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きみがため 後編



 学校へ行く前に風呂に入り、共に部屋を出る。
 登校途中で偶然出会ったフリなんて、もう何十回とやってきた。

「あ! ふたりともおっはよー!」
「おはよう、ミツ、ユウジ。あれ、トモは?」
「珍しくまだなんだよね〜」

 三年間、クラスが持ち上がりである俺の学校では、残念ながら卒業までアキたちと同じクラスにはなれない。だから、毎朝自分の教室へ行く前に、必ず隣のクラスに顔を出しているのだが。今日はそこに、トモの姿がなかった。
 いつもなら既に学校に来ている時間なのに、珍しい。

「あれ? ヤス、なんか……」

 急にユウジが近づいてきて、俺の首筋で鼻をスンと鳴らす。

「なんか、アキと同じ匂いがする〜?」
「え!?」
「実は前からちょっと思ってたんだけどぉ、」

 心臓が口から出そうなほど驚いたところで、俺の肩が誰かに捕まれ裕二から引き離された。

「ユウジ、近いよ」

 裕二の顔面には、彰仁の掌が。

「ちょ、アキ酷くね!? 痛いよ〜!」
「次、距離間違えたら顔潰すから」
「どんだけ〜!?」

 顔を鷲掴みにされている裕二の後ろで、光希がケラケラと笑っている。俺の不審な動きは、うやむやになったみたいでホッと胸を撫で下ろした。
 仲良くじゃれている三人を見ていると、やはり同じクラスになりたかったと、諦め悪く思ってしまう。だが、

「そこ、どいてくんない?」

 俺の後ろから冷たい声が放たれる。

「あ、トモおはよ〜」
「こんな時間に来るなんて珍しいじゃん、なんかあった?」

 光希の問いに、朋也は思い切り顔をしかめた。

「別に、なんでもない」

 その表情と態度に、きっと、俺に関することで機嫌が悪いのだと察する。

「じゃあ俺、いくわ」
「ああ、ヤス、また昼休みにな!」

 彰仁とは、目だけでコンタクトをとる。その流れで朋也を見ると、突き刺さりそうなほど鋭い目で俺を見ていた。

(俺、今度は何したんだろ)

 朋也とは、出会った頃からあまり上手くいっていない。理由はなんとなく……分かっている。アイツも多分、俺と同じ目で彰仁を見ている。それこそ俺が出会う、きっと、ずっと前から。
 そんな朋也にとって、俺という存在はとても邪魔なものなのだろう。


 ◇


 クラスメートとは多少会話をするようになったけど、それでも昼を一緒に過ごすような相手は相変わらずできていない。
 ほとんど彰仁達と過ごしているので、クラスに打ち解けられないのも仕方ないのかもしれないが。

「あれ、アキとトモは?」

 いつものようにコンビニ袋を持って隣のクラスに行くと、そこにはふたりの姿だけが無かった。

「あ〜……それがさぁ、」
「ふたりなら屋上だよ〜」
「ちょ、ユウジ! トモに言うなって言われたろ!?」

 裕二は光希からツンと顔を逸らし、パックの苺ミルクをすすった。

「だぁーって、どう考えたってヤスも関係あるでしょ〜?」
「そりゃ、俺もそう思うけど……」

 裕二が、飲み切った苺ミルクのパックを片手で握り潰す。

「トモが、アキに大事な話があるって。ふたりだけで話したいって。……ヤスなら、なんの話か分かるんじゃなぁい?」

 言われた瞬間、走り出していた。持っていたはずのコンビニ袋はどこかへいってしまい、手ぶらになっていたけど気付かなかった。
 朋也が、彰仁とふたりきりで話したい話なんて、一つしかないじゃないか。

「絶対、告白だ……!」

 俺よりも、ずっと長い付き合いである朋也と彰仁。身長は俺と違い小柄で、目だって二重で大きいし、睫毛も長い。男のくせに肌も綺麗で、俺と違ってソバカスなんて一つもない。
 そんな可愛い友人に告白されたら、同性であっても悪い気なんてしないんじゃないのか。好きでもない、デカくて目つきの悪い、ソバカスだらけの汚い男と寝るより、よほど魅力的に感じるんじゃないのか。

