×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
憎しみは、愛より重く。***


【あらすじ】
人生がなかなか上手く行かない瀬川は、人に言えない罪を抱えて生きていた。そうして漸く希望が見えたその頃、瀬川の罪を知る男、久住が現れる。
※わりと暗い/暴力あり


☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.


「瀬川、お前にKM社との契約交渉を担当して貰おうと思ってる。これが決まれば、お前も出世コースに乗っかれるかもしれねぇぞ! しっかりサポートに着いてやるから気張っていけよ!」

 上司に叩かれた背中は痛かったが、それでも俺の口元は思わず緩んでしまった。

「はいっ、必ず契約、取ってみせます!」



 ◇




「どうしたの、今日は機嫌がいいね」

 隣に座る男にしな垂れかかられ、媚を売るような目を向けられる。
 いつもなら舌打ちをするそれも、今日ばかりは全てが可愛く見えるから不思議だ。

「デカイ取り引きを任された。これが決まれば、俺も遂に出世コースの手前まで行ける」
「へぇ? 今の会社ってどれくらいだっけ?」
「二年」
「二年目でそんな大きな仕事、任せてもらえるの?」
「さぁな。でも俺に任せるって言われたんだ。それに、出世がチラつく程度でまだコースに乗れる訳じゃねぇ。手前だ、手前」
 
 そう言いつつも、今日の俺の口元は緩みっぱなしだ。
 誤解されやすい性格と、投げやりな人生観が仇となりもう幾度となく転職を余儀なくされてきた。時には仕事のミスを押し付けられ、為す術もなく会社を辞めさせられたこともある。だが今思えば、それを必死に否定し会社にしがみつく気力が無かった俺にも非があったのかもしれない。
 俺はもう随分と前から、自分の人生に嫌気がさしていた。何をやっても上手く行かない、そんな人生を捨ててしまいたかった。だから何事も投げやりになりがちだった。
 暗雲立ち込める社会で上手く立ち回る連中は、そう言った人間を嗅ぎ分ける力を持ってる。だからこそその役目が俺に回ってきたのだろう。
 だがそれでも俺は、自分の未来を諦めることが出来なかった。

(やっと、俺にも運が向いてきたかもしれねぇ…)

 俺は手に持っていたグラスを一気に煽り、喉の奥へと流し込んだ。


 上手く行かない人生の始まりは、良くある挫折からだった。
 中学で所属したバスケ部。一年の頃から先輩を押し退けてエースとして活躍してきた俺は、高校でも当然バスケを続けるべく強豪校を選択し、その道への切符を推薦でもぎ取った。
 その先には華やかな未来が待っていると信じて疑わなかった。上り詰められると思っていた。俺の、この体ひとつで。

 だが現実はそれ程甘くはなかった。
 全国から自慢の身体能力を持った奴らが集まれば、その中での俺はそれまで押し退けて来た奴らと同じように、随分と凡庸な存在になって簡単に埋もれていった。
 良くも悪くもない成績しか残せず、エースからは程遠い場所で終わった二年間。そうして迎えた三年目に、俺は今まで以上の挫折を味わうことになる。
 いや、挫折だけに留まらなかった。俺は自分の手を、大きな罪で汚した。
 逃れられぬ過去の重さに押しつぶされる様な、窒息しそうな程のその苦しみは、今も変わらず俺に纏わりついている。

「昔のことなんか、もう良い。俺は、これからなんだ」

 ガン、とグラスを置いた俺に、隣に居た可愛らしい男が腕を絡める。

「じゃあ、今日は僕もしっかり激励してあげる」

 朝までたっぷり楽しもうね?
 ねっとりと言葉を紡ぐ甘ったるい声は、矢張り、今日ばかりは俺に心地よさを覚えさせた。



 ◇



 ――パシャッ

 後一歩でホテルの入口、という所で、聞き覚えのある音が俺を後ろから襲った。

「な…んだぁ?」

 振り向けば、そこにはデジカメをこちらに向けたスーツ姿の男がひとり立っていた。男は手に持ったカメラをゆっくりと顔の前から下ろす。その顔を見て、俺の喉が小さく痙攣を起こした。

