Drecksack:前*
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※攻めも受けも、女との描写があります。
※攻めは男女関係なく殴ります。
※どっちも割りとクズタイプです。
※2018年12月:fujyossy様主催の
『ノンケ受け』コンテスト応募作品です。
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俺には幼馴染がいる。それこそ物心がついた頃からずっと、共に隣を歩んできた奴だ。
「かおるちゃーん、いるんだろー?」
幼馴染の馨に教えてもらった暗証番号を打ち込み鍵を開けると、インターホンも押さずに部屋の中へと入った。
玄関にはかかとの高い女物の靴。
「かおるちゃーん、真っ最中ですかぁ〜」
気にせずズカズカと玄関を上がってリビングへと行けば、そこには誰もいなかった。やっぱり最中なのかもしれない。
「さすがに突入すんのはやめとくか」
ひとりで住むには広すぎる部屋。高すぎる家賃。そんな場所に苦も無く住める馨の懐事情に、俺は随分と昔から寄生している。
綺麗に掃除の行き届いた部屋にはゴミひとつなく、輝く床とテーブルからは馨の神経質さが滲み出ている。ソファに服がかかっているとこなんて一度も見たことがない。そんな完璧に磨き上げられた部屋で、俺は迷うことなく煙草を咥え火をつけた。
ラグの上に腰を下ろし、ひんやりと冷たい革張りのソファに背を預け紫煙を吐き出す。汚れしらずの壁紙が、俺を軽蔑して見下ろしていた。
「裕典(ゆうすけ)、来てたのか」
二本目の煙草を咥えたところで寝室のドアが開いた。
「おちかれー」
気の抜ける挨拶と共に片手を持ち上げた俺に、馨がふっと笑みを漏らした。その表情に俺の鳩尾あたりがざわつく。
少し長めの、緩いウエーブがかかった髪は烏の濡れ羽色。毛先が絡まる首筋は、ちゃんと男らしい太さをしているのに、浮いた筋が色白の肌と相まって妙に艶めかしい。
切れ長でシャープな印象を与える目元は蠱惑的で、思わず躰の自由を奪われてしまう。長い付き合いである俺でさえ、ジッと見つめられればいまだにドギマギする程だ。その瞳が頬に落とす長い睫毛の影と、薄く形の良い唇にどうしようもない程の劣情を煽られるのだと、昔誰かが言っていた。
そんな俺の世界のセックスシンボルである馨の笑みで、一体どれだけの人間が湯煎にかけたチョコレートの如く蕩かされてきたことやら…。
「声をかけてくれれば良かったのに」
「さすがの俺も、それはできねぇわ」
躰の位置をずらして馨の後ろを覗き込めば、やっぱりそこには女の姿があった。
「お、美香ちん久しぶり〜」
一度は下げた手をもう一度あげ、ひらひらと振って見せる。が、そうしたところでふと彼女の顔色の悪さに気が付いた。
「あれ、美香ちん…」
美香は、二ヶ月前に馨の彼女になったばかりだ。
性格をそのまま表す強気な目元、ツンと尖った鼻先、瑞々しい花のような色の頬。真っ赤なドレスを纏う口元は純粋さとは真逆な色気を纏い、男なら誰もが一度はそこに咥えられたい≠ニ思うに違いない。俺は、会うたび思ってる。
もしかすると、今まで見てきた馨の彼女の中でもダントツ美人かもしれない。だがそんな彼女の美貌は、今や見る影もない。
思わず馨を見上げれば、その顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。
「馨、お前」
「なんだ?」
「また殴ったの?」
美香の顔の左側半分が、青紫色に覆われ腫れている。せっかくの美人さんが台無しだ。
「言う事をきかないから、仕方がない」