「アキ……!」



 辿り着いた屋上のドアは開け放たれていた。その先には晴れ渡る青空が広がっているのに、歩く足は重くなる。そうして重い足は、入り口の真ん前でぴたりと止まった。

「ねえ、どうなってんの!?」

 朋也の声が響いたからだ。その声で、近い距離にいるのだと分かる。
 その場から離れないと見つかってしまうかもしれない。それなのに、足は固まり動いてくれなかった。

「アキとヤスってどうなってんの!? 付き合ってんの!?」
「付き合ってないよ」
「じゃあなんでアキの家から、ヤスが一緒に出てくるんだよ!」
「……なんの話?」
「誤魔化さないで! 俺、今日の朝見たんだから、ふたりが部屋から一緒に出てくるところ!」

 俺は思わず息を呑んだ。

「何度かヤスから、アキと同じ匂いがすることがあった。それに……それに、ヤスのうなじに……いつも痕がつけられてる。あれ付けてるの、アキなんでしょ……?」

 俺は思わずうなじを手で押さえた。昨夜も強く吸われたばかりだったからだ。シャツさえ着てしまえば見えないだろうと思っていたのに、まさか、見えていたのか!?

「どうしてトモに説明しないといけない?」
「だっ、だって……俺たち友達だろ?」
「友達だと、自分の家に誰を泊めて、誰に痕を付けてるかまで報告しないとダメなわけ?」
「ッ! じゃ、じゃあ俺も泊めてよ!」

 彰仁は隠しもせず大きな溜息をついた。

「それは無理」
「どうして!? ヤスは泊めるのになんで俺はダメなの!?」
「トモ……お前、ヤスと同じ扱いを受けたいのか?」
「そうだよ! ヤスだけなんてずるいよ!」
「無理だな」
「だからなんでぇ!?」
「だって、お前は"友達"だろ?」
「……じゃあ、ヤスはなんなの?」

 俺の全身に緊張が走る。

「恋人ではないけど……セックスはしてる」
「セッ!?」
 
 朋也が悲鳴を飲み込んだのが、俺の位置まで分かった。

「付き合ってないんでしょ!?」
「ああ、」
「じゃあ、セ、セフレ……ってこと?」

 彰仁は何も答えなかった。でも、俺たちの関係はセフレに違いない。その事実に胸がじくりと痛んだ。

「それ……俺じゃダメ?」

 自身の胸元をぎゅっと握りしめたところで、恐れていた言葉が朋也の口から落とされた。俺の全身から血の気が失せる。
 普通の友達という立場から落ちてしまった俺が、性欲処理の立場まで失ったら……そこにはもう、俺の居場所なんてないじゃないか。

「なんで朋也が?」
「俺……俺! アキが好きだ! 俺と、付き合って欲しい」
「それはできない」

 容赦なく切り捨てた彰仁に、朋也が地団駄を踏む。

「なんでッ、なんでだよッ! じゃ、じゃあ……セフレでもいいっ! ヤスじゃなくて俺をセフレにしてよ! アイツより、絶対……絶対俺の方が!」

 握りしめた手が震える。彰仁の答えなんて、分かりきってる。聞きたくない。
 噛み締めた唇から血の味が漏れる。もうここで、これ以上ふたりの話は聞いていられない。俺は後退り、自分の教室へと戻ろうとした。

「それも無理」

 しかしその足を引き止めたのは、やはり彰仁の声だった。

「絶対に、無理だよ」
「どうして!? だって、ヤスだってただの友達で!」
「ヤスを友達だと思ったことは、一度もない」

 今度こそ俺の喉が詰まる。
 今すぐここから消えてしまいたい。いっそ一息に息の根を止めて欲しい―――そう、思ったのに。

「ヤスは最初から、俺が守ってあげたい唯一だから」
「……え?」
「先に躰が繋がってしまったけど、俺にとってヤスは、代えのきかない大切な存在なんだ」
「なんだよそれ……なんでだよ! じゃあ、なんでセフレなんかやってんだよ!」

 くす、っと彰仁が笑う。

「我慢が効かなくて、ね。俺が手を出したんだ」
「ッ、」
「でも、ヤスもきっと同じ気持ちでいてくれるはず。それなら、言葉だけはヤスの口から聞きたかった。聞きたかったんだよ、どうしても」

 ―――ねえ、ヤス?

