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特別だと言われた訳じゃない。
好きだと言われた訳じゃない。
でも、どうでもいい奴だ、と思われていなかった事が…凄く嬉しかった。
なのに、何で関係が悪化してるんだ…?
「混んでるんだから仕方ないだろ!?」
「それでも出ちゃダメなんだって!」
「じゃあどうやって捌くんだよ!」
「何とかなるって言ってんでしょ!? この分からず屋!!」
「はぁっ!?」
◇
今日は異常なくらいお客が多い。いつもなら次の日が月曜日だからと暇な時間帯も多いのに、今日は二十二時を回ったあたりから急激に人が増えた。
急遽店から一番近い場所に住んでいるスタッフを一名増やしたのだが、それでもみんなてんてこ舞い。だから俺も手伝おうとしたのに…。
「わっ、分からず屋って何だよ! 俺は仕事をしようとしてるだけだろ!?」
「だからそれがダメなんだって! 今日はあの男がまた…」
「竜馬! 何やってんの早くこっち来てよ!」
志津はまだ何か言おうとしたが、もう一人のバーテンダーに呼ばれ舌打ちをする。
「兎に角! 客に呼ばれても静ちゃんか麻美ちゃんか俺を呼ぶんだよ!」
「……」
「無視!? もうっ、可愛くないっ!!」
バンっ、とステンレスの台を叩いて出て行った志津を黙って見送る。いや、黙ることしか出来なかった。
「俺は男なんだ……可愛いわけ、ないじゃんかッ」
悔しくって、唇を噛み締めた。
よくよく考えてみれば、表が忙しいと言うことは裏も同じな訳で…俺が表を手伝うってことは実際難しかった。
「馬鹿な喧嘩したもんだよな…」
志津は今厨房から見える位置にはおらず、もう一人のスタッフが忙しなく動いているのが見えた。随分と忙しそうだ。
そうしてもう直ぐ日を跨ぐという時間になって、厨房の中へと声をかけてくる人が現れた。
「すいませーん! すいませーん! 誰かいますか〜?」
「…? あ、はい?」
「あ…、あ、良かった。ちょっと連れが気分悪いって言ってて。来てもらえます?」
辺りを見回すが、バーカウンターの二人も静さんも、皆お客の相手をしていて手が空いていない。まさか酔っ払いの相手を麻美ちゃんにさせる訳にはいかないから、一瞬逡巡するものの俺はカウンターから出た。
「何処ですか?」
机に肘をついているその人を見て驚いた。
(この人…前に来た人だ)
相変わらず身に纏っているスーツは仕立ての良いものだと直ぐに分かる上品なもの。
「あの、大丈夫ですか?」
「すまない…少し飲みすぎたみたいで」
「吐きましょう、それが一番楽になるから。トイレに立てますか?」
「今日は混んでいるし、店のを汚したくない。外に連れて行ってくれるだろうか?」
“店の外に出る”
その事に少し不安になった俺は後ろを振り返る。相変わらず麻美ちゃんも静さんもお客の相手をしていて忙しそうだ。どちらもこっちに気付いていないし、付き添って貰えそうにない。
そう思ってバーカウンターを見れば、
「ッ、」
先ほど俺と口論を繰り広げた男、志津の前に、一瞬女の子と間違えそうなほど可愛らしい青年が座っていた。
志津が、笑っている。
『可愛くないっ!!』そう怒鳴った志津を思い出して胸がチクリと痛んだ。
「あの、店員さん?」
俺を呼びに来た青年が顔を覗き込んできた。
「どうかしました?」
「すいません、平気です」
あれ程店内へ出るなと言ったくせに、志津はいま俺が外へ出ることにすら気付かない。
「肩に掴まって下さい」
俺は男性に肩を貸すと、彼の連れと共に店を出た。
「ここで吐きます?」
「いや…迷惑をかけるから、裏道で…」
「こっちの路地なら人通り無いし汚しても安心ですよ」
連れの誘導に従って少し薄暗い路地に踏み込むと、一応辺りを確認する。本当に誰も通らなさそうだ。
「よし、ここで良いでしょう。さぁ気にせず全部吐いて……ッ!?」
――な、何で!?
肩を貸していたはずの男性は、いつの間にか俺の目の前に立っていて…そして、そして俺は…。
「なっ、なに…」
「やっとお姫様を連れ出せた」
「早乙女さん、手伝ったんだから俺にもヤらせてくださいよ」
俺はどうしてか壁に背をつけたまま頭上で両手を拘束されている。
付き添いだったはずの男は、にやにやと笑いながら早乙女と呼ばれた男の後ろで俺たちの様子を見ていた。
「直ぐに気付かれる、今日は廻す暇は無いよ」
「ちぇっ!」
拗ねる男に声をかけながらも、早乙女はずっと俺を見据えている。口調は優しいままなのに、その目付きはまるで蛇のようだ。恐怖に身体が硬直する。
「はなっ、放してください! 何のつもりなんですか!?」
「何のつもりって、目的は一つだよ?」
俺の首元に顔を近づけたかと思うと、
「ひっ!」
ぬるっとした生暖かい物が、シャツから出ている部分を舐め上げた。そして両足の間に膝を差し込まれ上下に揺すられる。
「あっ! やっ、やぁッ、誰か! ンンっ!」
「あぁ…駄目だよ叫んじゃ…只でさえ時間が無いんだから大人しく、ね?」
口を塞いでいた手が離れたかと思うと、スラックスから引き抜かれたシャツの隙間を縫って入り込んでくる。
ヒヤリとした体温が素肌を撫でた。
「ぃやだっ、いやっ!」
「根本くん。彼の口塞いでて」
「ヘイヘイ」
「うンンーー! んんー!」
ただただ怖くて…涙が出た。
「うっわ、かーわいい〜」
「上玉でしょう?」
「やっぱヤりたいなぁ〜」
「駄目だよ、彼は僕のだ」
早乙女の瞳が更に不穏に光った。
嫌だ
怖い
助けて
志津ッ――――――
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