう嫌だよっ。なんか、いつも俺ばっかじゃん! 兄ちゃんが俺を“こう”したのに、何で俺ばっかり兄ちゃんを欲しがってんの? なんで俺ばっかり、俺ばっかり苦しまなくちゃっ…」

 なんねーの? って言葉は、兄に唇を塞がれ出てこられなくなった。
 噛み付くように塞がれた唇は中々解放してもらえず、息も絶え絶えになった頃、漸くそっと離される。

「ごめん、瑛太。どうしても驚かせたくて。でも、ちょっとでもお前にメールとか電話したら、絶対黙ってらんなかったから」
「……何が?」

 自分に覆い被さっている兄を見上げると、兄は小さな動作で俺の枕元のライトを点けた。
 そうしてその手をジャケットの内ポケットへ持って行ったかと思うと、そこから二枚の紙切れを取り出した。

「なに、それ」
「新幹線のチケット。明日から土日の二日間、瑛太を温泉旅行にご招待。今なら漏れなく兄の清人(きよと)が付いてきます」

 俺は思わず目をまん丸にした。

「え……マジで…?」
「マジで。父さん達にも許可貰ってる」
「え、でも…だって、いつも土日も出勤したり…」
「しっかり休み取ってきた。でも結局、その為に今日を潰してお前を傷付けたんだけどな」

 そう言って苦笑いして見せた兄に、俺の胸がぎゅっと縮んだ。

「ごめ…兄ちゃん、俺、」
「なんで? 俺が悪いのに」
「悪くねぇよ、なんも…兄ちゃんは悪く無いのに俺が、俺がまたワガママ言ったから」

 もうヤダ、と鼻を啜った俺のおでこに、兄がそっとキスをした。

「普段お前は何も欲しがらないだろ。俺の事くらい欲しがってくれなきゃ、俺が困る」
「兄ちゃん…」

 ちゅ…と合わせられる柔らかい唇の感触に全身が熱くなる。体が兄を欲している。
 全てを取り払い、奥深くまで入り込んで隙間を埋めて欲しい。
 ちょっと触れられただけなのに、ぐずぐずに溶けていく俺の理性。けど、

「瑛太」
 
 俺の名を呼ぶ甘い声とは裏腹に、兄は俺から体を離してしまう。
 あからさまに不満な顔を見せた俺を見て兄はふっと笑うと、もう一度唇にキスを落として言った。

 「明日は早く出発しよう。だから今はちゃんと寝て、起きたら直ぐに支度して」

 続きは旅館でゆっくり、な。

 クリスマスには間に合わなかったけど…いや、クリスマスなんてどうでも良いんだ。俺は兄と、清人と、一緒にいる事が出来るのなら、それで…。

 クリスマスを過ぎた真夜中の三時半。
 俺は甘い胸の痺れに身を焦がしながら、そっとその瞳を閉じるのだった。


END





戻る