「出ておいで、そこにいるんだろ?」

 俺はまるで操り人形のように、ふらふらと扉を抜けた。

「ヤス……!?」

 晴れ渡る青空の下には、驚く朋也と、柔らかく笑う彰仁。

「ちゃんと聞いてた? ヤス」
「アキ……」
「大事な言葉を言わず、ただお前を抱いたことは悪かったと思ってる。俺はお前の弱ったところに付け込んだんだ。ヤスがずっと、俺たちの関係に悩んでたのも知ってる。それでも俺は、お前の口から、お前の気持ちを聞きたかったんだ」

 視界が水の膜に覆われ揺れる。そうして我慢できなくなったものが、ほろりと溢れた。

「さ、最初のは……俺を憐んで抱いてくれたのかなって……」
「うん」
「今は、適当な性欲処理の相手なのかなって……俺はもう、ただの友達にすら戻れないのかって、辛くて……」
「ああ、」

 彰仁の眉が下がった。

「けど、それでも……それでも側に居たかったんだ!」

 喉がひくついて、ついに俺は大きくしゃくり上げた。デカイ男が、子供のように顔を歪めて涙を零し泣く。みっともないって分かってても、止められなかった。

「アキが好きなんだ……例えっ、例え性欲処理にされたって俺は、俺は……!」
「ヤス……!」

 駆け寄ってきた彰仁に、強く抱きしめられた。

「俺のことが好きなのか」
「好きだ。きっと、出会ったばかりの頃から」
「俺はずっと、それが聞きたかった」

 ぎゅうぅぅ、と更に強く俺を抱きしめた彰仁が、真っ赤な顔をして鬼の形相で俺を睨んでいる朋也に言う。

「トモ。どう転がってもお前じゃヤスの代わりにはなれないんだ、悪いな」

 朋也は怒りに躰を震わせ、悔しそうに歯噛みする。そんな朋也の横を、彰仁の腕に閉じ込められるようにして通り過ぎた。

「俺たち、もう帰るから」
「なっ!?」
「恋人になった記念なんだ、俺の部屋に来るなんて野暮、しないでくれよ」
「ッ!!」

 見えなかったけど、きっと朋也の顔はまた俺への悔しさと怒りで赤く染まっただろう。だけどそれ以上に、彰仁の腕の中に閉じ込められている俺の方がずっと、激しい羞恥の色に染まっていた。



 それぞれの教室から奪い去るように鞄を取ると、互いに会話はないまま無言で帰路についた。
 強く握りしめられた右の手首が、痛いよりも熱くて、そこからどろどろに溶けてしまいそうで。

「ンぁっ、ん……彰仁……あきひと! んっ、」

 玄関の扉が閉まった途端、かぶりつくように唇を奪われた。
 初めて躰を重ねたあの日以来、初めてのキス。今朝までは向き合うことが恐ろしかったのに、今はこんなにも嬉しくて。
 制服のシャツの中に滑り込んだ手が、何度か背中や腰の肌を撫でた後、するりと下へ滑り落ちた。

「あっ、あ……アキ……」
「ごめん、もう我慢できない」

 スラックスの隙間から差し込まれた彰仁の指が、後ろの窄まりに浅く差し込まれる。

「あっあっ、あぁっ、やっ、」
「靖友……」

 耳元で喘ぐように落とされた自分の名前に、躰がぶるりと震える。

「んっ、ん……はっ、んんっ、ぁ……彰仁、彰仁」

 彰仁の名前を呼ぶだけで、俺の躰が熱くなる。
 そうなるように仕込まれたのは、気付いていた。だが俺も、それを望んでいたのだ。

「靖友」
「彰仁っ、彰仁っ」

 俺も、もう我慢できない。
 硬く昂ぶったそれを布越しに彰仁のそこへ擦り付ければ、彰仁は一瞬息を詰め……そうして乱暴に俺のスラックスからベルトを抜き取った。

「ごめん、今日は余裕がない」

 下着はスラックスと共に取り払われ、指が中を掻き回す。いつもの焦らすようなものではなく、良いところばかりを狙った早急なそれに、言葉通り余裕がないのだと思うと妙に嬉しかった。
 解す必要のないほど柔らかなそこは、そこで得られる快楽をもう知っている。だがそれが、上辺だけのものだったのだと思い知らされることになった。

