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素直になれるValentine's Day


「俺っ、何してんだろぉ…」

 三澤弥は今、大いに痛む頭を抱えていた。そんな彼の前には、綺麗にラッピングされた小さめの箱が三つ。
 当然、今の彼を苦しめているのはこの3つの箱が原因で有るのだが…そもそもの元凶は、これを用意するに至るやり取りにあった。


 ◇


 事の発端は今から二週間ほど前の、2月に突入して直ぐの事だった。いつも面倒な話を寄越すのは、風紀委員長の藤原円、その人である。

「なぁなぁ、弥ちゃんもバレンタインは誰かにチョコレート渡したりするん?」

 何処か期待に満ちたキラキラした目で見つめてくる藤原に、弥は「は?」と冷たく首を傾げた。折角走り始めた記事を書く手を止められ、少し不機嫌になる。

「何言ってんすか。俺、男っすよ」
「嫌やわぁ〜何言うとるんこの子! この学園におってそれは愚問っちゅーもんやろぉ?」

 はぁ? 更にチンプンカンプンな弥を援護するように、後ろから新聞部部長の岩佐が口を挟んだ。

「彼は今仕事中なんだよ、藤原くん。馬鹿なこと言って邪魔するなら、出てってくれないか?」

 氷点下の空気を纏った岩佐に藤原は一瞬怯む…が、それも直ぐに持ち直し主張する。

「やったらシオリンは気にならんっちゅーんか!? 何処の馬の骨とも知らん奴が弥ちゃんのチョコレート食うてもええっちゅーんか!?」

 その言葉に岩佐は思わずグッと言葉を詰まらせた。彼もまた、正直なところ弥の事に興味津々なのだから。

「部長?」
「三澤…誰かに渡すのかい?」
「部長!!」

 折角味方が現れたと思ったのに、あっという間に敵へと変貌した岩佐に弥は涙する。

「だから! 俺は男なんすよ!? どちらかと言うと貰いたい側ですよ!」

 男からは要らんけど! と涙目で主張すると、岩佐と藤原は二人で目を合わせ、やがて大きく溜め息をついた。

「貰いたいって…知らない子に貰うのもそれ程良いものなんかじゃ無いんだよ?」
「そやで。男から貰うても、女の子から貰うても、何入れられとるか分からんのは同んなしやしな」
「何入れられてるか…て、そんな」

 男からも女からもモテるであろう二人には、弥には分からない苦労が有るようだ。藤原の言葉に弥はゾッとした。

「じゃあ、知ってる人のなら食えるんすか」
「そりゃ、弥ちゃんの手作りなら問題なしや」
「僕も三澤のなら食べられるな」
「えー? 何で俺が? それなら俺だって食いたいし」

 三者三様の意見をワーワーと言い合っているその時、更に面倒な面子が加わった。

「おい、このアンケート…ってお前ら何してんだ」

 この学園のトップ、楢崎斗真である。
 三澤は数日前に楢崎にされたデコチューのせいで、少々顔を合わせることに抵抗があり…余計に目を合わせられない。思わず俯いた。

「げー、まー君現るやぁ」
「げーて言うな。で、何揉めてんだ」
「藤原くんが三澤の手作りチョコが食べたいと言うもんだから」
「は? ンなもん俺も食いたいし」
「でも弥ちゃんは、自分も作ってもらう側が良い言うとんねん」

 そんで意見が纏まらんのや。
 藤原がぶー、と頬を膨らませたが、その顔を可愛いと思うものは誰も居ない。

「じゃあここは、ジャンケンだな」
「え!?」
「負けた奴が、チョコを作る」
「はぁ!? ボクが負けたらまー君らにも作らなあかんの!?」
「三澤にだけ作りゃ良い。誰もお前のなんか食いたくねぇし」
「えっ!? じゃあ俺だけ三人分作るんすか!? 不公平!」
「でもこのままじゃ埒あかねぇだろ?」

