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 怪しい闇に飲み込まれつつあるリンを警戒した蛇神は、俺に目くらましの呪(まじな)いをかけた。けれどそれでも心配なのか、なんと森の見回りに俺を連れて行くと言い出したのだ。結界まで張って出すまいとしていたあの外へ、だ。
 久しぶりに結界の外へと出ると、矢張り気分は違うものだった。

「あっ! キノコ!」
「そりゃ毒キノコじゃろ」
「なぁなぁ、あの木の実は? 何か良い匂いするぜ」
「アレも人間には毒じゃ」
「わぁ、綺麗な花だ…」
「おぉおいっ、コラコラ! 勝手に進むでない、危ないじゃろがぁ! 全く…まるで幼子じゃの」

 人の手が入る事の無い森の中は不思議なもので溢れていて、見たことの無い色鮮やかな植物が沢山あった。蛇神が言う通り、俺はまるで子供みたいにはしゃぎ走り回っていた。
 人目ばかり気にして、大人ぶっていた村での生活が嘘のようだ。
 今考えると、随分と虚勢を張って生きていた様だ。良くあんな窮屈な生活をしていたと思う。
 そう思えてしまう程に、蛇神の側では自然体で居られたのだ。

「ほれ、無闇矢鱈と触るでない。かぶれたらどうするつもりじゃ」

 動き回る体をやんわりと受け止められ、蛇神に抱き上げられる。顔に泥でも付いていたのだろうか、少し冷たい指先で頬を擦られた。それだけで俺は、何故か泣きそうになった。
 蛇神は優しい。優しい…が、果たしてそれは“俺に”優しいのだろうか…?

「なぁ、」
「何じゃ?」
「あのさ、あんた…名前なんて言うの?」

 何となく今更すぎる問いに、自分で言ってから赤面した。蛇神はそんな俺を見て少し驚いて、それから困ったように笑った。

「なんじゃあ、今更」
「いっ、今更ってことくらい、俺だって分かってるよ!」

 けど、「あんた」とか「蛇神」って呼ぶのは余りにも素っ気なくて、味気無くて。

「別に…良いじゃねぇか、名前くらい聞いたって」
「んー、まぁ…不便ではあるけどの」
「じゃあ勿体ぶらずに教えろよ」

 ブスッと膨れる俺に蛇神がもう一度困ったように笑う。

「勿体ぶった訳では無いんじゃがの」
「何だよ」
「私の名はなぁ、嫁にしか教えられんのじゃ」
「へ?」
「私が名を名乗る時は、その相手と夫婦となる時だけじゃ。“名”とは縛りの強いもんじゃからの」

 拒絶された、と思ってしまった。
 嫁になることを拒絶したのは自分自身でありながら、名を教えてもらえなかった事に思いの外ショックを受けたのだ。

「そう、なのか…」

 そしてそんな自分に更にショックを受けた。

「嫁になるか? 名を教えてやるぞ」

 そんな蛇神の軽口も耳に入らない。

「あんたが…」
「ん?」

 あんたが…愛した人には、名を呼ばせたのか? そう言葉に出しかけて思い止まった。
俺は一体、何を考えている?
 こいつは自分の名どころか、俺の名だって呼んだことは無いじゃないか。

「何でもない」

 そのまま口を噤んだ俺に、蛇神は何も言わなかった。
 それからもずっとぐるぐると渦巻く胸の中の違和感は治らなくて、俺は先ほどまで森の中を駆け回っていた元気を何処かに無くしてしまったのだった。



 ◇



「?」

 今日の見回りを終え、寝ぐらへと戻りかけたその時。突然蛇神の足が止まった。

「どうかしたのか?」
「シッ、」

 静かに。蛇神の赤い目が夕闇の中で光る。

「誰か……人がおる」
「え!?」

 ここは蛇神の森。やたらと自由に人間が出入り出来はしない。

「まさか…リン!?」
「いや、」

 ここから動くでないぞ、と抱き抱えていた俺を地面に下ろすと、蛇神が警戒態勢でその気配へ近付いて行く。
 そして一瞬俺が蛇神の後ろ姿を見失い少し不安を感じたころで、今度は此方へと向かって歩いてくる蛇神の姿を認めた。
 戻って来た蛇神の腕の中には、ぐったりとしている一人の男が。

「え……祐介!?」
「矢張り知り合いか。お前の名を呼んでおった」

 あの日、リンを祠まで連れて行けと言いに来た男、それが祐介だ。目の前に下ろされた祐介は意識を失っている様だった。
 正直祐介も達郎やリンと組んでいたのかも、と考えていたので、若干緊張が走る。

「おい、祐介…祐介ッ」
「……ん…」

 頬を強めに叩いてやると、少しだけ反応を示した。

「おい、俺が分かるか?」
「う……あ、つし……?」
「ああ、」
「……………篤史!!」

 ぼんやりとした顔をしていたと思ったら、祐介はいきなり飛び起きる。それに驚いた俺は、思わず後ろに立っていた蛇神にしがみ付いた。

「篤史!! 本当に篤史か!? 夢じゃないか!?」
「お、おい…」

 泣き出した祐介に驚いて、蛇神から離れて祐介の側まで近寄った。

「良かった…良かった…生きてたん、だな。良かった」
「祐介…おっと、」

 泣きながらぎゅうっと俺に抱きついてきた祐介に、俺まで泣きそうになった。

「いつまでくっついておるんじゃ」

 だが二人でめそめそとし始めた時、ベリッと音がしそうな勢いで祐介から剥がされる。

「え? ぎゃあっ!」

 蛇神の存在に今更気付いた祐介は、それこそ今更ながら驚いてひっくり返った。

「なっ! なななっ、な!!」
「落ち着け祐介、この人は大丈夫だから」
「だだっ、だ、誰!?」
「あ〜…、蛇神、様です」

 頬をポリポリとかきながら言うと、祐介はきょとんとして「本当に居たんだ…」と呟いた。
 真っ白な髪に白い肌、人間ではそうそう居ない様な整った容姿に、特徴的な瞳孔が縦に開いた紅い瞳を見れば、“蛇神だ”と言われても納得がいったのだろう。