「っ、…お、まえ」

 俺が零した言葉に、目の前の男が緩く笑う。

「お久しぶりです、瀬川さん。俺のこと、覚えていて下さいましたか」

 忘れられる訳がなかった。
 この男の存在は、俺が犯した“罪”そのものなのだから…。

「どうしたの? 知り合い?」

 腕を絡める男が俺を心配気に見上げる。だがそれが見せかけだけだと言う事に、それなりの付き合いである俺は気付いてしまう。きっとコイツは今、俺よりも目の前のデジカメ男に興味を持っている。
 昔と変わらぬ笑顔を浮かべるその男は、同性ですら虜にしてしまう程、まるで創りもののように綺麗な顔をしていた。
 俺が罪を犯したあの頃と、何一つ変わらずに。

「久住(くずみ)、何でここに…」
「勿論あなたに用があるからですよ」

 久住は表情を崩すことなく俺にゆっくりと近付いて来る。右足を、ほんの僅かに引きずりながら。

「な、何だよ…写真なんか撮りやがって。消せよ」
「それは無理です。今から交渉に使うんですから」
「交渉…?」

 ギクリ、と俺の体がこわばったのが分かったのか、久住は浮かべた笑みを更に深くした。

「瀬川さん、KM社、ってご存知ですよね? 俺、今そこで重役に就かせて頂いているんです」

 カメラを揺らしながら言われたその台詞に、今度こそ俺は顔を蒼く染め、久住は隠すことなく口角を吊り上げた。


 ◇


 先ほどまで隣に居た男を組み敷く予定だったラブホテルの一室で、俺はベッドに腰を下ろし項垂れていた。勿論、組み敷く相手などこの部屋にはいやしない。
 視界の端で部屋の中を物珍しげに見て回る久住がいちいちチラついて、更に俺の気分を降下させた。

「へぇ、ホテルって案外いいセンスしてるんですね? もっと毒々しいものを想像してました」
「…使ったこと無ぇのかよ」
「そうですね、大抵相手の家に上げてもらうので。性欲処理の為にいちいちお金を使うなんて、馬鹿らしいと思いませんか?」

 そう言って振り向いた久住の顔にゾッとした。その綺麗な顔は相変わらず笑っているのに、俺に向けた瞳だけは一ミリも笑ってはいなかったからだ。

「幾ら、欲しいんだよ。言っとくけど、俺は大金なんて持ってねぇぞ…」

 呟いた声はみっともないくらい震えていた。
 こいつは、久住は間違いなく俺を恨んでいる。俺も、久住に恨まれるだけのことをした覚えがある。だからこそこうして俺の前に現れ、同性とホテルへ入ろうとした写真を片手に、今の俺にとって一番の弱みとなるその名前を口にしたのだ。強請(ゆす)りであることは間違いなかった。
 俺が項垂れたまま尋ねれば、目の前からくすっと小さく笑う声が聞こえた。その余裕が無性に腹立たしくて、俺は勢いよく顔を上げる。

「文句があったならあの時言えば良かったろ!? 今更なんだってんだよ! 何で今なんだよ! こんなっ、こんな大事な時にっ」
「だからですよ」
「は…」
「タイミングをずっと待っていたのに、あなたときたら転職ばかりでいつまで経っても状況が変わらないでしょう? まぁ、そんなあなたを見るのも楽しかったですが」

 俺は唖然とした。一体こいつは何を言っているのだろうか。久住の言っていることが、俺には何一つとして理解出来なかった。

「分かりませんか? ずっと見ていた、と言っているんです。あなたの荒んだ生活をずっとね。勝手に苦しんでいる姿も見物でしたが…俺は矢張り、自分の手であなたを苦しめたい」

