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「#エロ」のBL小説を読む
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「んっ、んむ…はっ、んん」

 俺は今イケメンに、絶賛唇を奪われ中です。


 ◇

 
「んぁ…んっ、はっ、はぁっ…」

 散々貪られ、漸く離された唇はヒリヒリと痛む。慣れない行為に息は上がり酸欠状態だし、足はガクガクだ。

「かぁわい」

 ふっと目の前で笑った超絶イケメンのミラクル王子こと氷川は、もう一度ちゅっ、と触れるだけのキスを俺の唇に落とした。

「てっ、テメェ!」

 振り上げようとした腕は相変わらず氷川に捕まったままで、両手は壁に縫い止められ、何故か恋人繋ぎをされている。

「次の授業サボるつもりか?」

 まだカナリ近い位置にある氷川の口が、少し低めの声を響かせた。

「だったら何だっつーんだよ」

 大人びた氷川の声に比べると、自分の声やセリフが何と幼いことか…。
 この目の前の男の存在は、今の俺にとってありとあらゆる劣等感をまざまざと見せつけて来るのだ。
 俺のセリフに少しの間を開けて氷川は小さな溜息を吐くと、「ちゃんと戻って来いよ」と言ってそのままその場を去っていった。
 呆気なく解放された手をぼんやりと見つめていると、間も無く授業開始のチャイムが鳴った。




「何、まぁ〜だ抵抗してる訳?」

 ギロリと睨んだ目に怯えることもなく、内田は隣へ来ると煙草に火を付けた。

「もう観念したらぁ?」

 ふぅ〜っとわざと俺の顔に煙を吐きかけてくるので頭を叩いてやる。

「俺は!男なんか好きじゃねーの!」
「いやいや、お前もう何回氷川にキスされてんのぉ。さっきだって結局気持ち良くされちゃってさぁ?」
「おまっ! 見てたのかよ!?」
「見られたくないなら他所でやってよぉ。俺だってここ使ってんだからさぁ」

 確かに屋上は俺と内田の溜まり場。
 三年はボコボコにしてやってから現れなくなったし、一年は元からビビって上がって来ない。

「あれはっ、彼奴が無理矢理…」
「でもさぁ、抵抗してないじゃん。本気の抵抗ってやつをさ?」
「っ、」

 内田が言ったことは図星だった。
 きっと、めちゃくちゃに暴れれば氷川からのキスは避けられる。けど、何故かそれを出来ないでいた。

「おっ、俺は……自分より強い奴じゃなきゃ認めねぇ!」
「まぁでもさ、あのミラクル王子……多分喧嘩強いよ?」

 冴島だって分かってんだろ? と、内田は煙草の火を消すと立ち上がった。

「ガチの抵抗じゃないにしても、毎回冴島の拳を簡単に捕らえてんだぜ?ありゃ、ただの優等生じゃねぇよ」

 あまり他人に興味を持たない内田には珍しく、とても面白そうに笑っている。

「あの王子様がもしお前より強かったら、彼奴の気持ち、受け入れんの?」

 ずっと自分の中で燻っているこの気持ちと、中々崩すことを出来ずにいるプライドにも何か変化が起きるだろうか。

「……何か答えは出るかもな」

 よし、氷川と決闘しよう。それで俺が勝ったら、もう俺に関わらせないようにしよう。もしも負けたなら、その時は彼奴の思うように従う。
 決めたら即行動の俺は、今が授業中であろうことも忘れて教室へ向かった。

 
 ◇

 
「嫌だ」

 たったその一言で俺の計画はポシャった。

「何でだ!!」
「それこそ、何で好きな子と殴り合わなきゃならないんだ」
「すっ!?」
「こらお前らっ!! 今は授業中だぞ!!!」

 頭を禿げ散らかした世界史の教師が怒鳴った事で、俺のイライラは頂点に達した。
 そのまま氷川の横を通り過ぎて自分の席からカバンをむしり取ると、思い切りその机を蹴っ飛ばして教室を出た。
 後ろからジジイが何か叫んでいたけど知ったこっちゃない。

