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 演技と言うものは技術だってもちろん大切だけど、一番大切なのは精神面だと思っている。その役に染まり、入り切る為にも、自分の精神は真っ平らにしておくべきなのだ。


「カーーーット! うーん…ななをくん、もう少し強い表情が欲しいな」
「すいません…」

 邪念が渦巻く俺の精神はグダクダで、何もかもが上手く回らなくなっていた。


 ◇


 俺の担う役はヒロインの恋人であり、あまり自分の意思を口に出せない、気弱で冴えない少年だ。
 ヒロインである彼女も至って平凡な少女ではあるのだが、そんな彼女と五辻くん演じるヒーローが次第に惹かれ始める。そんな物語だ。
 今撮影をしているのは、自分の彼女が五辻くんに惹かれていると何となく気付く場面なのだが、中々オッケーが貰えない。

 この映画の撮影が始まってから、幾度となく俺の撮影場面で足止めをしてしまっていた。心のモヤモヤが邪魔をして、ちっとも集中が出来ないのだ。
 今日何度目か分からないストップに、他の共演者からは溜息が漏れる。

「よし、ちょっと休憩を入れよう。そうだなぁ、まだ時間は有るし三十分程取ろうか」

 特に塩田監督から咎められることもなく休憩を言い渡され、それぞれの役者たちが立ち去る中で深く溜息をついた。
 今日はまだ後の詰まっていないスタジオでの撮影だったから良かったものの、これが時間の限られたロケ現場だったらとんでもない事になっている。
 自分の不甲斐なさには溜息しか出なかった。

(何とか休憩の間に集中しないと)

 焦れば焦る程裏目に出てしまい、また更に焦る。まさに悪循環だ。無意識に目が桐嶋さんの姿を探していた。俺にとって彼は、謂わば精神安定剤の様なモノに近かった。

「あ、きりし…」

 桐嶋さん、そう呼びかけた所で、彼の肩に腕を回した男がいた。塩田監督だ。
 息が止まるかと思った。

「おい、」

 二人の方を見たまま立ち竦んでいる俺の肩を、誰かが掴む。

「お前、いい加減にしろよ」
「……」
「みんながお前に迷惑してる」

 五辻くんが何か耳元で言っているけど聞こえない。俺はまだ桐嶋さんの方を見ていた。
 腕を回したまま、塩田さんは桐嶋さんに小さく何か耳打ちすると一瞬桐嶋さんの顔が歪む。
 しかしやがて元の表情に戻ると、二人はそのままスタジオの外へと出て行った。

「おい、聞いてんのかよ!? っ、おい!」

 俺は掴まれていた手を振り払い、スタジオの外へ出て行った二人の後を追いかけた。



 誰もいない真っ白な廊下を、足音を忍ばせながら二人を探す。すると、スタジオから少しだけ離れた位置にある物置のような場所に入っていく二人の背中を見つけた。
 急いで後を追って薄暗いその部屋に体を滑り込ませると、部屋の奥にある二人の姿が見える位置に隠れる。
 何かを話しているであろう二人の様子をそっと伺っていると、突然塩田さんが桐嶋さんに抱きついた。

「ちょっ! 止めろよ馬鹿!」
「いや、無理!!」

 先程まで小声で聞き取れなかった声が、突然通常に戻り俺の耳に届く。頭の中で何かがプツリと切れた。

「やめろぉーー!!!」
「うぉっ!?」

 ドンッ、と桐嶋さんに抱きつく塩田さんに体当たりを食らわすと、案外簡単に塩田さんの体は桐嶋さんから離れた。

「ナナ!?」
「桐嶋さんっ! どうして!? どうしてこんな事すんの!? 俺、こんな事してまで仕事なんて取って欲しくないッ!!」
「え、なに!?」

 俺は桐嶋さんの胸ぐらを掴み揺さぶった。

 こんなのってない。
 こんなのってないじゃないか。

 少し動揺しただけでちっとも上手く演技出来ない自分の為に、まさか桐嶋さんがカラダを売っていたなんて。

「ちょ、ちょっと落ち着け」
「落ち着けるワケないでしょ!?」
「ナナ、お前なんか勘違…」
「ストーーーップ!」

 桐嶋さんが何かを言いかけたところで、吹っ飛ばされていた塩田さんが戻って来た。

「裕也、」
「良いから黙ってろ。さて、ななをくん。こんな所で何してるのかな」
「え…な、何って」
「三十分の休憩は君のために取ったようなものだ。その君が集中力を高めること無く、こんな所で何をしてる? やるべき事が有るんじゃないのか」
「ッ、」

 図星を刺され俺は下唇を噛んだ。でも…。

「今俺がやるべき事は、貴方と桐嶋さんの事を止めることですっ! ひ、卑怯です!! 売り込みを盾に桐嶋さんを好きにしようだなんてっ、最低です!」
「……へぇ?」

 塩田さんの瞳が不穏に光った。

「実力も無く俺の映画に出られること、一応疑問に思ってた訳だ」
「裕也ッ!!」
「玲一、黙ってろ。ななをくん、俺を卑怯だと言うが君はどうなんだ? マネージャーの腕に頼りきりで仕事に食いついてる君は、卑怯では無いのか?」

