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昨日から十秒後。*


 なぁ、どうしてなんだろうな。
 日付ひとつの差で、人はこんなにも気持ちを切り替える事ができる。
 昨日と今日で何が違うのかなんて

 きっと、
 誰も分かりはしないのに―――――――




 ◇



 開け放たれた寝室のドアの先に、鼻歌を歌いながらツマミを作ってるアンタが見えた。
 小さいけど二人用には十分な大きさの炬燵の上には、自分用の酒と、酒が苦手な俺の為に用意された果汁100%の葡萄ジュースが置かれている。
 やがてツマミを作り終えたアンタは、こちらなど見向きもせずに炬燵に入りテレビをつけた。テレビからはやたらと賑やかな声が溢れ、アンタはただそれを見つめていた。

 今日こそは逃げてやろうと思っていた。
 俺にしがみつくその手を振りほどき、見捨ててやろうって、そう思っていた。


『ただ、側に居てくれるだけで良い。それだけで良いから』

 そう言って泣きながら、アンタは自身の首にナイフを突き付けていた。
 本当は死ぬ気なんて一ミリも無くて、ただ俺が、そんなアンタを無視できない性分だと知っていての行為だったんだと…今なら良く分かる。
 けどあの頃の俺は愚かで、人気のあるアンタが俺のせいで自殺を図った何て周りが知ったら何をされるか分からないと、そんな恐怖に負けた。

 ただ側にいるだけで良い。
 そんなアンタの言葉を信じた俺が馬鹿だったんだ。



『もうこれじゃ繋ぎ止めておけないって分かったんだ』

 肌に刺さるほど空気が冷たい夜、アンタは嫌がる俺を無理矢理抱いた。

『離れるなんて赦さない。俺が居ないと生きていけなくしてあげる』

 側にいるだけで良いと言ったのに、アンタは俺の心まで欲しがった。それを拒否した俺は、そうして無理矢理深い場所を犯されたのだ。

 痛くて、むず痒くて、焦れったくて…気持ちが良い。

 何度も与えられ覚え込まされて行く快楽の渦に呑み込まれ、俺は俺を見失いかけていた。
 正気を取り戻しては逃げ出そうとして、アンタの嬉しそうな笑顔に絆されて思いとどまって、また、酷く抱かれて。
 そこに意味を見出したかった。
 けど、アンタはもう俺のカラダしか求めてくれなくて。

 心が欲しいと言ったのに。
 俺の全てが欲しいと言ったのに、何で。

 奪われる事を拒否したのは俺だ。アンタに心を寄せる奴らからの報復が怖かった。
 それなのにいつの間にか奪われる事を願い、その上飽きて捨てられることが怖くなって逃げ出そうとするなんて…






 動けなくなるまで俺を滅茶苦茶にしておいて、何でアンタはそこでテレビを見てんだよ。何でこっちを見ないんだよ。何で俺から目を逸らしてるんだよ。
 好きに抱けるなら誰だって良いって言うのかよ?
 不安に震える俺の冷えた肌の上を、熱い雫がこぼれ落ちる。けど、アンタはそれに気付かない。

 テレビの中がより一層騒がしくなり、やがてカウントダウンが始まった。

『10、9、8、7、6、…』

 これがゼロになったら、俺はアンタに別れを告げる。
 もうこれ以上振り回されるのはまっぴらだ。
 必ず俺の方からアンタを捨ててやる。今度こそ、絶対に…

『5、4、3、2、1…!!』

 神聖なる始まりの鐘が鳴らされた。
 湧き上がる歓声。
 それを合図に熱くなった目元を拭い起き上がれば、どうしてかアンタはこっちを見ていた。
 
「明けましておめでとう、今年もよろしく」






 なんでだろうな。
 あんなにも辛くて、どうしても逃げ出したくて、今度こそアンタの手を振りほどいて新しい一歩を踏み出そうと決めたはずなのに。
 綺麗な顔に満面の笑みを浮かべて言われたその一言に、俺の決意はまた、完全に持って行かれてしまうんだ。

「……うん、よろしく」
 


 昨日の俺と、今日の俺。
 違いなんて何もない。ただ日付けを越えただけ。
 それなのにどうしてか逃げ出そうとしていた俺はもう居なくて、今ここに居るのはまた、アンタの隣を歩こうとする俺。
 そんな俺を遠くで指さし笑っていたのは、十秒前の俺だった。






 きっとアンタは気付いてる。

 もう俺が、アンタなしでは生きていけないという事に―――――


END





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