 それ、ジャンケン!! ポン!!!
 思わず楢崎の掛け声に反応して手を出す三人。

「ぎゃああっ!! 最悪!!」
「「「やった!!!」」」

 そうして見事一人負けした弥は、約束通り三人に手作りチョコレートを渡すことになった。の、だが。

 明らかに偏りのあるその見栄え。

「こんなん、同時に渡せねぇ…」

 ブラウンの包装容姿に薄いピンクのリボンを巻いたのが、甘い物が苦手な(それなのにチョコを欲しがった)岩佐用のダークチョコでコーティングしたオレンジピール。
 その隣にある紺色の包装容姿にグレーのリボンを巻いた、甘い物大好き!な藤原に作った苺のジャムをたっぷり混ぜ込んだ生チョコトリュフ。そして…
 嫌味にならない上品な光沢で輝くゴールドの包装容姿に、少しデザインの凝った赤色のリボンが付いている、日本茶好きの楢崎に作った…抹茶とほうじ茶の生チョコ。
 
 それぞれ其れなりに相手のことを考えて作ったから手が込んでいるが、楢崎の分だけ味のバリエーション二つと他より多いし、何よりそれを包んだ包装自体に差が付き過ぎていた。

「む、無意識って怖ぇぇ」

 そう、弥はもう、そこそこ自覚を持っていた。どうしたってあのイケメン楢崎に心を掴まれ、逃げ出せずにいることを。ただ中々素直になれず、つい言葉よりも先に手が出てしまうのだ。
 理性がグズグズに溶けるような何かが無い限り、弥の反射はどうしようもない。
 
 デコチュー事件で言われた『好きだ』と言う楢崎に、答えを返すタイミングはとうの昔に失っているし、何と返したら良いかも分からない。そんな悶々とした気持ちは、無意識にチョコレートへと伝わり、明から様に他の2人と差が付いていたのだ。


 ◇


 2月14日、当日。
 土曜日であったことで授業は午前中のみ。そんな半日の授業でさえ、皆どこかソワソワと落ち着きが無かった。いつもならそんな様子に気付きもしない弥だったが、今日ばかりは他人事では無い。
 本日最後の授業が終わるチャイムが鳴る5分前より、弥の心臓は早鐘を打ち始めた。


 岩佐や藤原にチョコを渡すのは、思った以上に大変な事だった。
 岩佐は同じ部だから簡単だと思っていたのに、部室へ向かえば部屋の前には恐ろしい程の人だかりが。
 その人垣を掻き分けて中へ入ろうにも、「ちょっとアンタ! 割り込まないでよ!」などと言い掛かりを付けられるし、弥が部員であると分かるや否や、「代わりに渡してよ!」だなんて大量のチョコを押し付けられる。

 部室へ入るだけでこれ程悲惨な目にあったことが有るだろうか。バレンタインと言う日を今まで避けてきた為、弥はその恐ろしさを初めて実感する事になった。
 それでもそれは、岩佐の見た事のない優しい笑顔で帳消しになる。作って来て良かったと、そう思わせる笑顔だった。

 岩佐の件で学んだ弥は、人が引く夕方まで待ってから藤原に渡しに行った。その作戦は功を奏して、何とか風紀室に入ることが出来た。それでも部屋の前には、藤原の登場を粘る生徒がまだ複数いた事に弥は驚いた。
 何とか藤原にもチョコを渡す事が出来たものの、危うく感動して興奮した藤原に襲われかけた。まぁそれも、副委員長の素晴らしく綺麗な回し蹴りにて助けられ、藤原が吹っ飛んでいる間に逃げることか出来た。

 そして最後。
 問題の相手に渡さなければならないのだが、これが一番難しい話だった。岩佐、藤原共に人気上位者であるが、楢崎はこの学園で一番人気の有る男なのだ。
 それでも弥に至っては生徒会室への入室許可は簡単に出るだろうが、弥は新しい生徒会役員が苦手だった。
 あの大変な時期の楢崎を支えた者として一応認めているのか、嫌味を言われることも嫌がらせを受けることも無いのだが、弥に向ける目線が余り良いものではないことに変わりは無かった。
 そんな中で、チョコなど渡せるはずもない。