 そのまま俺は学校から出て行った。



 確かに、確かに俺は彼奴に惹かれてんだろうよ。それも、あんな破廉恥な行為を受け入れてしまう程度には。それでも急にそんな気持ちを認められる訳が無いだろ?
 ずっと女が好きだったし、まだ女とも付き合ったことも無いし…。それなのにいきなり男と、しかも何か俺が押し倒されそうな雰囲気だし。

「くっ! テメェさっきから何ブツブツ言ってやがる! オラァ!!」

 イライラしながらの帰り道、そんな時は空気を呼んだかの様にこう言う奴らが寄ってくるんだ。

「うるせぇ! お前らに俺の気持ちが分かってたまるかぁあ!!」
「あぐぅ!」
「うぁあっ」
「ぐお!!」

 隣街の高校の制服を纏った三人組を蹴散らして憂さ晴らしする。さっきより少しばかりスッとした気持ちに、ゴロゴロと転がったそいつらへ感謝した。
 パラパラと降り出した小降りの雨も、今の猛った気持ちを冷やすのには丁度良い。濡れるのも構わずゆっくり歩いて帰った。




 次の日、朝起きると何となく体が重い。
 けれどそれはちょっとした違和感に過ぎなかったので、そのまま学校へと向かったのだが。

「さ、冴島君。顔色悪いけど大丈夫…?」

 教室に着くなり隣の席のメガネ君が声をかけて来た。珍しく早く着いたので氷川はまだ来ていない。

「ん? あ、あぁ…」
「気分悪くなったら、早めに保健室行くんだよ?」

 普段なら絶対に話しかけて来ないのに、そんな心配そうな顔をして声までかけてしまう程いまの俺は酷い顔をしているのか?
 何となく居た堪れなくなって、そのまま教室を出て屋上へ向かった。



「…ぃ……まっ! …い! おいっ!!」

 声が聞こえた気がして寝ぼけた目を開けると、眉間にシワを寄せた内田が俺を覗き込んでいた。

「ん…あれ………内田?」

 寝転んでいた態勢から起き上がるものの、何故か体がふらつく。

「冴島、お前大丈夫か? 今日はもう帰れよ」
「…は?」

 無意識にこすった額には汗が浮き出ていた。

「息も荒いし顔も赤い、それ絶対熱あんだろ。それをこんな屋上で寝るなんて自殺行為だこのアホ!」

 そう言って無理に立ち上がらされ、屋上から連れ出されて連行されたのは保健室。
 しかし中に保険医がおらず、内田は保険医を探しつつ担任に知らせに行くと言って出て行った。
 待っていろと言われたが、もう何もかも面倒でこのまま帰ってしまうことにした。カバンが教室に置いてあることに気付いたが、財布と携帯はポケットに入っている。
 まぁ別にいっか、とそのまま校舎を後にした。

 それが仇になるとも知らずに…


 ◇
 

「昨日の威勢はどうしたよ!」
「俺たちの人数にビビったのか!? ひゃは!」

 自分で言っていて恥ずかしくないのかこいつら。
 昨日ボコボコにしてやった三人組が、プラス二人連れて待ち伏せしていやがった。

 五人。普段なら何とかなる人数だが如何せん今日はこんな体調だ、分が悪い。
 だがこんな奴らにそんな話が通用するはずもなく俺は真後ろから羽交い締めにされていた。

(あぁぁ…目が回る……)

 俺の体調なんてお構い無しのそいつらに、振り上げられた拳で無防備な頬を殴られ口の端が切れた。
 後ろからの拘束を解かれた瞬間に体は重力の虜となり地面に倒れる。
 力の入らない手で何とか上半身を起き上がらせ、余り上手く映すことの出来ないの目で奴らを睨み上げると、何故かそいつらはピタリと動きを止めた。

「おい………お前そっちから体抑えとけよ」
「え、まさかお前」
「俺、次…」

 訳の分からないことを話し始めたかと思うと、そいつ等は先程までの暴力とは違う変な動きをし始めた。
 ぐったりとした俺を立てせるでもなく、後ろから両腕を掴まれ背中で固定される。
 立てている俺の膝の間に一人が滑り込むと、何故かそいつは俺のシャツに手を伸ばす。

 何で俺を殴らない?
 何で俺のシャツを脱がそうとしてる?