「ふわっ、あっ、ぁあっ」

 ちゅぷ、と音を立てて抜かれた指にさえ、悪寒にも似た痺れが全身に広がった。
 向き合って、抱き合って、キスをする。
 深く浸食した唇が離れると、それは鼻の上や頬に散るそばかすに優しく触れる。何度も何度も触れるそれがこそばゆくて思わず笑って躰を捩ると、また口内を深く侵された。

「靖友……」
「んっ、うぅぅ、」

 彰仁が、何度も俺を呼ぶ。窄まりに熱が当てられ、ぐっと、入り込んできた。挿れられるそれが、いつもよりも熱い気がする。
 昂りを全て収められたその時、初めて正面から彰仁を見て驚いた。
 瞳は熱に浮かされたように潤み、額には薄らと汗をかき、頬は紅潮している。
 人形のように綺麗なあの男が、こんなにも人間臭い顔をするのかと、俺がこの男をこうして変えているのかと……胸の内に広がるそれは、確かな幸せだった。

「ああっ、あっ! あっ!」

 全てを収め切った瞬間から与えられる激しい抽送に、ただヨダレを垂らし喘ぐしかなくなった。互いの汗が混ざり、離れがたいとくっつく肌が愛おしい。
 向かい合って抱き合い重ねる肌が、こんなにも満たされるものだなんて知らなかった。知ることなど、できないと思っていた。

「靖友っ、」
「彰仁……彰仁……!」

 その日は時間を忘れて抱き合った。
 何度か意識を失って、気付けばまた揺さぶられて……水を口移しで補給して、また重なって。
 いつものように後ろからも抱かれたが、感じる快楽は底無しだった。そうして俺は生まれて初めて中だけでイくことを覚え、そのまま意識を飛ばし……ついに戻ることができなくなった。



 ◇


「あれ、アキひとり?」
「ん? ああ、」

 いつもの時間になっても現れない朋也と靖友。靖友は大体いつも彰仁と一緒に教室へやってくるのに、今日に限って彰仁は一人だ。

「トモもまだ来てないんだけど、何か知らない?」

 そう言ってから、光希はしまった……と後悔した。久しぶりに、彰仁の底意地の悪そうな笑みを見たからだ。隣にいる裕二が黙って自身の耳を塞いだ。

「あっ、やっぱいい……」
「トモは知らないけど、ヤスは俺に抱き潰されて腰が痛くて起き上がれないから、今日は休ませたよ」
「ぅわぁぁあぁあっ!!」

 教室の中には、すでに沢山の生徒が登校している。その上、これだけ整った容姿をしている男なのだ。遠巻きではあるが、いつだって複数の人が彰仁の存在に意識を集中している。

「バカバカバカバカ! アキのバカ! こんなとこでなんてこと言ってんだ!」
「バカはお前だろミツ〜、昨日のあれ見て、今日それ聞くかぁ?」

 靖友と彰仁の関係に気付いている様子のふたりに、彰仁はふっと笑った。

「アキ、やっと決着ついたんだね〜」
「まぁな」
「長かったね〜」
「それでも、これからの方がずっと長い」

 殻を破った靖友とのこれからの甘い生活を思ったのか、いつもはあまり表情の変わらない彰仁が蕩けた笑みを浮かべた。それを見た光希と裕二は、未だ現れないトモを憐む。
 五人でいても、三人の後ろでいつも二人だけが別世界にいることを、光希達は気付いていた。そうしていつからか、靖友から彰仁の匂いがするようになっていて。

「トモが出てきたら、何か奢ってやるか」
「トモに食欲があればね〜」

 少々自信家である朋也は、きっとまだ諦めきれていない。靖友よりも、絶対に自分の方が魅力的だと信じていた。
 この傷を、彼は一体どれほどの時間をかけて癒すのだろうか。なんとか学校に出てきても、今度こそふたりのイチャつきを見せつけられるだろうに……。

 幸せそうに蕩けた笑みを見せる彰仁と、その彰仁に愛されすぎてヨレヨレになっているであろう靖友と。プライドの高い朋也との三人の間で、また一悶着ありそうな予感を察知し……光希と裕二は深く深く溜息をついた。


END




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