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堕ちる。***



※BLからのML/暴力
NLエロあり(BLなし)/攻め視点


 家から近いからと選んだ高校は随分と荒れていた。
 窓や壁、ドアに床、至るところに下品な落書きが描かれ、生徒たちの手には教科書では無く漫画や雑誌、化粧道具が握られている。椅子では無く机に座る生徒にすら注意をしない教師たちの存在は有って無い様なもので、ここは生徒たちの楽園だった。

「稲葉くん、絶対来るとこ間違えたよね」

 学校で、俺に群がった女はみな同じことを口にする。その瞳にはお伽話を待つかの様な夢見心地な色が浮かんでいた。

「本当はすっごく頭良いんでしょ?」
「確か家も金持ちだって聞いたし」
「何でこの学校に来たの?」

 問いにはただ「家から近かったから」とだけ答えれば、矢張りみな同じように「マジヤバイ」「カッコイイ」と中身の無い空っぽな反応を返し、それは俺を中に突き入れ揺すっても同じだった。
 重みもなく、ただ喘ぐしか能が無い。

 見た目やブランドに目がくらんだ奴らには分からないだろう。
 俺がこの荒んだ世界の暗闇に、どれだけどっぷり浸かっているか。またそれを、この上無く居心地良いと思っているのか、なんてことを…


 ◇


 いつもの様に女の誘いに乗り空き教室に入ると、グラウンドから賑やかな声が聞こえてきた。
 見ればグラウンドには十人近くの生徒が散らばっており、ジャージ姿の者もいれば制服姿の者もいる。どうやら彼らは野球をやっているらしかった。
 勿論、授業などではない。

 それ程広くない敷地故に、グラウンドの声は教室まで良く届いた。
 皆それぞれ騒がしかったが、その中でも一際賑やかに野次を飛ばしていたのは同じ学年、隣のクラスの生徒である駒井良太。

 その姿を目に留めながら、部屋の中にポツンと不自然に一つだけある椅子に座ると、女は勝手知ったるとばかりに足元に跪く。
 慣れた手つきでスラックスのジッパーを下ろし下着から萎えたペニスを取り出すと、何の躊躇いも無く女はそれを口に頬張った。
 その姿を一瞬だけ目視し、俺は再び視線を外へと戻す。

 バッターボックスに、駒井が立っていた。

「お前の球なんか片手で打てらぁ!」

 そう叫んだ直ぐ後に元気よく空振りする駒井。ルールなんかお構いなしに何度も振るが、球は当たらず、キャッチャーに“バットが当たった”と文句をつけられ揉め始めた。

 女が俺に跨る。互いに慣れた行為だった。
 首に腕を回し唇を寄せられたが、それを上手く躱し睨み付けると女は残念そうな顔をしつつも直ぐに諦めた。本気で怒らせれば、キスだけでなくこの先の行為自体が無くなると知っているからだ。
 女は自ら下着を乱雑にずり下げると、奉仕して勃たせた俺のペニスに自身の秘所を押し当てた。
 そこで漸く俺は短いスカートと共に女の尻を掴み、そのまま一気に奥を突き上げると女は叫び声の様な嬌声を上げた。



 駒井良太(こまいりょうた)。
 身長も体格もそこそこ、多少童顔だが割と男前で、見た目はそれ程悪いモノでは無い。だが時々耳に入ってくる失敗談から、百発百中と言う訳にはいかない様だった。
 そうしてバカだアホだと仲間内からからかわれ、時に乱闘まで発展したとしても必ず駒井の周りには人が居た。
 いつだって笑っていた。

 酒もやる、煙草もやる、女もやる。
 バイクも盗むし、派手な喧嘩も買うし売る。
 時には弱い者を脅かしびびらせ“カツアゲごっこ”なんて馬鹿げた遊びで喜ぶしょうもない奴だったが、後一歩といった危うい所で最後の一線を越えない…頭の良い奴だった。

 駒井とは何の繋がりも無い俺だったが、たった一度だけ目が合ったことがある。それは入学して間も無く、俺が上級生に屋上で女の代わりをさせられそうになった日の事だ。
 相手を返り討ちにし、泣き叫ぶその体をいたぶっていた所に駒井は現れた。サボりにでも来たのだろう、眠そうな顔をしていた。
 駒井は一瞬だけ俺と目を合わせ驚いた顔をすると、直ぐにまた眠気を取り戻し、何も言う事無くその場を去った。
 気分を高揚させ過ぎた俺が男の玉を片方潰したのは、その数秒後の事だった。