 朦朧とする頭では何が起きてるか深く考えられなかったが、何と無く嫌な予感が過る。

(まさか、こいつら…)

 開かれたシャツからは荒い呼吸で浮き沈みする胸が露わになり、薄っすらと汗をかいて光っていた。

 ――ゴクリ…

 俺のではない誰かの喉が鳴る。

 強烈な目眩に襲われ、その意味を考えることもままならず再び体の力が抜けた。
 倒れると誰かの膝に背中を預けたようで、晒された胸を目の前の奴に突き出すような態勢になると相手の目がギラリとイヤらしく光った。

 予感は間違ってはいないと気付くが動けない。
 確実に先ほどより熱が上がっていた。

 ハァハァと荒い呼吸を繰り返すが、気付けばその呼吸は俺だけのものでは無くなっていた。
 生暖かい風が胸元にかかって気持ちが悪く、吐き気がする。

(ちくしょう、殴り飛ばしてぇっ)

 そう思った瞬間、それはドッという音と共に何処かへ消えた。
 二人ほど纏めて吹っ飛んだ様だ。

 背中を預けていた膝の主が慌てて立ち上がった様で俺は更にひっくり返った。
 そうしてひっくり返った先に見えたものは…

 「ぁっ、ひ…かわ?」

 ボヤけた視界でもよく分かるスタイルの良いその男は、紛れもないあの氷川だった。

 膝の持ち主も既にやられて床に突っ伏しており、氷川は残りの二人を前に背にはゴゴゴゴゴッと効果音をつけて立っていた。
 
 何でお前がここにいるんだ?
 こいつら喧嘩強いぞ?
 怪我したらどうするんだ?

 何やらごちゃごちゃ頭で考えてるうちに、氷川はあっと合う間に二人を床に転がしていた。
 何という綺麗で無駄の無い動きだ。


 強い…


 しかし氷川の怒りはまだ収まらぬ様で、倒れている五人をこれでもかといたぶった。
 おい氷川、もうそこまでにしとかないとマジでそいつ等死ぬぞ? そう言いたいのに意識は遠のき視界は真っ暗で、音もいつの間にか掻き消えていた。


 ◇


 はッ、と目を覚ますと、そこには見慣れぬ天井が広がっていた。
 暫くパチパチと瞬いてみたが、見知らぬ景色は変わることなくそこにある。のそりと起き上がれば体が痛んだが、朝起きた時に感じた体の重さはもう無かった。

「ここ…どこだ?」

 窓の外は爽やかな水色。どうやら朝の様だ。
 横になっていたベッドのダークグレーのシーツは、パリッとしていて清潔感が半端ない。
 身に纏っている寝間着も当然自分の物ではなく裾が余っていた。
 くるりとその室内を見渡せば、モノトーンで整えられた部屋は物が少ないのにオシャレだ。
 誰かの私室で有る事は間違い無いのだが、それが誰かが分からない。
 どうやっここに来たんだっけ?と記憶を辿れば、最後に目に映った人物を思い出す。

「……氷川?」
「なに」

 独り言として呟いた言葉に、突然開いたドアから現れた相手が返事をした。

「え…ぁ、え?」
「具合はどう」

 スタスタと近寄ってきた氷川が俺のおでこに冷たい手を当てて、暫し間を置いた後「熱はもうないな」と言って離れた。

「ここ…」
「俺んち」
「え、何で」
「昨日、隣街の奴等に絡まれたまま熱で意識失ったんだ。家がわからないからここに連れて来た」
「す、すまん。…あっ!あいつらは!?」

 そう言えばあいつら、氷川にボッコボコにされてたけど!?

