×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
***


「美紀くん、昨日も来たわよ」

 静ちゃんの店に来て、開口一番言われる言葉は最近決まってしまっている。

「ねぇ、アナタいつまで美紀くんを避けるつもりなの?」
「…………」

 ボクが黙りを決め込めば、溜息を吐いてそこで終了するのもまた同じ。

「ま、良いわ。で、何にするの?」

 自分で言い始めた関係。気付かないフリをする他人からの好意。

「いつもので」
「はいはい」

 いつも最初に飲むお酒の種類。
 何もかもがいつも通りで、安心感のある通り道。
 それを、どんなきっかけでどうやって変化していけば良いのか …ボクにはサッパリ分からないのだ。


 ◇ 


 毎週日曜日。ほぼ毎日足を運ぶ中で、唯一お店に行かない日。
 手に入れたかったあの人が、お店までボクに会いに来る日。
 ノンケのヘタレに恋をして、ボクの手を簡単に離したあの人がボクに会ってどうしようって? 今さら何を言おうって言うの。

 偽善じみた言葉はなんて聞きたくない。顔だって見たくない。



 うそ。本当は会いたい。
 また前みたいに抱き合いたい。

 でも、それが叶わない事なんて分かってる。だからこそ会いたくないのだ。現実を突き付けられたくないのだ。

「久くん」

 グイッとグラスの残りを煽ったところで静ちゃんが再び声を掛けてきた。

「ねぇ、まだあの男前くんと繋がってるの?」
「男前くんって、リンちゃんのこと?」

 何故か靜ちゃんが額を抑える。

「リンちゃんてアンタ…目上に“ちゃん”は無いでしょう」
「は? 目上って?」
「その“リンちゃん”の事よ! あの子確か、久くんより五つか六つは上のはずよ」
「ぇええ!?」

 めちゃくちゃ爽やかで男前の風貌は、どうみてもまだ大学生くらいに見えていた。それがまさか、ボクよりも歳上だったなんて。それも、美紀さんと同じくらいの年齢だったなんて…。

「で、どうなの? 何度かここから一緒に出ていったでしょう」
「うん、何度かね」

 初めて凛一を組み敷いたあの日以降。それ程頻繁ではないものの、もう片手では足りなくなる程度には肌を重ねていた。
 今までのノンケ同様、尻でイクことに嵌ったのかもしれない。

「けど珍しいじゃない。同じノンケを何度も相手するなんて」
「あ〜…、それね」

 静ちゃんの言う通り、相手がゲイやバイなら兎も角、ボクが同じノンケで何度も遊ぶことは滅多と…いや、全く無いことだった。
 大体がノンケを喰い始めたのだってまだ最近のことで、正直憂さ晴らしの様なものなのだから。

「何て言うかあの人…凄く良いんだよね。反応も良い感じだし、声もまぁ…好きかな」

 まさか尻で男を咥え込んでいるなんて思えない程爽やかな雰囲気と、その見た目に反した男の象徴。それなのに、まるで淑女の様な反応を見せ、そして時に大胆にボクを誘うのだ。

「兎に角すっごく気持ちイイわけ。今までで一番カラダの相性良いのかも」
「………」

 ふと静ちゃんを見てみれば、何とも言えない難しい顔をしていた。

「静ちゃん?」
「それ、カラダの相性だけなのかしら」
「へ?」
「……いいえ、何でもないわ」

 そのまま作業に戻ってしまった静ちゃんから、呟きの真意を問うことは結局出来なかった。


 ◇


「これ、どう言う事…?」

 仕事の都合で暫く来られなかったボクが漸くお店に顔を出すと、そこには日曜日でもないのに美紀さんの姿があった。

「私が教えたのよ。今日なら久くんが来るわよってね」

 裏切られた気分だった。他人をあまり信用しないボクも、静ちゃんの事だけは絶対的に信用していた。そうさせるだけの力が彼にはある。
 人の境界線を上手く読み取って、その一線を絶対に超えてこない。
 人によってはそれを冷たいと思うかもしれないけれど、ボクにとってはそれがとても楽だった。
 何に関しても、無理強いすることがないから。

