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クリスマス番外編
 

「え、何これ。これは一体どうしたんだい?」


 十二月初旬。
 私が仕事から戻ると、玄関フロアに巨大なモミの木がそびえ立っていた。

「クリスマスツリー用のモミの木です」

 淡々とした口調でそう述べたのは、私の右腕である側近、真山だ。

「いや、それは見れば分かるんだけどね? だって十二月だし。でも、何故それがウチに?」

 そう、問題は何故モミの木が有るのかではなく、何故クリスマスツリーがあるか、なのだ。



 我が子ながら、雅は子供ながらに子供らしからぬ子だった。と言っても、それは間違いなくこの家庭環境が原因であり、つまりは親である私の責任なのだ。
 
 雅の母であり私の妻、昴(スバル)は、世界的に有名なファッションモデルだ。
 毎日世界中を飛び回る彼女は、年間の80%…いや、限りなく100%近くを国外で生活している。
 その為、雅は甘えられる存在であるはずの母の温もりを知らず育ってしまった。

 昴も、雅を愛していない訳では無い。
 愛している。
 だが、それよりも仕事を優先することを選んだのだ。
 そんな彼女を愛し許してしまっている私もまた、同罪。

 雅と昴の交流は主にメールだ。時差を考えての事だが、無機質なメールでのやり取りから温もりを知る事が出来るはずも無く、雅は甘えることを知らない子になってしまった。
 そうして彼からは、笑顔まで消えてしまったのだ。

 雅はクリスマスが大嫌いだった。

 初めてクリスマスパーティを開いた日は、部屋に閉じこもって出てこなくなってしまった。それからと言うものディナーも、ケーキも、飾り付けも嫌がった。靴下に入れたプレゼントなんて以ての外だ。

「不味いでしょ、これ。雅が見たら怒り狂ってしまうよ…?」
「いいえ、大丈夫です。これは雅様ご自身が所望の品ですので」

 え? 何だって?
 私が再び真山に問いかけようと口を開いた時、奥の扉から雅本人が現れた。

「あれ、早かったね。お帰り」
「あ、あぁ…ただいま」

 真山が言った通り、雅はそのままツリーに近づきモミの木の側に大きな箱を置いた。

「み、雅?それはなんだい?」

雅がモミの木の下に置いた箱からは、色々な形のキラキラしたものがはみ出している。

「あぁ、これ? ツリーに付けるモールとオーナメント」

 見たことのないそれは、わざわざ今回のために揃えた物だと分かる。でも、どうしてクリスマスが大嫌いな雅が…?
 そんな気持ちが顔に出たのだろう。無表情なことの多い雅が、少し困った様な表情で言った。

「紫、クリスマスを知らないって言うんだ」

(紫……)

 それは二ヶ月ほど前から、雅専属の使用人となった男の名だった。
 私と同世代程の年齢でありながら、男としての威厳などをすっぽりと何処かに落としてきたような、酷く気弱で幸薄そうな子だ。だが、とても気の優しい良い子なのだ。
 だから私は雅の専属使用人として認めた。

「紫、クリスマスを知らないのかい? 全く?」
「うん、そう。だからどんなものか話してやったんだ。そしたらアイツ、子供みたいに凄い凄いってはしゃぐんだ」

 私は驚いた。でもそれは、今の今まで紫がクリスマスを知らなかったことにでは無い。紫の話をしていた雅が、凄く優しく笑っていたからだ。

 雅は、紫を側に置くようになってこの二ヶ月で随分と様変わりしていた。
 子供らしさは相変わらず不足しているけれど、大人びた顔をしながら、それでも以前より笑うようになった。それはそれは、不器用に…。

「じゃあ今年は紫の為にクリスマスパーティをやるのかい?」
「まぁ、そのつもり」
「そう……そっか、うん、うんうん! 良いね!」

 私がにこりと笑えば、雅は些かホッとした様な顔をした。主人と使用人の立場を、幼いながらに理解しているからだろう。

「ねぇ、雅。プレゼントは考えて有るの?」
「え? ……あ!」

 そこで私はニタリと笑う。

「プレゼントはやっぱり、自分のお金で買わないとね! 雅、ちょっと自分で稼いでみない?」



 紫へのプレゼントのために、私の書斎の片づけを手伝い給金をもらう雅。雅の用意したクリスマスツリーに、幸せそうに飾り付けをする紫。
 ふたりの間には、何か特別な絆でもある様に…私には思えてならなかった。


 ◇


 十二月二十四日。

 何時もは使用人達と食事をとる紫を招き、イヴのディナーを楽しんだ。……三人で。
 雅の冷たい視線をヒシヒシと感じていたけど、私だって仲間に入れて欲しいからそれはこの際無視だ。それに何か嫌な予感がする。
 そしてその予感は雅が紫にプレゼントを渡した時に確信することになった。

 雅が紫の頬をスルリと撫でたのだ。その上…

「みっ、雅様! プ、プ、プ、プレゼントだなんて頂けません!」
「何だ、僕からのプレゼントが受け取れないって言うのか? へぇ…こんな物要らないって訳だ」
「え!? そ、そんな! ただ、わ、私には……何も、お返し出来ることが…」

 青い顔をして俯く紫に、雅が囁くように言った。


 今から
 身体で返してくれれば良い―――



「みみみみみみ雅っ!!?」

 私は慌てた。大層慌てた。
 まさか、まだこんな幼い我が子がそんな事を口にするだなんて!

 天地がひっくり返る思いの中で、何とか部屋を出て行こうとする雅を引き留め「まだ、お前の身体で紫を受け入れるのは早いんじゃないか!?」と諭そうとする。
 だが、可愛らしい人形のような雅の口から、とんでもない事実を突きつけられた。

「は? 受け入れてるのは紫だよ」




 ―――――え、、、








 十二月二十五日、深夜零時。
 私は自室にて、聖なる夜を頭を抱えて迎えることとなった。

 一体どうやって昴に説明すればいい。
 一体どうやって彼女を説得すればいい。

 だがそこでふと、自身の事に気が付いた。私は、あの二人の関係を否定するつもりが無いのだと。
 どこかすれ違いあっている様な気はするが、雅も、紫も、その瞳は真剣みを帯びていた。

 思い出すのは幸せそうに飾り付けをする紫と、それを優しい眼差しで見守る雅。大人と子供が逆転してはいるが、ふたりは絶妙なバランスで支えあっているように見えた。

 雅には、紫が必要なのだと思う。
 私たち両親が与えてやれなかった温もりを、彼は今紫から貰っているのかもしれない。
 そしてまた、紫にも雅が必要なのだろう。

 複雑な心境で有ることは間違いないのだが、私にはふたりを引き離すことなど到底無理だと悟った。だから、次に考えることはどうやってふたりを守っていくか、なのだ。

 私はベルを鳴らし呼ぶ。
 きっと、もっとずっと前からふたりの関係性に気付いていたであろう、私の右腕を。

 頭の切れるあの男に知恵を借りて、愛する妻を説得する算段をするのだ。息子が今頃部屋で何をしているかなんて考えないように、注意しながらね…。






 ――そして二年後。



「紫! 紫は居るか!」
「ひっ、聖様!」

 私は雅の授業参観で得てきたプリントの束を握りしめ、紫の元へ走る。


 彼らの絆を、
 確固たるものにする為に――――


END


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