青空
私の通う大学には、学年が違っていても知らぬ者はいない程に有名な二人組が居ます。その内の一人のことが、私はとても気になっているのです。
「わっ、由香里! 斎藤先輩だよ!? 本当に綺麗だよねぇ〜!! 朝から良いもん見たねぇ」
「…そうだね」
斎藤浩一郎先輩、有名な二人組の内の一人です。
彼はその辺の女の子達よりも肌が綺麗で、容姿もどこかの絵画かと思う程に整っています。神様はなぜ、こんなにも不公平な造り方をなさるのでしょうか。
でも、私が気になるのは彼ではありません。
「そう言えば、あの人いつも斎藤先輩と一緒に居るよね? 何か種類が違うけど、話合うのかなぁ」
友人は決して、悪気が有って言っている訳では無いのです。ですが、私はとても嫌な気分になるのです。だって私は、彼がとても綺麗な事を知っているから。
宮田先輩の事が、とても好きだから。
◇
「すみません。これ、落としましたよ?」
私と先輩は、漫画やドラマでしか見たことの無い出会い方をしました。
少々おっちょこちょいな私は、この日も鞄を開けっ放しで歩いていた様で、買ったばかりの定期券と、いつも持ち歩いている絵の具をばら撒いていました。
世の中、親切な人ばかりでないことは身を持って経験して来ましたから、この件に関しては今でも感謝しています。
先輩はとても穏やかな顔でにこりと微笑むと、その高い身長を屈めながら、そっと私の手に定期券と絵具を渡してくれました。この時、私には彼が光輝いて見えました。
先輩の事は入学当初から知っていましたが、その日を境いに意識的に目で追うようになりました。そうして見ている内に沢山のことに気付いたのです。
斎藤先輩という、一際目立つ存在の横に居るものだから余り際立って分からないのかもしれませんが、彼はとても綺麗です。
いつも纏っている空気が、
自然と振る舞う優しさが、
穏やかな声が、
考え事をしている時の、ふとした表情が。
そして何より、斎藤先輩と一緒にいる時のあの笑顔が、
とても美しい。
割り込む隙などない事は分かっています。彼らの間には、誰にも壊すことの出来ない絆が存在するような気がするから。
けれど私は、あの綺麗な人に恋い焦がれずにはいられなかったのです。
「鈴木さん」
「あ、宮田先輩…」
「さっき、鈴木さんの作品見せて貰って来たよ」
「えっ」
私の入っているサークルは、その名も『美術創作会』。許可を貰って定期的にサークルのメンバー達で個展を開いています。
「鈴木さんの作品には、いつも心が癒されるよ」
「そ、そんな…」
「お世辞じゃなく、本当に。今回は特に凄かった。僕、あの青空の絵が一番好きだな」
そう言って笑った先輩の顔を見て、私は泣きそうになりました。だってあの青空は、彼を思って描いたのですから。
青く澄み渡った、穢れの無い空。
在るのは白い雲と、風、そして自由に羽ばたく鳥たち。
全てを優しく包み込む彼の存在は、まるであの青空の様でした。
「あの…もし良ければあの絵を、貰っては頂けませんか?」
「え!? あの絵を、僕が!?」
「やはり、迷惑でしょうか…」
「いや、迷惑な訳無いよ! でも、あんな大事なものを簡単に貰う訳には」
「いいえ。どうしても、宮田先輩に持っていて貰いたいのです。どうか、お願いします」
頭を下げて頼んだ私に慌てた彼は、急いで私の体勢を直させると、少し困ったように、だけど嬉しそうにこう言ってくれました。
「有難う、大切にします」
言葉には決して出せない、臆病な私の精一杯のラブレター。貴方の一言で、私の恋心は昇華する。
たった一人にしか見せない笑顔を見る度に感じた胸の痛みも、いつしか懐かしむ日が来るのでしょう。
貴方がいつまでも幸せであることを願っています。
ずっとずっと、願っています。
そうして私は青空を見上げ、そっと瞳を閉じるのでした。
END
番外編2
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