続・化かす化かすが化かされる***
SIDE:月島
俺たちが出逢ったのは、色んなサークルごちゃまぜでやった飲み会で、偶然。そう思っているのは幸太郎先輩だけで、事実は違う。
「なんだよ月島、今日は何か機嫌いいなぁ」
集まった大学の同期の一人が、覗き込むように顔を傾けた。居酒屋ではない、同期の部屋に一瞬だけ探るような沈黙が流れた。
「ああ、分かる?」
「鼻歌歌ってりゃ、そりゃな。なんだよ、彼女でもできた?」
「いや、月島のことだから男かもよ?」
彼らの間で笑いが起きた。そのうちの一人が、器用にサラダを取り分ける。
「で? 恋人か?」
「ん〜、ちょっと違うけど、まぁ似たようなもんかな」
「何だよそれ、気になるなぁ」
「ずっと狙ってた獲物が、やっと手に落ちたんだよね」
ニヤリと口端を持ち上げると、全員が一斉に目を見開く。
「それって、もしかして幸太郎先輩…?」
サラダを取り分ける手を止め、俺を見つめる瞳。そこに滲む、嫉妬と焦りの色は見なかったことにした。
俺がにっこり笑って見せれば、彼らは呪いが溶けたように一斉に溜め息を吐いた。
「マジか…」
「ついに来ちまったのか、この日が…」
「でも、よくあの先輩が落ちたよな?」
「そうそう、良くも悪くも掴みどころないっつーかさぁ」
「よく分かんねぇ人だったもんな」
「何年も一途に追いかけるほど、どこがいいわけ?」
出逢ってから七年が経った今でも、先輩の評価は底辺を泳いでいる。
「幸太郎先輩のことは、俺だけが知ってれば良いんだよ」
「出たよ、月島の独占欲」
「……それで、落ちたってどういうこと? 相手が先輩なら、付き合ってはいないんだよね」
僅かに震える手で、取り分けたサラダの皿を差し出す。
見た目は中性的。美人の部類かもしれないそいつには、男の隠れファンも多くいる。そしてそんな奴が、ずっと俺を見ていることも気付いている。けど、その視線と好意に答えてやるわけにはいかない。
「酔った寝込みを、犯した」
――ガシャンッ
ついにサラダはテーブルの上にひっくり返った。
「おっ、犯した!?」
「先輩をか!?」
「途中からは意識あったけどね」
「おま…なんつー…」
「でも、そんくらいしないとあの人は落ちねぇだろうな…」
また、深く重い溜め息が一斉に吐き出された。
先輩は知らない。いや、先輩だけが知らない、俺の幸太郎先輩への、執着。
「落ちたっていうか、まぁ…全然落ちてはいないけど」
当然ではあるが、先輩は憤慨し俺を罵った。そりゃそうだろう。あの日彼の中で、俺に抱かれるべき相手は自身の弟であったはずなのだから。でも、酔いの世界から戻った彼が目にした現実は、全然違うものだった。
眠っている間に開かれた躰は、未知の快感に従順だった。そんな自分の躰に戸惑う先輩は、
「死ぬほど可愛かったなぁ…」
予期せぬ事態に声は漏れまくり、眠りから覚めたばかりの意識は素直に反応を返し乱れまくる。喘ぐ声は、今思い出しても下半身に熱を送ってしまう。
「それで月島は、もう満足なんだよね?」
「え?」
「だって先輩のことは、一回抱いてみたかっただけでしょ? 今までも、他の人と…してたし…」
縋るような視線から、思わず目を逸らす。それは、好意が丸見えの瞳が厄介だったからじゃない。図星を突かれて、いたたまれなくなったからだ。
確かに最初に先輩に目をつけたのは、そんな酷い理由だったから。
「先輩、絶対素質あると思ってたんですよね」
「で、その素質は無いって分かってくれたんだよな?」
「まさか、素質アリアリでびっくりですよ。三回目で、もう後ろでイけちゃったんですからね」
隠しもせず丸出しになっている腰を指でなぞれば、肌はびくりといじらしく跳ねた。
「よくもまぁ、こんなエロい躰を今まで守り抜きましたね」
「お前以外に、俺をそんな目で見る奴いねぇよ!」
「みんな、見る目が無いですからね」
誰もが絶賛する笑顔を見せてあげたのに、先輩は更に顔を歪ませた。
「その顔やめろよ、気持ち悪ぃ。俺には通用しないって言っただろ」
「そうでした」
俺と先輩が出逢ったのは、入学してから半年も経った飲み会なんかじゃない。先輩は全く覚えていないみたいだけど、俺と先輩はもっと前に出逢ってる。
入学して一週間ほど経った頃、俺はカフェテリアで先輩に珈琲をぶっかけたのだ。振り向きざまにかけてしまい、周りの人間を巻き込んでひと騒動が起きた。
実はタイプだった先輩に、出逢いのきっかけにしようとわざと起こした騒動。でも、先輩は俺を覚えていなかった。
それから何度かキャンパス内ですれ違ったりもしたのに、先輩とは一度も目が合わなかった。俺は、まるで呪いでもかけられたかのように、先輩の姿を探し、見つければ目で追うようになった。