「この人が俺をリンから助けてくれたんだ」

 俺がリンの名前を出した途端、祐介の顔色が変わる。

「リン……そうだ、リンなんだよ! 篤史っ、どうしよう! 村がおかしいんだ!!」

 再び泣き始めた祐介。何とか宥めながら話を聞いた俺は愕然とした。
 リンが村に戻って早々に行方が分からなくなった村長。リンの身体に堕落して行く村の男たち。そんな男に気を狂わせて行く村の女たち。

「俺、見ちまったんだ…神主がリンに、殺されるところっ」
「なに!?」

 神主って、リンとグルじゃなかったのか!?

「もう村中おかしくなってる! 誰もリンに逆らえないっ、篤史の事も本当は直ぐに探しに行こうとしてたんだ!」

 でも、探しに出ようとした祐介を含む5名程の友人達は、村の大人たちに捕まり、神主の家の地下に有る牢に閉じ込められた。しかし、地獄はそこからだった。

「みんな…どんどん狂ってくんだ…牢の中でリンは……あいつはっ!」

 牢の中で起きたことを思い出したのか、祐介は吐き気をもよおす。

「祐介っ、」

 牢に閉じ込められた少年たちの目の前で、自身の父親たちがリンと乱交し始めたのだ。そうして淫猥な光景をまざまざと見せつけられた少年たちは、泣きながら狂っていった。
 自殺を図る者、自らリンを求め、実の父親と殺しあう者。
 正にそれは、地獄絵図だった。

「お前…良く無事で…」
「親父に殺されかけてっ、でも、康介が助け出してくれたんだ」

 康介は、祐介の弟だ。俺たちよりも三つ程歳は離れているが、とてもしっかりした良い子だ。

「そうか、康介も無事なんだな?」
「あぁ…今は畑の倉庫に身を隠してる。もう家には住めない」

 信じられない話だ。
 たった一人。たった一人の存在が、村全体を狂わせてしまったのだ。

「祐介、今すぐ康介を連れて村を離れろ。一晩歩けば隣の村に着く。夜の内に行くんだ」

 蛇神の方を見れば、蛇神もコクリと頷いた。きっともうこの村は駄目だ。闇が…広がりすぎている。

「篤史っ、篤史も行くだろ!?」

 自分の事などすっかり頭から外れていたため、直ぐに返事が出来なかった。

「あ…俺、は…」
「康介も心配してたんだ。三人で逃げよう」

 騙された当日だったら、直ぐに祐介と共にこの森を出ていただろう。けど、今の俺は…。

「ごめんな、祐介。俺は一緒に行けないんだ」
「何でだよ!?」
「俺の…せいなんだ。リンがおかしくなったのは、多分、俺が原因だ」

 祐介は眉間に皺を寄せた。

「知ってたさ、ずっと前から」
「え…」
「あいつのお前を見る目は、何時だって異常だった。今でもお前の名を、常に呼んでるんだ…」

 リンの自分への執着を実感して体が震える。すると、そっと後ろから蛇神が俺の肩を抱き寄せた。

「あいつの執着は異常なんだ。俺が一緒に居れば、お前達まで危険な目に合うことになる」

 それだけ言うと、祐介は黙って俯いた。村の様子を目の当たりにした彼には、痛い程意味が分かる話なのだろう。

「来てくれてありがとう。俺を、見捨てないでくれてありがとう、祐介」

 祐介はやっと止まったはずの涙を、今度はとても静かに流した。ぎゅっとズボンを握り、歯を食いしばって耐えている。

「祐介、行け。夜が来る…もうすぐリンが来ちまう」

 座り込んでいた祐介を立たせると、背中を押した。

「篤史」
「大丈夫」
「………」

 何が、とも言えず、何に対しても大丈夫だなんてそんな確証は何処にもなかったけど、そうとしか言えなかった。それは祐介も分かったのだろう。
 祐介は一度目を瞑ると、蛇神を見た。

「どうか、篤史を頼みます」

 その言葉に瞬きで返した蛇神は、祐介の額に指で何かを素早く描いた。

「目くらましじゃ。簡単なものじゃが多少はリンに見つかりにくくなるじゃろ。早よぉ行け」

 祐介は頷き直ぐに村へと走りだした。小さくなって行く背中は一度だけ立ち止まり、此方を振り向こうとした。
 けど、結局振り向くことを思い止まったのか再び走り出し、間も無く姿は見えなくなった。

「寝ぐらへ戻るぞ。リンの闇が広がって来ておる」

 蛇神に抱き上げられることに抵抗もせず、俺は奴の腕の中に収まった。


 祐介に言ったことは、半分本当で、半分嘘だ。
 俺が祐介と共にこの森から逃げられないのは、祐介達の身の安全を思っての事だった。けど、実際はそれだけじゃ無い。
 俺はこの森から、いや、蛇神の側から

 離れたくないと思ってしまったんだ…


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