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「ごめんっ、隼人!!」
「ごめんっ、新太!!」
「俺は宏樹を」
「僕は昌也を」
「「愛してるんだ!」」

 そう言って夢見る少女の様に目の前で抱き合ったのは、俺の彼氏である昌也と、俺の親友である宏樹。
 見せ付けられて取り残されたのは俺と…宏樹の彼氏である新太さんだった。


 ◇


「新太さん、もう帰りましょう?」
「嫌だっ、まだ飲むんだから!」

 ベロベロに酔っぱらった同じ大学の一つ先輩である新太さんは、空になったグラスを高く掲げた。
 親友の宏樹…いや、親友だった宏樹の恋人の、いや、恋人だった新太さ……ああもうっ、ややこしいな!
 つまり俺は恋人の昌也に、新太さんは恋人の宏樹に捨てられ、そして何故か昌也と宏樹がくっ付き幸せになった。そう言う話だ。
 それも唐突に。

「ダメですって! お店、もう閉店なんですって」
「嫌だぁ〜」

 言うだけ言って俺たちの事なんか眼中に無くなった二人は、抜け殻となって立ち尽くす新太さんも、動けずに居る俺も置いて早々に姿を消した。
 恋人になったお祝いでもして、今頃はどちらかの家で宏樹がアンアン喘いでるんじゃないだろうか。なんたって、昌也は下半身ユルユルのクソ野郎だからな。

 立ち尽くした新太さんは、フリーズを溶かすと同時に泣き崩れ…大学の中庭だったこともあって人の目を集めまくった。そのままにもしておけないから、俺は何とか新太さんを引きずりこうして二人で飲み明かす事に。

「ほら、新太さん!」

 腕を引っ張るが、新太さんはカウンター席に突っ伏してイヤイヤと頭を振り駄々をこねる。この店で飲み始めてからずっとこうだ。わんわん泣いて、ここでも周りの目を集めまくってたし。
 新太さんは宏樹を溺愛していたからその荒れようは酷いもので…とは言え、俺だって同じ様な立場なのだけど。
 店員に頭を下げ、新太さんに肩を貸して無理矢理立たせると店を出た。

 もう終電も逃してしまったし、仕方ないのでタクシーを捕まえる。向かうは俺の家。
 親友の恋人だったこともあり、何度か宏樹を交えて三人で食事をした事もあるが流石に家までは知らない。
 家はどこだと聞いても泣くばかりなんだから仕方ない。

 ま、そういう事だ。


 ◇


「ねぇ、いつからだったのかなぁ? ずっと僕らは騙されてたのかなぁ? 好きだって言ってくれたのも嘘だったのかなぁ!?」

 家に着いてからも相変わらずな新太さんに、俺は深々と溜息を吐いた。

「新太さん、いい加減に多少なりとも現実を受け入れてください。はい、水」

 差し出した水を持つ手から、ズルズルと顔まで這い上がってきた新太さんの目線。新太さんはあからさまに恨めしい顔をしていた。

「どうしてそんなに冷静なの?」
「は?」
「隼人くんだって、恋人を取られたんだよ? 何でそんなに冷静で居られるの? 悔しくないの? もしかして、隼人くんはそんなに昌也くんの事を好きじゃ無かったとか?」

 新太さんのその言葉に、俺は呆気にとられてポカンとしてしまう。

「え、は? 何言って…」
「僕は宏樹が好きなんだ、死ぬほど好きなんだよ。隼人くんと違って、僕はそんな直ぐに割り切ったりは」
「ふざけんなっ!!」

 受け取られる事なく自身の手の中にあったグラスをテーブルに叩き置く。中に入っていた水は、その衝撃で殆んど溢れてしまった。

「俺が冷静だって!? 俺が昌也を好きじゃないって!? ふざけんなよ!! 好きだよ! 好きに決まってんだろ!?」
「えっ、あっ」
「俺が今まで何回浮気されて、何回辛い思いしてきたと思う!? 惨めな思いしてきたと思う!? 毎回毎回俺だけが好きだって口先だけの嘘つかれて! それでも好きだから離れらんなくて我慢して! その結果がコレだよ!!」
「ちょ、隼人く…」

 びしょ濡れのテーブルを力任せに何度も叩く。掌に痛みが走るが、頭に血が上った今はそれどころじゃない。

「隼人くんっ、手、止めて!」
「大体っ! アンタは恋人だけで済んだけど! 俺は親友まで纏めて失ってんだぞ!? 悲しくないわけっ、悔しくない訳ねーだろ!」
「隼人くんっ!!!」

