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君、至上主義


 放課後。
 担任の呼び出しから教室へと戻ると、俺のクラスのアイドル、栗山さんが泣いていた。その周りには栗山さんの友人が彼女を囲む程集まっている。
 俺の存在を気にする余裕も無く慰め続ける彼女たちの言葉に混じる、聞き慣れた幼馴染の名前。
 栗山さんやその周りに何を確認するでも無く、俺は漏れ聞こえた名前の持ち主目掛けて教室を飛び出した。




「邪魔するぞ!!!」

 辿り着いた教室のドアを勢い良く開ければ、部屋の中に居た数人の生徒が驚いてこちらを振り向く。その視線を無視して俺は、真っ直ぐに一人の生徒の前まで歩いて行った。

「おい香月! 俺はお前に話がある!!」

 他の生徒とは違い、俺を見ようともせず書類に目を通している男、香月に声をかけると、香月は手に持っていた書類を机に置き鋭い眼差しで俺を見上げた。

「誰が入室を許可した? 生徒会役員以外は立ち入り禁止のはずだが」
「そんなこと今はどうだって良いんだよ! お前、また女の子を泣かせたろ!」
「何の話だ」
「とぼけるなよ! 教室で栗山さんが泣いてた! お前が何かしたのは分かってるんだ!」

 俺ががなり立てると香月は整った眉をぐにゃりと歪め、イラついた仕草で席を離れ俺の目の前に立った。

「栗山って誰だ。あぁ、もしかして先程好きだの何だのと喚いて纏わり付いてきた女か?」
「纏わり付いてって…」
「あんまりしつこいんで、『気色悪い、二度とその醜いツラを見せるな』と追い払ってやった。それが何か問題だったか?」

 涼しい顔をして言ってのける香月に全身の血が沸騰した。
 昔から、そう、昔からコイツは酷い奴だった。
 どれだけ俺が恋をしても、隣にコイツが居るだけで俺の失恋は確定する。それ程に人を惹きつけておいて、いつだってそんな相手をまるでゴミの様に蹴散らして行く。
 アイツの歩いた後には殺された心が山積みになっていると言うのに、それを省みることさえしない。
 まるで自分に好意を寄せた事こそが罪だとでも言う様に彼女達を傷付け、香月を咎める俺へ酷く冷たい、蔑んだ目を向けるんだ。
 その癖、そんな俺の腕を離すこともしないで隣に置こうとする。

「お前には、ヒトの血が流れていないんだ。だからそんな酷いことばかり言えるんだ! どうして相手の気持ちを考えてやらない!? 断るにしても言い方ってもんがあるだろう!!」
「何だ、モテない男の僻みか?」

 その一言で頭に血が上った俺は、目の前にある感情の読めない綺麗な顔に殴りかかった。だが、その瞬間バキッと嫌な音が響いたのは、俺の右手では無く、左の頬。

「ッ、いっ…っ、」

 立っていたはずの俺の体はいつの間にか床の上に尻餅をついており、口内に鉄の匂いが広がる。

「ホント、存在自体がウザいな、お前」
「なっ!?」

 床に座った俺の前に香月がしゃがみ、俺の頬を作り物の様に綺麗な手で強く掴む。

「染谷、お前はいつもそうだ。あの女が泣いた、この女が泣いたと毎回俺を責めにやって来る。だがその女が泣いたところで、お前に何か関係があるのか? 誰かお前に助けを求めたか?」
「っ、」
「人の気持ちを考えろと言うなら、どうでも良い人間に纏わり付かれ迷惑している俺の気持ちを考えたことがあるのか?」
「そ、それは…」
「今から考えろ。どうすべきか、俺を優先して考えろ。考えて、俺の納得の行く答えを出せたらお前の言い分を聞いてやっても良い」

 香月は俺の口端から流れた血を親指で拭き取り、その指を目の前でペロリと舐めた。

「納得のいかない答えを持って来たら、その時は今度こそ容赦しない。覚えておけ」

 そう言って香月は何事も無かったかの様に席に戻り、再び書類に目を通す。その時を待っていたとばかりに他の役員達が俺をズルズルと引きずって部屋の外へ放り出した。
 簡単に女の子を傷付ける香月を殴りに来たはずなのに、何故か自分が逆に殴られ、香月にお説教を受け、その上妙な宿題と共に脅しまでかけられた。
 もしも香月を納得させられる答えを出せなかったら、俺は一体どうなるんだろうか?
 大体、答えって何なんだ?何を考えれば良いんだ?

 大量のハテナを頭の上に浮かべながら殴られた頬に手を当てれば、冷え切った空気が充満する廊下とは対照的なソコが、じくじくと燻る熱を訴えた。


END




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