×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
後編


 地獄を見たあの日以降、全く近寄る事のなかったテニスサークルの部室に行けば、まだ日置先輩の姿は無かった。

(日置先輩の嘘つきっ、早く来てよ!!)

 そこら中でコソコソと内緒話をするサークルの雰囲気に耐え切れず、部室の隅っこで急いで着替え始めたのだが…。
 背を向けた入り口のドアの開閉音がしたと同時に、ふいに周りの声がピタリと止まった。

「……?」

 何となく嫌な予感がして振り向く。するとそこには、予想通り今一番会いたくない相手である佐和先輩が立っていた。
 立っていた人は予想通りだったが、その先輩が浮かべていた表情は予想外のものだった。

(困ってる…?)

 だけど、そんな表情を見ても今の僕には佐和先輩の存在は怖くて、悪い意味合いでしか受け取ることは出来ない。
 適当にウェアに着替えると、避けるようにして部室を飛び出した。



 全く参加出来ていないサークルで友達なんか出来る訳もなく、僕はただコートの隅でぼうっとみんなを眺めていた。
 少し遠くの方に、後から部室を出てきた佐和先輩の姿も有る。彼の周りには今日も沢山の取り巻きが纏わり付いていた。

 その中にすら混ざれない、惨めな僕。

 どうして先輩はあんなにも変わってしまったんだろうか…。
 昔はもっと優しかった。何時も一人の僕に声を掛けてくれて、色んなことに誘ってくれた。僕の見た目がどうとかって悪口も言わなかったし、意味合いは僕のモノと違うにしても…嫌悪よりも好意が見え隠れしていた気がする。

 もしかすると、全部勘違いだったのかもしれない。そもそも、僕みたいな見た目もダメ、スポーツもダメ、勉強もダメ、何をやってもダメな奴が、先輩の様な完璧な人間に可愛がって貰える訳が無いじゃないか。

 はぁ、と諦めの溜め息をついた。


「ごーーーめんごーめん! 教授に捕まっちゃってさ!」

 遂に帰ろうかと思ったその時、すごい元気な声が頭の上から降ってきた。

「お、遅いですよ先輩!!」
「はは! 涙目になってら! よしよし、もう大丈夫だから泣くんじゃありませんよ〜」

 変に張り詰めた空気をぶち壊す日置先輩の存在にホッとする。些か周りがまたうるさい気がするが、今はこの存在を手放すことは出来なかった。に、しても。

「あの…この手、何ですか?」

 日置先輩の手が、どういう事か僕の腰に回されている。

「まぁまぁ、そんな不審がらないでよ。悪いようにはしないからさ?」
「そんな悪どい顔しといて…信じられるとでも?」

 ぐいぐいと腰を引き寄せて来る手に、どんどん近付いてくる顔。
 やられている事は明らかにセクハラなのに、日置先輩からはそんな雰囲気は感じられない。ただ、近付き過ぎる顔の存在には困るので、必死に押し退けていたのだが。

「何やってんだよ」
「あだ!」
「ぅわ!?」

 突然引っ張られた僕の右腕。その腕を軸にして、僕の体は日置先輩から強制的に引き離される事になった。その原因とは…。

「え…さ、佐和先輩?」
「こっち来いッ!」

 先ほどの困った様な顔なんてもうどこにも無くて、やっぱり佐和先輩の顔は怒りに満ち溢れてた。

(僕、また先輩を怒らせた?不細工なくせにサークルに来ちゃったから…?)