自惚れたことをいうけれど、こんな扱いを受けるのは初めてのことだった。だからって、そんな態度だけで先輩に執着したわけじゃない。そもそも幸太郎先輩の雰囲気そのものが、先輩そのものが、俺の興味をかっさらっていったのだ。何故、なんて聞かれても答えられないのはそのせい。
ただ彼が、【幸太郎先輩】だったから。
「俺からしたら、先輩は美味そうで仕方ないんですけどね」
「あっそ、変態」
やっとベッドから起き上がった先輩が、気怠そうに服を身に着ける。肌に執拗に付けられた花弁が、ズボラな皺を付けたシャツに隠されていくその様は、これから先何度見ても飽きない自信があった。
「じゃ、また連絡しますね? 幸太郎せぇ〜んぱい」
少しだけ足を止めて、だけど振り返ることなく俺の部屋から出て行く先輩の表情は見えない。
俺の脅しに素直に乗って来てくれている先輩の行動が不思議だった。
睡眠姦…そんなのレイプと同じだ。別に録画して脅している訳でもない。それなのに、どうして呼びつければちゃんと現れて、嫌そうではあるけど、俺に抱かれてくれているのか。
どうして俺を酷く責めて跳ね除けないのか、俺はまだ幸太郎先輩の心を、知らない。
◇
「んっ、うっ! あっ、あっ!」
「もうそろそろ、イきそうですか?」
「あっ! ひっ! やだ、そこやめろっ! ひぁ、あぁあっ!!」
両手を掴んで、突き出た尻に思い切り自身を突き立てた。声にならない悲鳴を上げて、全身を細かく痙攣させるその背中が可愛くてキスを落とす。ちゅ、ちゅ…と軽くしていたものを、段々と強いものにして痕を残した。
「おま…痛ぇよ、それ…」
「これだけ残ってれば、流石に誰も手ぇ出さないでしょ?」
間髪入れずに暴言を吐く先輩には珍しく、少しだけ沈黙が流れた。醜い独占欲に気付かれたのかと思って、俺は焦ったんだ。
「前も言いましたけど、先輩の躰って最高にいいんですよね。名器っていうんですか? ちょっと今は俺専用にしておきたいんですよ」
いつもみたいに、罵ってくれたら。そしたら、冗談ですよって言うから。そしたら気不味い沈黙も、流せるから。
「はは…」
先輩が、乾いた笑いを零した。
「俺って、やっぱアホなんだなぁ〜」
「幸太郎先輩?」
抱き寄せていた先輩の躰が、力任せに離れようともがいた。
「ちょ、先輩、どうしたん…」
「俺はさっ、ずっと考えてたワケ! お前が、俺にこんなことした理由を! 幹也を抱かずに、無理やり俺にこんなことした理由をさ、ずっと考えてたんだよ俺なりに! もしかして、お前が俺のこと好きなんかなとかさ、馬鹿みてぇなこと思いついて…でももしそうなら、俺は……………ッ、」
ドン、と胸を押されて躰が離れた。そうして漸く見えた先輩の顔は、見たこともないほど悲痛に歪んでいた。いつも、何も考えてなさそうに、ふにゃふにゃとだらしがない先輩の顔が…その瞳に、涙を浮かべていたのだ。
「アホだよな〜、俺も。周りにずっと言われてたんだぜ、お前が俺に懐くわけねぇって。絶対何か裏があるってさ、言われ続けてきたんだけど……思い込んでたんだよな、慕われてるって。ま、俺もいい気になってたんだよ、人気者のお前がやたら相手にしてくれるからさぁ」
「先輩…」
「そういう相手として見られてるなんて、考えたことも無かったけどさ…でもまさか、ただの穴≠ニして見られてたなんてな」
「な…、ちがっ」
「笑えるよな。慕われるどころか、穴だよ、穴」
「先輩っ!!」
――バシンッ
先輩の腕を掴もうとして、思い切り頬を打たれた。
「馬鹿にすんなよ…、テメェの顔なんざ、もう二度と見たくねぇよ!」
急いで服を身に着ける先輩は、全身から俺への拒絶と軽蔑を振りまいている。それでも…俺は先輩を帰すわけにはいかなかった。
「なっ、にすっ、ぐっ!!」
バキっ、と嫌な音がした。俺が、先輩の頬を殴ったのだ、グーで。
「つぅぅきしまぁああっ! 俺をっ、殴ったなぁあ!? ああ! 鼻血でてる!」
「鼻血出してる先輩も可愛いですよ」
まるでモンスターでも見るような目で、先輩は俺を見つめる。
「心にもない酷いことを言って、俺が悪かったです」
「なに…」
「先輩の躰は最高ですけど、名器ではないです」
「ぁあ!?」
「幸太郎先輩、ただ俺があなたを好きすぎるだけです」
流石の先輩も、言葉を失ったのかポカンと口を開けたまま固まった。
「最初は確かに意地でした。俺の存在を認識してくれない先輩に焦れて、飲み会までセッティングしてもらって近づきました」
本当に、最初は躰目当てだった。他の奴らと同じように、笑顔ひとつで誑かして、一夜限りの関係でも築ければいいかなって、そんな程度で。でも、そんなラインは飲み会が開かれた時にはとっくに越えていた。