 だからつい手を出してしまった、と久住が声を上げて笑った。

「ねぇ、瀬川さん。あなたの会社にとって我が社との契約は、会社の未来を大きく変える可能性のあるものなんですよ。そんな重要な案件を、入社二年目のあなたに任せることがどれ程異常なことか分かってますか? まぁ、我が社があなたを指名したのなら話は別ですがね」
「な…」

 久住が酷く可笑しそうに顔を歪めた。

「このまま行けば、今までよりはマトモに働いて行けると思いますよ。けど、どうでしょうね? ウチの担当って結構好き嫌いが激しい人なんですよ。瀬川さんが男性とホテルへ行くような人だと知ったら、担当を変えろと言うかもしれませんね。その上、俺のこの足の原因を会社が知ったら、あなたは一体どうなるんでしょう?」

 ゆっくりと近づいて来る久住の右足を見て、俺は唇をギュっと噛んだ。
 左足と違い、少しだけ歪に動く右足。久住の足をそうしたのは、他の誰でもない…高校三年の時の俺だった。

 俺は高校時代も、バスケに全てを注いでいた。例え二年間埋もれてしまっていても、流石に最後となる三年の夏だけは俺にもチャンスが巡ってくるはずだから、と。そう信じて、荒れる心を押さえつけ、崩れ落ちそうな精神を必死に立ち直らせ頑張ってきた。だがそんな希望は、インターハイのメンバー発表で見事打ち砕かれる。
 自分が置かれるはずだった場所で名前を呼ばれたのは、三年である俺ではなく、期待の星だと騒がれていた一年の久住だった。俺はベンチ入りこそ果たせたものの、メインではなくリザーブとしてだった。俺に出番があったとしても、それは久住が体を休める間くらいのものだろう。
 今までの努力と我慢の日々はなんだったんだと、悔しくて悔しくて悔しくて…俺は主要メンバーに選ばれた久住を逆恨みした。

『久住の奴、夜もひとりで走り込みしてるらしいぞ』

 偶然耳に入って来た同じ部の奴の言葉に、俺は何かを狂わせる。
 そうしてメンバー発表から一週間後。久住は日課である夜の走り込みの最中に暴漢に襲われ、腰に大怪我をした。

『背の低い、四十代くらいの知らない男でした』

 久住は警察にそう証言した。俺とは真逆の特徴だった。
 存在しない人間を追ったところで当然犯人など捕まるはずがなく、事件は迷宮入りとなった。顧問や部活仲間たちは憤慨していたが、久住は『仕方ないよ』と事も無げに笑っていた。
 
 暴漢の犯人が俺だと、久住に分からないはずがなかった。だって、俺は変装もなにもしていなかったのだから。帽子を被ることさえしなかった。ただ衝動的に久住を襲うことを思いつき、気付けば金属バットを振り上げていたのだ。
 それなのに久住は俺を警察へ突き出さなかった。俺が犯人なのだと、誰にも話さなかった。それどころか、久住の俺に対する態度も一切変わる事は無かった。
 逆恨みして暴挙に出た俺を哀れんでいるのだと思った。もしかしたら俺の気持ちを理解してくれたのかもしれないと、そう思っていた。
 
 だがそれは大きな間違いだった。きっと、ずっと虎視眈々と俺に復讐するその時を待っていたのだろう。俺を一番絶望させるにふさわしい、その時を待っていたのだ。

「あなたは俺から未来を奪った」
「俺は…俺はそんなつもりっ」
「一時で治る様な怪我にするつもりでした? でも実際は、治る事の無い傷を負わされた。俺のこの足は、一生痺れが取れない。二度とバスケも出来ない」

 俺は思わず口元を手で覆った。大声で叫びたくなったからだ。
 久住の腰の怪我が単なる骨折でなかったことを知ったのは、俺が部活を引退してからのことだった。

『久住の奴、腰を殴られた時に神経もやられたらしい。右足に後遺症が出てるんだってよ』
『じゃあ、もしかして…』
『ああ、もうバスケは出来ないらしい』

 部活仲間から聞かされた話に、頭の中が真っ白になった。
 ひと夏の為だけに起こした恐ろしく身勝手な行動が、久住の人生を狂わせる傷を負わせてしまったのだ。そうして人の人生を狂わせてまで俺が手に入れた物といえば。