「どうせ大したことじゃねンだろぉ?」
馨はいつもそうだ。
自分の部屋のモノを勝手に触ったとか、なんとか。そんな程度のことで直ぐに人を殴る。男も女も関係なく、容赦なくそうするから高校時代は生徒たちにとって恐怖の対象だった。いや、結局憧れの域を脱しないんだから、恐怖ではなく『畏怖』だったのかもしれない。そのお陰で、誰も訴えたりしないから退学にもなんなかった。
それは互いが社会人になった今でも、あまり変わらない。
「美香ちん大丈夫ぅ?」
重い腰をあげると、馨の後ろで俯いたままの美香に歩み寄った。痛々しい色をしたそこに手を伸ばす。だが頬の色を隠そうとする長い髪に手が触れる前に、それは強い力で振り払われた。
「アンタなんかっ!」
涙目で俺を睨み付けると、そのまま美香は走って出て行ってしまった。
「えー、八つ当たり」
「裕典、灰が落ちる」
ぼやく俺の隣から伸びてきた手に、指に挟んでいた煙草を奪われる。テーブルの上に置かれた高級そうなガラスの灰皿に、トントンと灰を落とすと馨は自分の口にそれを咥えた。
すうっと深く吸い込み、深く深く吐き出す。その表情はまるで情事中のように気持ち良さげで、思わずこっちがドキッとする。
「おま…煙草吸うだけでなんつぅエロい顔すんだよ」
「なに言ってんだ」
はっ、と短く笑って、馨は煙草を俺の口に戻した。
「つーか、灰なんか気にしてていいのかよ? 美香ちん出てっちゃったけど」
「ああ、気にすんな。どうせもう終わらせるつもりだった」
「ひでぇな〜」
「『愛してるって言って』を何百回も言われてみろ。殴りたくもなる」
「いやいや殴んなよ。で、言ってやったの?」
「言うわけない」
「かおるちゃーん…」
眉をしかめた俺を、馨がジッと見据えた。
「そんな事を話に来たんじゃないんだろう? それで、今度は幾ら欲しいんだ?」
ただでさえ切れ長の目がスッと細められ、射殺すように俺を見る。
「その為に来たんだろ?」
「えっと〜」
「エミか、リカか。それともナツミか」
灰を落とされ、少しだけ輝きを失った灰皿にギュッと煙草を押し付けると、俺は飛びつくようにして馨に抱き着いた。
「お願い馨きゅん! お金恵んでぇ〜! トモちゃんが今度誕生日らしくて! 当日はお店でも派手にパーティやるから来て欲しいって誘われてさぁ!」
「トモ? また違う女に貢いでんのか」
「うっ…、まぁそれはそれとして。何か小難しい名前のブランドバッグ強請られちゃってさ…その、」
「はっきり言え」
「五十万! 無理だったら十万でもいいから! そこのブランドの何かが買えればそれでいいからお金下さいッ」
冷たい目で俺を見る馨に、両手を合わせて拝み倒す。
「頼むっ! この通り!」
必死で拝む俺に馨は大きな溜め息を吐いて立ち上がり、一度寝室に入り、出てきた時には片手に封筒を持っていた。
「馨っ!」
「一回ぐらいは自分の金で貢いだらどうだ」
分厚い封筒で俺の頭をバシっと叩くと、そのままポイと俺の手にそれを放った。『貸してください』ではなく『ください』と言った俺の言葉の意味を、しっかり理解しているのだ。放ったそれは、二度と馨の手には戻らない。
こうしてかれこれ、何百万出してもらっただろうか。それでも馨は、何故か俺を殴ったりしないで金をくれた。
封筒の中を見れば、言った金額よりも多く入っている。
「ありがとー! 恥かかずに済む!」
握り締めた封筒に、俺は熱い熱いキスを贈った。
◇
無事にキャバ嬢トモちゃんのバースデーパーティを終え、いい思いをした次の日。金を返さない代わりに礼だけはせねばと、馨の住むマンションに足を向けた。
プレゼントを買った時のお釣り(と言うには凄い額)は、既にお店で使い果たしている。調子に乗った結果だ。
