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紅色の涙。



※王子様系美形×ネガティブ平凡


 初めて彼を見たとき、その出来すぎた存在に一瞬で心を奪われた。
 優しく微笑む瞳、風に揺れる柔らかな髪、身体の奥まで浸透する深い色の声。
 生まれてこのかた一度も光を浴びたことの無い俺にとって、それは太陽の光と同じく、きっと近づき過ぎれば己の身を焼かれてしまうと思わせる程に眩しい存在だった。
 
 けれど運命の悪戯は俺を弄び、そして女神は俺に微笑んだ。
 
 友人関係すら築けないと諦めていた俺へと彼は、指先まで美しいその手を差し伸べた。
 引っ込みすぎて地面に埋もれてしまっていた彼への想いは、しかしながら、奇跡的に彼の手によって拾い上げられたのだ。
 それも、恋人と言う名の元に…
 
 だが、俺にはいつだって自信が足りない。
 
 どれだけ彼が俺を愛してくれたって、俺は周りの目が気になるし、自分に対する評価を気にしてしまう。
 彼は「隠す必要はない」と言ってくれたけど、そもそも俺は同性愛を公表する度胸すら持ち合わせていなかった。
 例え恋人である事を周りの人たちに公表出来なくても、友人としてひっそりと隣に置いてもらう。ただそれだけの事で十分俺は幸せだったのだ。
 けれど、彼の周りを舞う蝶たちはそれすら許さない。
 
『何故彼はあんな冴えない奴を隣に…』

 隠しもせず罵られる言葉に俺の弱い心は打ちのめされる。
 ただの友人としてさえ隣に居ることが許されない俺の存在は、彼の邪魔にしかならないのではないか…そう思うようになった。
 勘の鋭い彼は、そんな俺の変化にいち早く気付く。
 
「ボクから離れようとしてるでしょう」
 
 思わず目を逸してしまった俺に、彼は小さく溜め息を吐いた。
 自分から離れようとしていた癖に、遂に彼にまで呆れられてしまったのかと思うと目頭が熱くなった。
 
 自信が欲しかった。
 彼の隣で胸を張って立っていられる、何か自分を誇れるような、そんな自信が。
 けれど現実は厳しい。
 
 俺が持つものと言ったら、この何処にでも転がっている平凡な容姿と、誰もが解ける様な問題を解くことしか出来ない頭脳。そして、あまり風邪を引かない丈夫な体だけだった。
 彼がどうして俺なんかを手元に置くのかなんて、俺にだって分からない。
 分からないからいつだって不安だし、何を言われても自信なんて持てないのだ。
 
「ボクと別れたいの?」
「そんな訳無い!」
 
 彼の問いに叫ぶようにして答えれば、目の前の彼は優しく微笑む。
 
「そう、じゃあどうして離れようとするの?」
「だって、だって俺は…貴方に不釣合だから…」
「ボクがそう言った?」
「言って…無い、けど…」
 
 だったら、と彼はまた笑う。
 
「だったら離れる必要は無いよね」
「けど!」
「周りを黙らせれば、キミはもうそんな馬鹿な事を言わないのかな」
 
 えっ、と彼を見上げる。けれど彼の目は珍しく俺から逸れており、それは何かを思案し宙を彷徨っていた。
 その顔は無表情で、美しくもどこか恐ろしい。
 
「ボクの言うことは受け止めてくれないのに、彼等の言うことは受け止めるんだもの…許せないなぁ。本当はお仕置きしたいところなんだけど、まぁ…気持ちは分からなくもないし。今回は言うことを聞いてくれたら許してあげる」
「え…え、なに?」
「ボクに酷くされたいか、それとも優しく愛されたいか。どっち?」
 
 にっこりと笑って見せる彼に、俺はそのまま、訳も分からず愛される方を選んだ。
 
 

 
 ◇ ◇ ◇

 
 