 弥は楢崎へ一通のメールを送ると、何分も経たない間に返信が来た。矢張り生徒会室前はエライことになっている様で、今夜23時以降に楢崎の寮部屋へ来て欲しいとの事だった。
 あれ程長く仕事の相方をしていたが、楢崎の部屋へは行った事がない。仕事以外で二人きりになった事もない。
 仕方のない流れにしても、弥の緊張は未だかつてない程に高まってしまった。



 2月14日、23時30分

 23時ジャストに行くのは何だか待ち侘びていた様で気恥ずかしく、敢えて少し遅めに連絡を取る。

【今から向かいます】
【了解】

 そんな短いやり取りだけして、弥は部屋を出た。


 情けないくらいに、インターフォンを押す指が震えた。心臓はもう壊れそうで、緊張し過ぎて吐き気までする。

「悪いな、中入れ」
「ッス」

 部屋着に着替えたラフな格好の楢崎が迎えに出る。弥は“緊張なんてしてませんよー”的な素っ気ない返事をして、なるべく楢崎を見ないように努めながら隣を通り過ぎた。
 だから弥は気付かない。そんな必死な自分を、愛おしそうに楢崎が見ていた事に。


「外寒かったろ。悪かったな」
「いや、それ程遠い訳でもないし」

 ほかほかと湯気を立てるお茶を目の前に置かれ、相変わらずこの人は“俺様”とは程遠いな、と弥は現実逃避していた。

「で、あと少ししか時間無ぇし、もう欲しいんだけど」

 目の前でニコニコと笑いながら現実逃避を許さない男に、弥はカッと頬を紅潮させた。

「わっ、分かってますよ!」

 持って来た手提げ袋から、丁寧に包装したチョコレートを乱雑にテーブルに置く。それを見た楢崎は、ニコニコ顏を一旦止めて真顔でそれを見つめた。

「どうかしました?」
「いや…ちゃんと包装してくれたんだ?」
「へ?」
「手作りだろ? タッパーとかに入れて来るかと思ってたから」

 一体どれだけ大雑把だと思われているのか…弥は少しだけ自分への評価に落胆する。

「食って良いか?」
「そ、その為に作ったんスから…食って下さい」

 ふいっと目を逸らす弥に、楢崎は再び笑みを深めた。
 岩佐のよりも、藤原のよりも、ずっと丁寧に包んだ紙とリボンが、楢崎の長い指でそっと解かれていく。
 まるで自分の気持ちを暴かれる様な感覚に陥った弥の胸は、音が漏れてしまう程にバクバクと脈打った。

「これ、抹茶? …と?」
「ほうじ茶です」
「…………」

 綺麗に切り揃え並べられた、一口サイズの四角いチョコをジッと眺める楢崎。

「これ、岩佐と藤原も?」
「いや、お茶が好きなのは会長だけだから…二人はまた別のを」
「彼奴らにもこんな手の込んだやつを?」

 裏があるのか無いのかも分からない問いに、弥は冷静になれず思わず口を滑らせた。

「いや、何か会長のだけ妙にチカラ入っ……」

 絶対からかわれるっ! 慌てて口を押さえるがもう遅い。けど、楢崎はいつものように即座に弥をからかったりしなかった。
 暫く真顔で弥を見つめた後、徐に抹茶のチョコを口に運ぶ。

「………旨い」
「…そっ、すか」

 居た堪れなくて俯く弥に、楢崎は手を伸ばして髪をかき混ざる。

「旨いよ、死ぬほど旨い」
「ッ、そんな…俺のなんかに大袈裟な。色んな奴の食ったんでしょう?」

 自分の言葉に嫉妬が混じった事に気付いた弥は、羞恥心からジワリと目に涙を溜めた。

(もうヤダ…俺、死ぬほどかっこわりぃ)