「インターハイ、初戦敗退。しかも惨敗です、笑えませんよね」

 久住の事件は、思っていた以上に部員たちの士気を下げてしまっていたのだ。
 俺は遂に我慢出来ず涙を零した。

「ど…すれば? 金じゃ、ないんだろ?」

 久住は何も言わなかったが、その瞳は肯定を示していた。

「おまえ…俺をどうしたいんだ」

 震えだす手を自分で握ろうとすると、それは久住の手で遮られた。俺の手を久住が痛いほど強く握り締める。

「俺の未来を奪ったのはあなただ。だから、今度はあなたの未来を俺に下さい」
「み…らい…?」
「そうですね、金と多少の社会的地位くらいはあなたの手元に残るようにしてあげましょう。でも、それ以外は全て俺の言う通りに生きて貰います。嫌なら拒否して下さっても構いませんよ。ただしその場合、一生安定した生活はおくれないと思ってください」

 それが単なる口先だけの脅しではないと言う事は、久住の顔を見れば十分に知ることが出来た。
 返事をせず泣き続ける俺のそれを“承諾”と受け取った久住は、空いている方の手で自身のネクタイを緩める。

「手始めに、本来この部屋ですべきことをしましょうか」

 言われた言葉の意味が分からなくて、俺は思わずポカンと久住を見上げる。だが、ベッドに押し倒された所で漸く俺は状況を理解し、久住の体を押し返した。

「お、お前、男としたことあんのか…?」
「ありませんよ。でも、こちら側のやることなんて、相手が男でも女でも大して変わらないでしょう?」

 久住がどちら側をしようとしているのかを知って、俺は慌てて飛び起きた。

「俺は女役なんてしたこと無いっ!」
「知ってますよ、ずっと見てきたから。同性愛者でないことも知ってます。あなたが男性を抱くのは、単に女性で遊ぶのが面倒だからでしょう?」
「なっ、」
「瀬川さん、俺はね。あの時あなたが受けるべきだったどんな罰よりも酷いことを、今のあなたにしたいんです」

 途端、俺の心がすとんと在るべき場所に落ちた気がした。
 咎められなかったからといって、許されたとは思ってなかった。許されることで無いことも分かっていた。だからこそ、あの罪の重さに今の今まで押し潰されそうになってきたのだ。

「俺はあなたを許しませんよ、絶対に」

 許さないと言われる度に、久住に責められる度に、どうしてか俺の心は軽くなるようだった。
 もしかしたら俺は、俺の罪を他の誰でもない久住自身に責めて貰いたかったのかもしれない。
 犯した罪が露呈する事が恐ろしかったくせに、でもそれ以上に、誰にも責められることなく普通に生活することの方がもっとずっと恐ろしくて、苦しかった。
 どの会社でも上手くいかなかったのは、自分の様な罪深い人間が普通の生活をしていて良い訳が無いと、そう思っていたからかもしれない。
 だが、弱い俺は遂に普通を、それ以上を求めてしまった。だからこそ今、俺の目の前に久住が現れたのだろう。矢張り俺は、罪から逃げることなど出来ないのだ。

 いつ復讐に来るか分からない久住の影に怯えながら、けれどどこかで、彼が来ることを待ち侘びていたのかもしれないと…自分の上に覆い被さる久住をみて唐突に思った。

「どうか、俺を許さないでくれ」

 体の力を全て抜いてベッドへ横たわれば、それを見下ろしていた久住が真顔で言った。

「許しませんよ。例え死んだとしても」


 久住にカラダの奥深くまで暴かれるのに、それ程時間はかからなかった。












「わざと後遺症を残したのだと知ったら、あなたはどんな顔をするだろう?」

 手酷く抱き潰された男の横で、美麗な男は自身の右足にそっと触れて笑った。


END




戻る