 
「見て、ボクのだよ」
 
 そう言って俺が突き出された先は、洒落たBARに集まる彼の友人たちの前だった。
 
「え…冗談だろ?それ、彼女?」
「うん、可愛いでしょ?早く紹介したかったんだけど、この子人見知り酷くって」
 
 そう言って俺の肩に手を置く彼に、友人たちが大きくざわついた。
 それもそのはず。俺は今、彼によって似合いもしない女装をさせられているのだから。

 ファンデーションやチーク、目元もしっかりメイクされ、短い睫毛にはマスカラを。ご丁寧に眉まで整えられ、その上唇には目にも鮮やかな真っ赤なリップを塗られていた。
 だがどうしたって俺の顔は平凡な男でしかなく、化粧を施せば綺麗に変身する…なんてファンタジーは起こらない。
 身に纏わされたふわふわのワンピースだって、体格が男なのだからピチピチだし、パンストを履かされた足だって筋張っている。髪型こそウィッグを被らされているから女性らしいが、背丈だって結構ある。
 その姿に美しさなど欠片もなく、彼の友人が唖然とするのは当たり前のことだった。
 
 店内が暗ければ多少は誤魔化せたかもしれないが、ライトダウンされた店が増えている中でこの店内はかなり明るく見通しも良い。これでは何も隠せそうにない。
 もしかしたら、オカマだと思われているかもしれない。

 そう思った途端、俺の中で何かが切れた。
 
「ひっ…っく、うぅ」
 
 余りの羞恥に苛まれ、俺は遂に堪えきれなくなった涙を零した。
 
「なに、どうしたの?」
 
 白々しく尋ねる彼に余計に涙が止まらなくなる。そんな俺を見兼ねた彼は、ふっと笑い俺を抱きしめた。
 
「キミは泣いても可愛いね。そんな可愛い姿、誰にも見せたくないから帰ろうか」
 
 言われている言葉を半分も聞き取れないで、俺はただひたすら彼にしがみついた。
 そのまま連れ去られるようにして彼の家へと戻る。
 一体今日の何が意味ある事だったのか…俺には少しも理解できないまま。ふわふわとした服を纏った身体は押し倒され、その日俺は、いつも以上に彼に啼かされ、愛された。
 
 
 
 
 翌日、いつもよりも酷い顔で彼の友人たちの前へと立つ。
 美しい彼の手によって愛され泣かされた結果だと知らぬ彼らは、そんな俺を矢張り馬鹿にして笑って言った。
 
「おいおい、冗談にしても酷すぎる」
「良くそんな面を彼に晒せたもんだ」
「お前見たことある?彼の彼女、結構可愛かったぜ」
 
 隣に並ぶなら、せめてあれくらいは可愛くないとなぁ。
 そう皮肉を言って笑う彼らに俺が唇を噛んだその時、慣れた優しい体温がふわりと俺を後ろから抱きしめた。
 
「ねぇ聞いた?可愛かったってさ、良かったね」
 
 彼が俺の髪を梳きながら耳元でクスクスと笑う。
 そんな彼の言葉を聞いて、彼の友人たちは昨日の様に唖然とした顔を見せた。
 俺は目の前で昨日の凶行をバラされたのだと理解し、羞恥に全身を紅く染める。
 
「可愛いって言って貰えたんだし、少しは自信持てた?」
 
 楽しげに俺を見下ろす彼を、涙目で睨んだ。
 
「持てるわけっ、無い!!」
「だよねぇ?うん、それで良いんだよ」
「へ…」
 
 またしてもポカンとする俺を見て、彼がいつもの優しい表情を消した。
 
「ボクがどれだけ可愛いと言っても持てなかった自信、彼等の言葉で持てたら…許せないもんねぇ」
「ッ、」
 
 彼の綺麗な指が俺の首筋をするりと撫で上げた。その刺激に身体がぶるっと震える。
 
「キミの可愛さはボクだけが知っていればそれで良いの。他の誰も、キミの良さなんて知らなくて良いの。ううん、知ってちゃダメなんだよ」
 
 ねぇ、分かった?
 そう言って彼が俺の首筋に柔く歯を立てた。その瞬間零してしまった甘い声に、彼の友人たちが目を瞠りゴクリと息を呑み込む。
 そんな友人達を無視した彼は、そこが紅く色づくまで愛撫を施し、俺が涙を零した所で漸く解放する。
 そうして俺の顔を覗き込んだ彼の深く燃える瞳の色に、今度は俺が息を呑んだ。
 
 
「今度彼等の言葉に惑わされたりしたら、次こそボクは、キミを許さないからね」
 
 
 そう言って微笑んだ彼は
 矢張り誰よりも美しくて……恐ろしかった。
 
 
END





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