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コバルトブルー・タランチュラ


 こいつの事を、“まるで真夏の海の様だ”と言ったのは誰だったか。

「アイツらの目、まぢでフシ穴」
「どこが? 見たそのまま、スポーツ好きの爽やかな好青年ですけど?」
「そりゃ随分と淫らなスポーツなことで」

 嫌味なほど綺麗に割れた腹筋に、キラキラと汗を浮かべて水を飲むのは幼馴染の誉(ほまれ)。
 猛暑の中でも暑さを感じさせない見た目を持つこの男は、昔からまるで誘蛾灯の様に男も女も惹きつける。
 据え膳食わぬは、なんて言いながら笑顔を浮かべてそいつらを食い散らかして、だがそんな悪行も奴の笑顔一つで皆許してしまうのだからタチが悪い。

「人呼びつける前に換気くらいしとけよボケ」

 キンキンに冷やされた部屋の中に沈む性のニオイに頭が痛くなる。
 自分と同じ男が、同じ男に蹂躙されて放った欲望のニオイなのかと思うと、更に吐き気だって込み上げてくる。けど、誉はただ笑うだけ。

「笑ってんなよ、マジで勘弁だっつの。何で俺が知らねぇ男のニオイ嗅がされなきゃならんのよ」
「俺のは良いの?」
「良いわけねぇだろ」

 鍵を外し、力任せに開いた窓からムッとした熱気がなだれ込んだ。一瞬でじわりと肌に汗が滲む。

「一成(いっせい)が俺と付き合ってくれたら、そんな事もなくなるのに」
「相変わらず俺の事が好きだって?」

 窓を開けたまま動かない俺を、誉が後ろから抱き込んだ。

「当たり前でしょう。俺は一成以外好きになんてなれないよ」
「ハッ、どの口が」

 俺を好きだと言ったのが高校一年の夏。
 それから四年が経った今まで、こいつが一体どれだけの人間をこの部屋の、このベッドへ押し倒し喘がせて来たかなんて。

「あれだけ他の奴とヤッといてよく言うぜ」

 それなのに、俺の事をずっと好きだと言うこいつの言葉を信じるなんて馬鹿のすることだろう。
 溜め息を吐こうとすれば、後ろから回された誉の手が俺の太ももを撫で上げた。

「あんなの遊びだよ」
「…どうだか」
「オナホに惚れる奴がいるとでも?」

 まさに絶句。

「オナホって…お前なぁ」
「本当のことだよ。俺は一成しか好きじゃない、目に入らない。心に隙間なんてないからね」

 一成でいっぱいだから、と耳に吐息の様な声を零す。

「いつだって一成を想ってる。このカラダの中の熱さを想像するだけで、俺は気が狂いそうになるんだよ。早く一成が欲しい。当てつけに他の奴を抱くのはもう飽きた」

 呆れた。
 本当に当てつけだったとして、それをそうだと正直に口にする奴があるだろか。

「お前、馬鹿なの?」
「一成ほどじゃない」
「はぁ?」
「とっくに俺に毒されてるくせに」

 そう言って笑った声がまた耳を擽って、俺はカラダを震わせた。



 今のままじゃダメなのか。
 友達のままじゃダメなのか。
 いつか終わりの来る関係なんて恐ろしいだけで、俺には何の魅力も感じない。
 こうして友達でいれば、そうすれば俺たちはずっと一緒にいられるのに、どうして。

 そんな風に苦しく思ってた気持ちは、この四年で消えてなくなった。
 今はただ、誉に強く求められることが嬉しい。
 そしていつか、飽きて捨てられることが怖いのだ。

「一生お前のモンにはならねぇよ」
「もう捕まってるのに?」
「それでも」

 それでも俺は、お前のモノにはならない。
 例えこの身を食い散らかされたとしても、いつか手を離されたその時。
 やっと逃げられたと笑えるように、俺は。



『せいぜい、もがけよ』

 果たしてそれはどちらの言葉だったのか。

 今日も俺たちは、
 海よりも深い、蒼き毒の中でもがき溺れる。


END





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