再び薄っぺらくなった財布から捻り出して、手土産を買った。マンションの近くにある店の、最高に旨いプリンだ。
馨に一個、俺に二個。
「はやく食いてぇな〜。馨、何時に帰って来んのかな」
十八時の定時きっかりに仕事が終わる俺と違って、馨の帰りは遅い。それでも俺が『今日部屋にいくぞー』と連絡を入れれば、それなりに早く帰って来てくれる。
「はー、さむさむ」
二月に入れば寒さもピークを迎える。あっと言う間に温まる馨の部屋に入って、早く暖をとりたい。急く気持ちのまま乗り込んだマンションのエレベーターには、贅沢にも暖房がついていた。
「あれ、美香ちん…?」
やっと辿りついた馨の部屋の前、ぼんやりと美香が立っていた。肌の色は前見たときよりも随分とマシになっていたのに、その表情は暗い。
「え、どうしたの? 馨ならまだ帰らないと思うよ?」
「知ってる」
美香が俺を睨みつける。
「あ、えーと」
「…番号を忘れたの。ドア、開けてくれない?」
「あ、あぁ…ごめんごめん、すぐ開ける」
迷いなく暗証番号を打ち込む俺を見る美香の顔は険しい。ピピ、と開錠音が鳴ると美香は、俺を押し退けて部屋の中へと入った。
黒い、革張りのソファにバッグを投げ捨てる。投げやりな態度のまま振り返った彼女は、その真っ赤な唇を歪めた。
「ねぇ、裕典くん。私って魅力ないのかな」
魅力の塊のような人が、そんなことを口にした。
「え、どうして!? めちゃくちゃ魅力的だと思うけど!?」
「でも馨くんは、一度も私を褒めてくれたことがないの。愛してるって、言ってくれないの」
「いやぁ…そんなことは無いと思うけど…」
「私、本当はここの暗証番号、知らないの」
「えっ、」
「友達には教えてて、私に教えてくれないなんておかしくない!?」
馨が何を考えて女と付き合っているかなんて、俺が知るわけない。けど、なんとなく。美香に限らず馨は、その女たちを愛しているから付き合った訳ではないと感じていた。だけどそんなこと、バカ正直に口にはできない。
「でも、アイツはアイツなりに美香ちんのこと好きなんじゃない…?」
「そう思う? 私が浮気したら、怒ってくれると思う? 私を見てくれると思う?」
「えっ!?」
「ねぇ、裕典くん」
カラフルに彩られた美香の指先が、俺の腕を捕らえた。
「私と、エッチしない?」
「えっ!?」
「ずっと私のこと、そういう目で見てたでしょ? 気付いてたよ」
思わず俺は、カッと顔を赤らめた。
「えっ! あの…ごめん! でも俺、ちゃんとその辺りは弁えて…」
「裕典くん」
俺の腕を掴む美香の手の力が強まった。瞳からポロリと涙が落ちる。
「お願い。このままじゃ私、馨くんに捨てられちゃう。他の男に取られそうになったら、私の大切さに気づいてくれるんじゃないかと思うの。最後の手段なのよ」
俺はポカンと口をあけた。だってこんな美人が、浮気相手に俺を…?
「私、別に馨くんに殴られたって構わないの。だって好きだもの」
「え、でもさ、一応俺はアイツの幼馴染で、親友で…」
「裕典くんッ」
「うっ」
腕を掴まれ、ぎゅっと胸に押し当てられたら…俺の思考は一気にそっちに傾いてしまう。頭の中はもう煩悩でいっぱいだ。馨が帰ってくるまで、まだ三時間は余裕があるはず。それだけあれば、一回くらい大丈夫だろうか。
「えっと…ここで…」
「馨くんのベッドで、すぐしよ。ね?」
強気な瞳に涙を浮かべて誘われてしまえば俺はもう、白旗を上げるしかなかった。
後編へ2017/02/08
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