 新太さんに力尽くで手首を押さえ込まれ、テーブルを叩く手が止まる。叩き過ぎて傷んだ掌は、こんな事になるのかって程打ち身によって変色していた。

「ごめんっ、ごめんね隼人くん。僕が間違ってた、無神経な事を言った。本当にごめん」

 俺の暴走を止める為に立ち上がった新太さんは、俺より十センチは背が高い。小柄な宏樹とキスするのは、さぞ大変だっただろうにと場違いな事が頭を過ぎった。

「何回も浮気された」
「うん」
「変なプレイも要求された」
「う、うん…」
「危うくアイツのダチに廻されかけた」
「えっ!?」
「それでも、」

 それでも俺は、昌也が好きだった。
 華やかな容姿と、広い交友関係。俺に無いものを持ってる昌也に心底憧れた。

「泣かなかったんじゃねーよ。アンタがわんわん泣くから…俺が泣きそびれたんだ」
「そっか、そうだよね…ごめんね」

 もう、泣いても良いよ。新太さんの腕の中に抱き込まれた。片手は俺の頭を撫でて、もう片方の手は背中をポンポンと優しく叩く。

「好きだった」
「うん」
「好きだったんだよ」
「うん…」
「ふっ、く…うぅ、ぅあああっ、あぁああぁあぁあっ」

 それから暫く泣いて泣いて泣き続けて、泣き過ぎで頭が痛くなるまで泣いた。
 その後のことは、あまり覚えてない。



 

 目を開けると、部屋中に柔らかい光が溢れていた。
 気持ちの良い朝だ。けど、頭が痛い。

「ってて」

 コメカミを抑えながら起き上がると、何故か腹の上が重い。

「…あ?」

 視線を腹の上に落とせば、その先には人の腕。

「っえ、ぇえ!?」

 腕を辿ると、少しだけ幼い寝顔の優男がすやすやと健やかに眠っていた。

「ひっ!? あらっ、新太さん!?」

 痛む頭をフル回転させながら、ひとまず身体を確認。

(よ、良かった! 服も着てるしケツに違和感も無い!)

 未だ眠り続ける新太さんを見ても、その衣類に寝相以外での乱れは認められなかった。

(そっか…俺、昨日は泣き疲れて新太さんに寝かしつけられたんだっけ)

 忘れていた経緯を思い出す。
 冷静に見えて結構深酒をしていた俺は、張り詰めていた神経の糸が切れると共に足元がフラフラに。
 すると意外にも足元がしっかりとしていた新太さんは、その細身に見える腕で俺をヒョイと抱き上げたのだ。
 そのまま寝室に連れて行かれ、ベッドに寝かされる。

「今日はもうゆっくり眠ろう? ね、側に居てあげるから」

 掛け布団の上からトントンと落ち着いたリズムを刻まれると、俺はあっという間に意識を飛ばした。
 で、今のこの状況に至る訳だ。
 泣き喚いた自分の醜態を思い出して、顔から火が出そうになる。

「俺、だっせ〜…」

 何度も繰り返された浮気にも、悔しいからって一度も泣いたりしなかったのに。泣き顔なんて昌也にも見せたこと無かったのに。
 あんな子供みたいに泣き喚くとか恥ずかし過ぎる…と思ったところで、それ以上の醜態を先に晒した新太さんを思い出し、少しだけ気持ちが楽になった。

「お粥でも作るか」

 きっと、俺以上に飲んだ新太さんも二日酔いに違いない。幾ら酒に強かったとしても、精神的に呑まれることはあるだろうし。昨日の新太さんは明らかに悪酔いしていた。
 俺は隣で眠る人を起こさぬように、そっとベッドから抜け出した。





「「頂きます」」

 綺麗に手を合わせて、二人並んで朝食を取る。

「大学、行きたくないね」
「噂の的でしょうしね」

 あんな人通りの多いところで、あんなゲイカップルの痴情の縺れを晒せば嫌でも注目を浴びてしまう。
 きっと、既に昨日から噂は広まりまくっているだろう。隠れて付き合ってきた努力が水の泡だ。

「学年は違うけど、まぁ、出来るだけ一緒に居ましょう」
「え?」
「一人で居るよりは、よっぽど心強いでしょ?」

 友達は居る。けど、離れて行かない確証は無い。離れて行かなかったとしても、真実を話せる自信も無い。
 今、全て知っているのは、話せるのは、新太さんだけだ。

「傷の舐め合いだって、必要ですよ」

 俺の言葉に新太さんはその優しげな顔で笑って見せた。
 こうして俺たちの謎の関係は、この日この時よりスタートしたのである。


「強くなろうね」
「ですね」


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