 想像以上に僕の腕を掴む佐和先輩の力が強く、痛みを感じる。そのまま引き摺られるようにして、僕は佐和先輩の後を必死で着いていった。




 佐和先輩は僕を部室に連れて行くと、僕の使っていたロッカーの中から荷物を勝手に取り出し、ポカンと突っ立ったままの僕の腕に全部乗せた。

「帰れ」
「え…?」
「二度とここに来んな」

 僕は目を見開いた。
 どうしてここまで言われなきゃならないんだろう。
 どうしてここまで嫌われなきゃならないんだろう。

 僕は、僕はただ…貴方を好きだと思っただけなのに。まだ、少しの気持ちも伝えられていないのに…。
 じわりと目頭が熱くなったところで、荷物を抱えたままの僕に佐和先輩がトドメを刺す。

「出てけっつってんだろ!!」

 突き飛ばされた僕は、コンクリートが剥き出しの床に倒れこむ。掌をついた瞬間に擦りむいたのが分かった。痛みを堪え手を握る。

「聞こえねぇのかよ? だったら聞こえるまで言ってやるよ、二度とその面を見せに来んなって言ってんだ。どうせ修二のケツでも追いかけて来やがったんだろ…虫酸が走るぜ」
「………ょ、」
「あ?」

 震える唇を開く。
 この震えは、悲しさから来るものなんかじゃない。これは……




 ―――怒りだ。




「好きな人を追いかけることは、そんなに悪い事ですかっ!?」

 怒りに震えた口は初めて、大好きな佐和先輩に噛み付いた。














 で、何でこんな事になってんの…?

「どっ、退いてくださいよ!! ひぃ」

 今僕の全身がガタガタと震えているのは、間違いなく…恐怖から来るものだ。
 威勢良く佐和先輩に噛み付いてみたものの、予想通りそれが気に食わなかったであろう彼に馬乗りになられ、僕は胸ぐらを掴まれていた。

「テメェ…やっぱ男のケツ追いかけてここに来やがったのかッ! オカシイと思ったんだ、普通に考えてもお前がこの大学を選ぶ訳が無ぇからな」
「な、何を目標にするかなんてっ、僕の勝手じゃないですかぁ!! ぎゃっ!」

 怖いくせにまた噛み付くと、今度こそ佐和先輩は目を釣り上げ…壁ドンならぬ、床ドンをして来た。顔が……近い。
 佐和先輩の事が好きな僕の心臓は、こんな状況であると言うのにトキメキに早鐘を打っていた。
 もう、完全に病気である。

「くだんねぇ理由で大学選んでんじゃねぇよ! ぁあ!?」
「くっ、下らなくなんて無い、無いです! 僕にとっては人生にも関わる程大きな問題で……痛ッ!」

 床ドンをしていた佐和先輩の片手が、凄い力で僕の前髪を掴んだ。

「痛っ、痛い!」
「そんなに好きかよ」
「やぁッ、痛いぃ!」
「人生に関わる程…そんなに、好きなのかよッ!!」

 前髪を掴む手に更に力が加わった。掴みあげられる前髪の痛みにも自然と涙が滲むが、それよりも心の方が痛かった。
 そんなに、貴方を好きなことはダメなことですか…?

「ふっ、ぅ……好き、です」
「ッ、」
「好きなんです…」
「……クソッ」

 僕の髪から先輩の手が離れる。その瞬間痛みも消える。でも、僕の口は止まらなかった。

「好きです好きです好きです」
「うるせぇ、止めろ」
「大嫌いな勉強を死ぬほど頑張れる程にっ、大好きなんです!」
「止めろって!!」
「ずっとずっとずっと、もう貴方しか見えないんです!」
「止めろっつてんだっ…ろ……あ?」

 僕の上に乗っかったままの先輩が固まる。

「好き好き好き好き!」
「ちょ、待て! 待てって! え、」
「僕はブサイクだけど、立場も弁えず超絶イケメンな佐和先輩の事が死ぬほど好きですぅ! 愛してますぅ〜」
「ッ、お、オイ」
「逢いたかったぁ! ぅあああん!!」
「待てってんだろこのバカナル!!」

 さっきまで僕に暴力を振るっていたその大きな手が、今度は僕の顔を包み込み固定した。

「お、おい、ナル」
「うっ、うっ、グス…あい、」
「お前……もしかして俺が…好きなのか?」
「うぇっ、あい。好ぎでふ」
「ッ、その……恋愛的な…意味合いでか?」
「ふぇ…ぜんばいど…ぢゅーじだぃでふ」
「クッ!!」
「ぐえっ」