 図星ばかりで何も言えない。悔しい…目頭が熱くなった。

「君は共演者たちにも迷惑をかけてる。その度に玲一は迷惑料として俺にカラダを差し出す」
「おっ、お前何言って!?」

 慌てた桐嶋さんを塩田さんは今度は片手だけで制した。

「そんなに玲一を救いたいなら、ななをくんはどうすべきだと思う?」
「俺は…」

 握り締めていた手を、更にギュッと握った。

「完璧な演技をして見せます」

 だから、桐嶋さんには手を出さないで下さい!!
 悔しいけど、俺は塩田さんに…いや、“塩田監督”に頭を下げた。その衝撃で、堪えていた涙が床にポタリと落ちる。そのままジッとしていると、やがて下げた頭に重みが加わった。
 手荒にわしゃわしゃと髪を混ぜされ、俺は頭を上げる。

「その言葉、信じようじゃないの」

 先程の不穏な瞳は何処へやら…塩田さんは人好きのする優しい顔で笑っていた。




 俺はスタジオに走って戻ると、スタジオの端の方で休憩を取っていた五辻くんに声をかけた。

「五辻くん! どうか、俺に力を貸して下さい!」

 桐嶋さんを護ることが出来るのは、俺しかいないんだ。俺は地に頭がつくかと思うほどに体を折り、頭を下げた。


 ◇


「カット! よぉし、今日はここまで! お疲れ様ぁ!」

 塩田さんの声にみんながワッと歓喜の声を漏らした。
 前半の進み具合に比べ、休憩を取ってからの進み方は今までの撮影で一番早く、良質なものだった。
 あの時俺は五辻くんとヒロイン役の子に頼んで、上手く撮れていない場面とは無関係な場面の台本の読み合わせをして貰った。

 ベテランの俳優さんや女優さんも居るが、一番密に関わるのは五辻くんと彼女だ。
 他の場面なども頭に入れた上で、彼女への想いを、また、彼女を奪ってしまいそうな五辻くんへの想いを作り上げようと思った。
 もっと早くにそうすべきだったのに、それが出来なかったのは単純に俺の未熟さ故だ。
 桐嶋さんのことが、この仕事が貰えた理由が気になって仕方なくて頭の中がぐちゃぐちゃだったのだ。

「ななをくん、ちょっとおいで」

 みんなが帰り支度を始めた時、塩田さんが俺を手招いた。その隣には桐嶋さんも立っている。思わず顔が強張った。

「くくっ、そんな顔しなくて良いって」
「笑ってないでさっさと話せ」
「何だよ玲一、怒るなよ怖いな」
「怒るに決まってんだろ! ナナに変な事吹き込みやがって!」

 桐嶋さんに怒鳴られ塩田さんは肩を側めた。

「あ、あの…」
「ネタばらしってとこかな。まずはななをくん、結果発表から。今日のななをくんの演技は、合格点です! よく頑張りました!」

 パチパチと一人手を叩く塩田さんに俺はホッと息を吐いた。

「じゃ、じゃあ桐嶋さんには手を?」
「裕也!!」
「わーーかったって! もう、煩いなぁ〜。ななをくん、それなんだけどね?」

 ジッと見つめられ、ゴクリと唾を飲む。

「それ、君の勘違いだから」
「………え?」
「君の何かを吹っ切らせるのに丁度良いと思って乗っかっただけだよ。俺、男を抱く趣味とか無いから。あ、抱かれる趣味も…痛ッ!! 何すんの!?」

 何か雑誌のようなものを丸めたそれで、桐嶋さんが塩田さんの頭を殴った。

「ナナ、誰に何を吹き込まれたか知らないが、俺とコイツはナナが思ってる様な関係じゃない」
「いってぇ…あのね、俺と玲一はね、同級生なのよ」
「へ!? え……え!?」

 あまりの衝撃に俺はこぼれ落ちんばかりに目を見開いた。

「で、でも…だったら何でわざわざ部屋を変えて話す必要が有るんです?」

 俺の質問に、二人は一瞬目を合わせて、桐嶋さんは眉間に皺を寄せ、塩田さんが困ったように笑った。

「実は俺がね、玲一の妹ちゃんに惚れててね」

 てへへ、と照れながら塩田さんが頬を掻く。

「連絡取ったりとか色々、玲一に取り持って貰ってんだけど、まさか現場でそんな話し出来ないでしょ?」
「コイツが会う度にその件で絡んでくるから、変な噂がたっちまって…って、ナナ?」

 俺は安心のあまり、その場で腰を抜かしてしまった。

「よ、良かったぁ〜!!」


 ◇


 桐嶋さんの運転する車の中で、俺はずっと外の景色を眺めていた。その様子は以前と酷似していたけど、今はもう、あの心のモヤモヤは存在しない。

「驚かせて悪かったな」

 赤信号に捕まり止まった車の中で、桐嶋さんがポツリと呟く。桐嶋さんを見た俺の頬を、彼の手の甲が一瞬だけ滑った。

「まさかアレがナナの耳にまで入ってるって知らなかったんだ」
「いいえ、桐嶋さんは悪くないです」

 桐嶋さんはカラダなんて売ってはいなかったけど、でも結局、友人としての立場で俺を売り込んだのは間違いなかった。

「やっぱり俺の力で取ったんじゃないから」
「でも、アイツはナナの演技を気に入ってた」
「それでも。桐嶋さんが友人じゃなかったら、話すら聞いてもらえないペーペーですもん」

 実際、精神を不安定感にして迷惑をかけまくった。俺には覚悟が足りてなかったんだ。
自分のズボンをギュッと握る。

「今回はヘマをしまくりましたけど、俺、必ず上手くなります。卑怯だなんて言われないように、強くなって…絶対にのし上がってみせる」

 今度こそ、自分の力で。
 信号が青に変わる。車がゆっくりと走り出した。

「期待してるよ」

 車内に響いた優しいその音に、俺はゆっくり目を閉じた。


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