「貰ってねぇよ。全部断ったから」
「え…?」

 思わず顔を上げると、楢崎は困った様に眉を下げた。

「お前に貰えるのに、何で他の奴に貰わなきゃならんの?」
「なっ、…んで」
「ん?」

 耐え切れず、ボロっと一粒涙が溢れ落ちる。

「っで、アンタいつも俺にそんな事、言うんだよ!」

 緊張と羞恥心と何か色々と…兎に角もう何が何だかの弥は、テーブルを叩いた。そんな弥に楢崎は苦笑する。

「お前、俺に何回言わせんの。俺はお前が好きなんだよ。お前以外のなんか、要る訳ねぇだろ?」
「だって!」
「だってじゃねーよ」

 有無を言わせぬ口調だったが、弥の涙をぬぐう指はとても優しく動いた。

「俺のこと、考えながら作ってくれたんだ?」
「ッ、」
「岩佐のより、藤原のよりもチカラ入れて?」
「や、やめろよ!」
「これにお前の気持ち、篭ってんだ?」
「もっ、言うなぁ! ッンん!!」

 泣き叫ぶようにして出した声は、突如立ち上がって弥を引き寄せた楢崎によって呑み込まれた。

「んっ、んん…はっ、んふっ」

 逃げても逃げても絡み取られる舌の動きに、頭の中は甘く痺れて考えが追い付かない。グズグズに溶かされた理性は、いつもの反射さえ手放した。

「弥」
「んっ…」

 楢崎に暴力しか振るわなかった弥の腕は、いつもの動きを忘れ…しっかりと、彼の背中へと回されていた。



 キスに溺れた弥は、漸く離されたその後もまだ、楢崎の腕の中でとろんと蕩けている。それが楢崎には悶えるほど可愛く思えて、そろそろと優しく髪を撫で続けていた。

「ぁ……あっ!?」

 すると突然目を覚ます様にハッとした弥。殴られるのかと思わず構えてしまう楢崎。だが、楢崎の予想に反して弥は何か思案しているようだ。

「おい、どうした?」
「俺…」
「うん?」
「もしかして…」
「ん?」
「アンタの熱愛報道、自分で書くのか…?」




「ぶはぁっ!!」




 ◇




「で、どーゆーことなん!? この差別化は!」

 真っ赤な顔で俯く弥の目の前には、何故か別々に渡して切り抜けた筈の三つの箱が。

「何でまー君のだけこんなゴージャスなん!?」
「貰っておいて文句は言いたく無いけど…僕も納得がいかないかな。三澤、どういう事?」

 2月15日。
 厄介なことをしてくれたのは矢張り、藤原円、その人だった。
 弥から貰ったチョコを見せびらかしに岩佐の元へ訪れた藤原は、如何に自分のチョコが凄いか箱を持参して来たのだ。
 だが岩佐もまた黙ってはおらず(しかも岩佐も箱を持参)、如何に弥が甘い物の苦手な自分でも食べられる様に作ってくれたかを述べて対抗。そんな中、藤原が更に厄介なことを思い付く。

「そや! まー君にもどんなんか聞かんと!」
「そうだね、比較対象は多いほうが良い」

 そうして、事態は最悪な方へと向かったのだ。



「なんでっ、まー君はゴールドなん!?」
「色のランクで言えば、確かにゴールドが一番華やかだ」

 ワーワーギャーギャーと揉める中で、いつもなら直ぐさま言い返す筈の男が珍しく大人しい。

「なんや、何でまー君そんな大人しいん」
「何処か余裕すら感じ取れて…腹立たしいな」

 そんな言葉を投げつけられた男、楢崎が遂に動いた。
 スッ、と立ち上がった楢崎に、弥は『余計なことは言うな!』と血走った目を向ける。が。

「そりゃ、恋人へのチョコと義理チョコに差が付くのは当たり前だろ」
「……なっ!?」
「……はっ!?」
「ぎゃあああぁあっ!!!」

 そんな弥の必死な目線は無駄となって散る。
 それから暫く、弥の平穏な日々は失われる事となるのだった。


おわり★


番外編3



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