 佐和先輩が頭を抱えて仰け反った。そのせいで支えられなくなった僕の頭は容赦なくコンクリートに打つかる。

「嘘だろオイ…え、ちょっと待てよ…え!? おまっ、お前いつからだよ!」
「ぐえっ!! な…何がでふかぁ」

 また胸ぐらを掴まれて上半身を持ち上げられる。さっきから佐和先輩は僕の上でやりたい放題だ。そんな状況に涙は自然に引っ込んだ。
 マウントポジを取られたままであまり状況に変化は無いものの、さっきの先輩と今の先輩では雰囲気が全く違う。怖くない。
 そのせいなのか、僕の頭の中は何だかポヤポヤしてきた。

 春だな。

「お前が俺を好きなのがだよ! いつからだよ!!」
「き…気付いたのは、先輩が卒業しちゃってからです。でも、多分初めて会った時から好きでしたぁ」
「はぁ!? でもお前、俺の誘い断りまくってたじゃねぇかよ!」
「だ、だってあの時は、周りの目が余りにも怖くってぇ」
「こ、このバカナルがっ!!」

 気付けば僕は、佐和先輩に抱きしめられていた。

「修二を追いかけて来たんじゃねぇのかよ…」
「え、日置先輩? 僕、日置先輩がこの大学に居ること今日知りました」

 はっ、と短く吐かれた息が首筋にかかった。同時に佐和先輩の腕に力が篭る。

「佐和先輩? ちょっと、力つよ…痛い」
「今までの無駄な時間を返しやがれこの馬鹿」
「え?」
「頼むから、もう俺を拒絶しないでくれ…」

 初めて見る佐和先輩の弱々しい表情と声。先輩は、先輩の胸につん張らせた僕の腕を外そうと握る。
 だから僕は…そのままそっと、腕の力を抜いた。




 のは、間違いだったかもしれない。




「ひぎゃあっ!! 何すんですか!?」
「ウッセェ黙れ! どんだけ俺を振り回したと思ってんだこの野郎ッ」
「ぇえ!? それ、僕のせいですか!?」
「ったりめぇだろボケ! お前のせいでどんだけ心が折れたと思ってんだよ!!」
「ぇえ〜? そんな柔な心してました?」
「……あ"?」
「ひッ!? ぃやあっ、あっ」

 突如佐和先輩の片手がウェアの中へと滑り込み、僕の腰や胸などの肌を撫でまくってくる。

「相変わらず可愛い奴だなテメェはよぉ、ああ?」
「せっ、先輩ここっ、何処だと思って…ひゃんッ! あっ、そこっ…ぃやッ」

 今度はもう片方の手が下半身に伸びて来たかと思うと、何とハーフパンツの裾の方から中に手を突っ込んできた。
 内太ももを触るその手つきは明からさまにエロい。幾ら何でもこれでは嬉しいより焦りが上回る。
 僕、このまま喰われるカモ…。

「まぁ悪いようにはしねぇからジッとしとけよ」
「ついさっきも似た様な言葉にハメられた気がすんですけどッ!?」

 頭の中で、日置先輩が意地悪に笑って消えた。

 何で佐和先輩が僕を遠ざけたのか。
 そして何で急にこんなことになっているのか。
 今の僕には全然分からない。

 ただ、唯一そんな僕にも分かることは…。

「ひぁっ!? なっ、何!? お尻でちゃッ、やだ! 何でそんなところ触るんですか!? あっ、ンあッ」
「っせぇな…ンなもん今からぶっ込むからに決まってんだろ?」
「やめっ、止めて下さいよッ!!」


 僕らの攻防戦は、
 まだ始まったばかりだという事だ。







「あ、ナル。お前テニスサークル今日限りで出禁だからな」
「え! 何でですか!?」
「ンな太ももチラ見せされて、我慢出来るわけねぇだろ?」
「なんの我慢っ!?」


END


続編へ



戻る