The Fool
『お前、アイツの真似とかして恥ずかしくねぇの?』
見ず知らずの男に突然投げつけられた言葉。
何のことかも分からぬまま好き放題言われ、一方的な嘲りを受けたのはほんの少し前の出来事。
同じマフラーに同じコート。同じメガネに同じ靴、鞄。細かなところで言えば文房具まで同じものを持っているのを見ても、まだ俺は真似をされている≠ニ思えずにいた。
だって、信じられないだろう?
大学中の女の子の心を奪っているような、神に愛されてるとしか思えない様な容姿をした男が。良くも悪くも特別を持たない、どこにでもいる俺みたいな男を真似して回るだなんて、そんな馬鹿なこと。
だがそうして現実を受け入れられずにいた俺も、遂にその異常さを、事の重大さを思い知ることになる。
「隣に越して来た宮原(みやはら)です。よろしくね、相羽(あいば)くん」
ドアを開いて迎えた来訪者を見て、俺は愕然とした。
だが驚いたのは、その男宮原≠ェ隣に越して来たことではない。いや、確かにそこにも驚いたのだが、もっとずっと悍ましいものが目の前にあったのだ。
「アンタ…それ、」
俺は宮原と名乗った男の着ているセーターを指さした。
「ああ、これ?」
そう言って宮原が摘み上げたセーターは、今俺が着ているものと全く同じ物だった。
また、同じものが増えている。だがそれは、今まで被ってきたどの物とも違う、もっとずっと特別な意味を持っていた。
インディゴとアイボリーの毛糸で編まれた、ノルディック柄のセーター。
ちょっとデザインが古いそのセーターは、そのセーターだけは、世界中の誰とも被るはずがなかった。だってそれは、大学へ進学すると共に家を出た俺に、体を冷やさぬ様にと祖母が心を込めて編んで、先週送ってきてくれたばかりのセーターなのだから。
「なんでアンタがそれを着てんだよ!?」
自分でも喉が引き攣れたのが分かった。だがそんな俺の様子を気にすることもなく宮原は、女の子達が失神してもおかしくない美麗な笑みを浮かべた。
「さすがにコレは、一度見ただけじゃ完璧にはいかないね。俺、少し柄を間違えてる」
「はっ、あ…あ…? な、」
「本当は部屋も、相羽くんと同じが良かったんだ。でも、大家さんがどうしてもダメだって言うから、仕方なく隣にしたんだけど。やっぱりこれじゃ、何か違うよね」
――は?
俺が言われた言葉を理解するよりも先に、宮原が俺を玄関の中へと突き飛ばした。不意を突かれ受け身も取れずに床に転がり、目まぐるしく廻った世界が止まった頃にはもう、俺の上には宮原が乗っていた。
「相羽くんを初めて見たときから、ずっと俺、君に憧れてた。全身の細胞が君になりたい≠チて哭くんだよ」
「は…」
「だから俺は、君になる努力をした。同じ服を着て、同じ小物を持って。揃えるのに苦労した物もあったけど、君と同じ物を持つと少しだけ心が満たされた。けど、やっぱり少しは少し。直ぐに心が乾いちゃう。物≠セけじゃ、足りないんだ」
「ヒッ!?」
上に乗った宮原が、硬直している俺の眼球をべロリと舐め上げた。
「これで俺も、君と同じ味の涙が流せるね」
さぁ、次は何を一緒にしようか?
そう言って悍ましくもキラキラと笑う宮原の瞳の色が、自分と同じアンバーだったことに目を奪われた俺は、この世で一等、愚かなのだろう。
END
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