へらへら、ふにゃふにゃしてる先輩はこっちがハラハラするくらい無防備に見えて、全然隙がない。隙がないように見えて、そのくせ変な女には直ぐに引っかかった。
「俺が女にすぐ振られるのって…」
「他に餌を撒いてました、俺が」
「月島!」
「ろくでもないのばっか選ぶ先輩が悪いんですよ」
先輩と過ごす時間が長くなるにつれて段々と、抱けなくても側にいられればいいかなと、思い始めた。でもそれはあっと言う間に崩れる。
「何度も諦めようと思いました。でも、俺と一緒にいて笑う顔見るたび、一緒に飲んで酔ってふわふわしてる顔を見るたび、諦めることは無理だって思い知らされました」
そうしてズルズルと、気付けば七年も先輩の尻を追っかけていた。
「そ、そうならそうと、言ってくれりゃ…」
「出会った頃から、心底あなたに惚れてるって言ったら先輩、逃げたでしょ」
ふっと笑んだ顔は、自分でも情けないものになったと気付いた。
「惚れてるって、マジで俺に…?」
「可笑しな趣味ですよね」
「オイ!」
「自分でもそう思うんですけど、酔って起きないあなたを襲おうと計画するくらいには、真剣に惚れてます」
「それ真剣って言うの?」
「襲ってヤるほど俺、相手に困ってませんし」
「うっわ、ヤなやつ〜」
「知ってるくせに」
俺が笑ったら、珍しく先輩が顔を歪ませずに俺をジッと見ていた。
「お前って、案外アホなのな」
「失礼な、先輩ほどじゃないですよ」
「テメェ! 表出ろ!」
「出しませんよ、外には」
油断した先輩の腕を強く引いて、俺の腕の中に抱き込んだ。
「俺をこんなに変えたのは幸太郎先輩なんだから、責任とってもらわないと」
「はぁ!?」
「こんな、酷いことをしてまで手に入れたいと思うほど人を好きになったのは、初めてです」
後にも先にも、先輩でしかありえない。ありえたくない。
「拒絶されても諦める気は無いので、どこかに監禁される前に、自分から俺のものになってください……て、すごい顔してる」
「当たり前だろ! 何その怖い思考!」
「安心してください、先輩に対してだけですよ」
「それ全然安心できねぇんだけど!」
「あははっ」
思わず声を上げて俺が笑ったら、それを見ていた先輩が、俺の胸にぽすんと顔を落とした。
「白状するとさぁ…」
「はい?」
「俺のこと無視して、お前が幹也ばっか構ってんの…すっげぇムカついた。目の前で、お前が寝る相手とそうじゃない俺との差を見せつけられんのが、堪らなくムカついた」
「……それも、一応作戦でしたから」
「そうなんだろな。でも、ほんとアレ嫌だったなぁ…」
心臓が、壊れるかと思った。
「先輩、上向いて」
「あ? …ンぐ!」
ずっと欲しいと思ってきた相手に、そんなことを言われたらキスするに決まってるし、
「んっ、う…ふわっ、おい、つきしっ、ひぎゃっ!」
「自業自得ですよ、幸太郎せぇ〜んぱい?」
そりゃ、勃ったモノを使うに…決まってる。
◇
「なんだよ月島、相変わらず機嫌いいな」
「やっぱり分かる?」
「機嫌いいっつーか、どろんどろん?」
「ニヤニヤしすぎで気持ち悪いな」
同期の視線を尻目に、ニヤリと笑ってやる。
「付き合うことになったんだよね、先輩と」
「マジで!?」
「嘘だろ!? あの人と!?」
「それどころか、同棲に持ち込めそうなんだよね、今」
同棲の話しを持ちかけた時の、先輩の顔を思い出して笑った。
「あの人、実家大好きじゃなかった?」
「そうなんだよね。だから、実家以上の条件を出したわけ。家事一切不要、ご飯も好きなもの作ってあげるし、疲れた躰のマッサージもしてあげる。オマケに超相性の良いセックス付き」
「……生々しいよ月島」
でも先輩は、その条件についに重い腰を上げかけている。
「俺さ、先輩のこと手放す気、全くないんだよね。だからさ、」
ねぇ。キッチンの奥で、会話から外れている同期に声をかける。
「もし先輩に余計なこと吹き込んだり、俺たちの仲を邪魔する奴は…容赦しないから」
シン、と静まり返った部屋の中、自分のカバンを手にとった。
「じゃ、俺は先輩をもうひと押ししてくるから、またね」
「もしもし、先輩? 今から俺の部屋で宅飲みしませんか?」
ただの宅飲みなんかじゃ終わらせない。首を縦に振るまで、抱き潰してやるけど…
「え? 変なこと? しませんよ、ただゆっくり話しがしたいだけ」
きっと今日も、先輩は俺に騙されてくれるはず。
ねぇ、そうでしょう? 幸太郎せぇ〜んぱい?
END
2018/11/11
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