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※脇役×受け表現あり
「へぇ…じゃあ今の仕事が一番長いんだ?」
「うん、恥ずかしい話なんだけどね。履歴書へ真面目に全部記入すると大変な事になっちゃうんだ」
僕は昼食の準備を終えエプロンを外すと、伊織くんの前に席を取った。それを見た伊織くんが、僕の前にお茶を注ぎ出してくれる。
もう毎度恒例となった、仕事後の“友達時間”だ。
「恥ずかしくなんかないよ。転職数が多いのは、諦めずに頑張ってる証拠じゃん」
「そ、そうかな…」
「そうだよ。俺なんかよりよっぽど頑張ってるって」
「伊織くんだって、ちゃんと悩んでるじゃない。諦めて無い証拠でしょ? 僕より悩みも深くて大きいし、大変だと思う」
「まさか! 俺なんかミキちゃんの足元にも及ばない!」
「そんなことないよ!」
お互いに謙遜しあい、お互いを褒め合う内にふと、二人で我に帰る。
「あははっ」
「…ふふ、」
「何でだろう、自分の事だと全然前向きに考えられないのに…ミキちゃんの事だと凄くプラス思考になれんだよね、俺」
ニカっと笑って見せた伊織くんに吊られて、僕まで笑顔になる。僕も今、全く同じことを考えていたから。
「案外…僕らは相性が良いのかも」
口に出してから“しまった!”と思った。でも…。
「俺も今、全く同じことを考えてた」
僕が顔を蒼く染めるよりも早く、伊織くんが子供みたいに笑って見せた。
◇
「美紀さん、何だか最近楽しそうだね」
ホテルから出る為の帰り支度をしていると、まだベッドへ寝転ぶ久弥くんに声をかけられた。
「…そうかな?」
「そうだよ。仕事、楽しいの?」
流石久弥くん。付き合いが長いだけあって、僕にあまりプライベートな事情がない事を良く知っている。
何かあるとすれば仕事関係だけだとバレているのだ。
「僕ってそんなに分かりやすい?」
思わず両手で頬を包めば、久弥くんは少し不機嫌そうな顔をした。
「分かりやすい。ちょーーっ分かりやすい。ま、それはボクも最近知ったことだけどね」
「そ、そうなんだ…?」
久弥くんはそのまま煙草に火を付けた。
「なに、例のチャラ男と何かあったの?」
「え"っ」
「前は“チャラ男チャラ男”って嫌がってたのに、最近何も言わないもんね。その上機嫌も良いし。もしかして抱かれた?」
「ンなっ!?」
あまりのセリフに僕は思わず転びかける。
「ばっ、バカなこと言わないで! 彼はノンケだよ!? 久弥くんみたいな子なら兎も角、僕がノンケをその気にさせられる訳ないじゃないか!」
「そう?」
久弥くんはまた、つまらなさそうに返事した。
「楽しいのは事実だけど、そんなんじゃなくてね。その…と、友達になったんだよ」
「友達ぃ?」
訝しむ久弥くんに、僕は紅くなった頬を掻いた。
「チャラ男ってのは誤解だったみたい。彼、僕と良く似てるんだ」
「見た目が?」
「ううん、中身が」
僕とは全く異なる華やかな容姿を持っている彼に、始めは一瞬で拒絶反応が出た。
どうせ、人生の勝ち組なんでしょう? 苦労なんて知らずに生きてきたんでしょう? そう、思ったのに。
「あんなに綺麗なのに、そのせいで人生を損してるって言うんだ。誰も俺を求めてない、とか…本当の自分を見てくれない、とか」
「なにそれ」
「馬鹿みたいに聞こえるでしょう? でもね、僕はよく分かるんだ。自分に自信が無くって、寂しくって、でも救いが見つからなくてどんどんネガティブになる気持ち、凄くよく分かる」
ずっと、誰にも必要とされずに生きてきた。何をしても、しなくても陰口を叩かれ排除されてきた。
彼とは事情は違っても、似たような苦労をしてきていたのだと思うと他人事になんて思えなかった。
「不思議なことにね、僕、彼の事になると凄く前向きに考えることが出来るんだ。それでね、驚くことに彼も! 僕の事なら前向きに考えられるって言ったんだ」
それって凄いことだ! と僕ははしゃいだ。でも。
「それ、普通の事だから」
「え?」
「誰だって人のことは前向きに捉えられるもんだよ。だって、結局は他人事だもん」
久弥くんが乱暴に煙草の火を揉み消す。
「ねぇ、そんなことよりさ、もっかいヤろうよ」
「へ…」
「ボク、今日はまだ何か足りないんだよね」
「で、でも僕…もうシャワーを」
「また浴びれば良いじゃない、ね?」
グイッと手を引かれ、殆んど着終わっていたシャツをもう一度剥がされる。
「ま、待って久弥くん」
「待った無し。もうこっちに集中して」
「やっ、やだっ、あっ!」
死ぬまでずっと、何も変わらないと思っていた。
人の波から弾かれ、誰からも顧みられることもなくて、寂しくて。ただ一時だけの快楽と、一時だけの温もりを感じる為に愛のないセックスに溺れる。
でもふと虚しさに襲われ、泣いて…それでもまた寂しくなって、こうして抱かれて眠る。
それで良いと思っていた。僕にはそれしか無いと思っていた。けど…。
本当の温もりってなんなのだろう。
本当の喜びってなんなのだろう。
今までは考えもしなかったことが何故か今は…
気になって仕方ないんだ。
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