 目が合ったあの瞬間の、背筋が痺れる様な感覚が忘れられない。
 腐った世界の中でみなと同じ腐った生活をしているはずのに…その瞳の奥には濁りの無い強い光が宿っていた。

 眩しかった。
 生まれて初めて、“欲しい”と思った。

 女特有の柔らかで細い腰を掴みスパートをかけて激しく揺さぶれば、女は髪を振り乱し善がる。そうして俺が高みに登り上げた時、外では駒井がデッドボールを理由に乱闘を始めた所だった。



 ◆



「俺が向かう」

 部下から入った連絡に簡単に返事をすると、側近から差し出されたコートに腕を通した。組織のトップが自ら動くことに“異常”を感知する部下達であっても、その足が急いている事には気付けない。

 腐臭漂う灰色のこの街を、人は『腐った街』や『ゴミ溜め』などと好き勝手に呼んでいる。だが、そう呼べるのはまだ逃げ道がある余裕を残した者だけだった。
 逃げ道の無い、八方塞がりの人間は決まってここをこう呼ぶ。

“死の街”―――と。

 真夜中の、小雨降る不気味な路地裏に高らかに革靴の足音を立てて歩く。やがて辿り着いたその視線の先に、動かぬ一つの塊を見つけた。思わず口角が上がる。
 俺は逸る気持ちを押し殺し足を進めると、黙ってジッと塊を見下ろした。

 背を壁に預けたまま四肢を伸ばし項垂れる男は、刺されたのか脇腹から大量の血を流していた。それでもまだ命を手放した訳ではなく、ジャリっと鳴った靴の音に微かに指がピクリと動く。

「散々な姿だなぁ」

 頭上から降り注いだ声に、今度は男の全身が反応した。重そうに持ち上げられた頭に漸く男の顔が露わになる。昔よりも幾分か艶の無くなった肌に無精髭が散らばり、頬も少し痩けていた。が、それは俺があの日から求めて止まない男、駒井良太そのものだった。
 俺を見上げた駒井は無表情のまま、薄っすらと口を開ける。

「お、前…何で死の街に、居るんだ…?」

 紡がれた言葉に戦慄を覚えた。
 駒井は確かに言った。腐った街でも無ければゴミ溜めでも無く、間違える事無く“死の街”と言ったのだ。
 それは、駒井にはもう逃げ道が無いことを証明していた。
 歓喜で体が震える。

 目の前にしゃがみ込んだ俺に駒井が「堕っちまったのか…?」と聞いてきたので、俺は奴の顔の両側に手を置くと耳に唇が触れるほど近付き囁いた。

「堕ちたのはお前だよ、駒井」

 俺は、始めからここに居る。
 そう言って奴の顔を覗き込めば、駒井は驚きに目を見開いた。


 高校を卒業した後、駒井が三流だか四流だかの大学に入ったことは有名な話だ。そしてそれを、ほんのひと月で辞めてしまった事も。
 駒井の両親は人の良さにつけ込まれ多額の借金を背負った。その後両親は行方を眩まし駒井が借金を肩代わりしたのだが、いかんせん額が多過ぎた。
 追い込まれた駒井はその借金を返す為、唆されるままに人を騙そうと動く。が、結局ギリギリの所で駒井の持つ良心が邪魔をして失敗し、今に至る。

 誰が駒井の両親を嵌めたのか。駒井を唆し、失敗へと導いたのは誰なのか…調べれば行き着く先は一つだ。
 だが、そんな話はどうでも良い事だった。重要なのは今、俺の目の前に駒井が居る事で、そして…。

「やっぱお前…ヤベェ奴、だったんだ」

 こんな世界に晒されても尚、笑った駒井のその瞳の中にまだあの光が消えていない事が重要だった。
 俺の背中に言い様の無い痺れが走り、勃起する。

「分かってるな? ここに来たらもう、お終いだ。お前は俺のモノになるしかない」

 諦めろ。
 そう言ってから、声を上げて笑い出そうとした駒井の唇を自分のソレで塞いだ。駒井は観念した様に瞳を閉じる。

 雨に濡れ血を流し死にかけている駒井の唇は、暖房の効いた部屋からコートを着てやって来た俺のソレより、遥かに柔らかくて、温かだった。


END






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