「何で、そんなことすんだよ…」
「久弥くん…」
「ッ、」

 久しぶりに耳に入る優しい音にボクの胸が痛んだ。
 ボクへと伸ばされた手を思わず避けると、美紀さんはとても悲しそうな顔をした。そしてまた、胸が痛む。

「あの…あのね、僕、」

 聞きたいような聞きたくないような。そんな複雑な気持ちに囚われかけた途中で、カラン、と店のドアの開いた音がした。

「あの、久弥くんは未だ…?」

 最近急激に聞きなれた声。その声が耳にスっと入って来た瞬間に、ボクは美紀さんの前から踵を返した。

「あ、久弥くん居たんだ。って、え…」
「行くよ!!」

 ボクは凛一の腕を取ると、そのまま勢いよく店から飛び出した。










「あっ、ひ…ひさやくっ、んあっ」

 早急に凛一を組み敷き掻き抱く。

「はっ、はっ…俯せて」
「ンぅっ、んっあっ、あっ」

 ボクと会うようになってから、凛一は事前に自分で準備をしてくるようになった。
 だからいきなりズボンと下着をずり下ろし、そこへ舌を捩じ込んでやれば既に少し柔らかく清潔な香りがする。

「風呂…入りたてだね」
「ひゃあっ、あっ、ンうっ、舌は…ぃやだっ、あっ」

 今日はいつものように時間をかけて遊ぶ余裕が無かった。
 頭の中に美紀さんがチラつく。

「少しは解して来てるんだよね?」
「えっ、あっ…ふぁあっ!?」

 小奇麗なボトルから薄いピンク色の液体を指に垂らすと、それをぞんざいに突き入れた。その瞬間上がる悲鳴にも近い声に、何となく胸がスッとする。
 必要以上に出した液体が彼の中に入り込み、イヤラシイ音を部屋中に響かせた。

「ふっ、んっ、ぃつッ、」
「柔らか〜い。念入りに準備したんだね」
「ンぁあっぁ!!」

 指を抜き取るとジュポっと音がした。

「今日はもう、挿れるから」
「ひっ! ぁ…あ、ぅああっあ、あっ、ぁああぁぁ!!」

 熱を突き入れた瞬間、イってしまうかと思うほどの快感に襲われた。


 
 ◇
 


「あ、あのさ…」

 黙々と着替えを進める凛一の背中に怖々と声をかけてみるが、特に反応を示さない。沈黙を守ったままの彼の後ろで、ボクは珍しく頭を抱えた。

 やってしまった。
 いや、別に良いのかもしれないけれど、マナー違反であることは確かだ。
 凛一を揺さぶり、突き上げ、何度目かの締めつけに欲を吐き出したその瞬間。

『美紀さんッ!!』

 そう、叫んでしまったのだ。

 美紀さんを抱いていた時の様に、凛一を抱いて逆に抱かれているような感覚を持ったことは無かった。ただ、例えこちらが激しく揺さぶっていたとしても、快楽に啼かせていたとしても…不思議と守られているような感覚に襲われる事があった。
 初めこそ凛一を美紀と重ねたことがあったが、今では殆んど無くなっていた。寧ろ美紀の存在を忘れていることさえあった。
 凛一は凛一として抱いて、関わっていたのだ。

 なのに、なんで…


「リンちゃん、あのさ…」
「大丈夫です」

 抱いている時に、イく時に別の誰かの名を呼ぶだなんて余りにも最低だった。そう思いもう一度凛一を呼んでみるが、それは硬質な声に阻まれた。

「貴方が別の誰かを想いながらしていることは、ずっと前から知ってましたし」
「へ…」
「それに関しては、俺に関係の無いことですから」

 その言葉に思わずカチンと来た。

「あぁ…そう、だよね。リンちゃんだって、ただ男に抱かれたかっただけだもんね。あの時友達を守ろうとしてたのだって、実は演技だったりして」

 投げ捨てるように吐き出したセリフは、シンと静まり返った部屋の床へと落ちた。
 お互いが無言になり、やがてまた凛一の衣擦れの音だけが部屋に満ちた。衣服を身にまとい終わったのか凛一が立ち上がる。
 その姿は矢張り後ろ姿でしかないのだけれど、どうしてか無性に小さくて心細そうに見えた。

「…リンちゃん」
「………」

 凛一はボクに背を向けたまま、荷物を手に取り出口へと向かう。

「リンちゃん!!」

 ベッドから飛び降りたボクは、急いで凛一の腕を掴み振り向かせた。

「ッ、」

 無理矢理振り向かせた凛一の顔にハッと息を飲む。
 暫し時を止めていたボクの腕を凛一が振りほどき、乱暴に部屋から出ていった。
 それを引き止めることも出来ず、ボクはただ呆然と立ち竦んだ。




 店を出たときに見た美紀さんの傷ついた顔。その時に感じた胸の痛みなんて、きっとめじゃない。

「何で…泣いてるんだよ……」

 静かに涙を零す凛一の顔が、目に焼きついて離れなかった。



次へ



戻る