「途中で内田に任せて来たから知らない」

 内田の名前が出たことで多少ホッとした。
 あいつも喧嘩は強くキレるとヤバイこともあるが、記憶にある氷川よりはまだマシだと思った。

「えっと……っ、」

 助けてもらったのだからお礼を言わなければと思い相手を見上げると、そこには見たこともない程冷たい表情を浮かべた氷川が立っていた。
 怒ってる。言われなくてもその表情だけでわかった。

「どうしてあんな状態で帰った?」
「え?」
「熱あったんだろ。内田にも待つように言われてたのに」
「あ、あぁ…その、帰れると思って…」

 自分の浅はかな行いを責められているのだと気付いて居たたまれなくなり、無意識に目を逸らし俯いた。
 いや、俯こうとした。

「冴島……彼奴らに何されそうになってたか、分かってるか」

 俯きそびれた顔は顎を取られ、クイと上を向かされ強制的に目を合わさせられる。

「俺が見つけた時、お前は彼奴らにシャツを脱がされてた」
「へ? シャツ?」
「魔が差したと言ってた」
「魔が、差す………あっ!」

 意識が朦朧としていたので忘れていたが、あのバカ達が俺に何をしようとしたのかを思い出してしまった。
 氷川との事がなければ全く頭に浮かばない発想だったが、間違いなく彼奴らは俺を女の代わりにしようとしていた。

「冴島は、危うくレイプされかけたんだよ」

 言われた言葉にゾッとする。今更体がぶるりと震えた。

「もし、誰も間に合わなかったらどうするつもりだった? もしも全て手遅れだったら、どうするつもりだった?」
「ひ、ひかっ…んぅっ!」

 掴まれていた顎をもっと強く固定され、噛み付くようなキスをされる。

「んっ、ぁんぅ…はっ、んん」

 ぐちゅぐちゅと口内を激しく掻き回され、吸われ、角度を変えては舌を絡め取られる。
 幾度もされてきたどれとも違う酷く荒いその口付けが怖くなり、氷川の胸元にしがみ付き瞳を閉じた。

「いぁっ」

 口元の傷を舐められピリッとした痛みが走る。
 涙の滲んだ瞳を開ければ、俺の肩を掴んだまま今度は氷川が俯いていた。

 掴まれた肩から伝わる震え。


 …泣いてる?


「氷川…?」
「喧嘩の傷だって本当は付けて欲しくないのに…もしもあんな形で冴島が傷つけられていたら、俺は…」
 
 手の震えが強くなった。

 俺が決闘をしようと言った時の氷川の本気で嫌そうな顔に、あの時はただムカついて腹が立った。
 氷川に惹かれる理由を、自分が納得出来る理由を作りたかった。

『俺より強い』

 ただそんな事に俺はしがみ付いて流されようとしていた。
 この男がどれだけ俺を大事に思ってくれてるとか、そんな事は考えもしないでただ、自分の小ちゃなプライドを守りたかった。

「なぁ…ごめん、ごめんな氷川。俺、俺……」
「反省…してる?」
「してるっ! してるしてる! 助けてくれて本当に感謝してるしっ」
「もう無茶はしない?」
「しないっ! しないしない! 絶対しないっ!!」
「俺に惚れてくれた?」
「惚れたっ! 惚れた惚れたっ! ほれっ……ぇえっ!?」

 ――ガッ

「それ、信じるよ?」

 肩に有った手が今度は顔をガシッと掴み、上げられた顔にはニタリとした笑みが浮かんでいた。

「おまっ! 泣いてねぇじゃん!!」
「勝手に勘違いしただけだろ」
「なっ、なっ、」
「冴島は危なっかしいから、誰かに取られる前に俺がしっかり貰っておく」
「へぇぇえ!?」

 見事な手付きで寝間着を剥ぎ取られる。

「ちょっ! お前なにっ、あっ!」
「待った無し。これはお仕置きでもあるからな」
「あっ! わわわっ…ぁあっ、あ!!」

 抵抗なんか効く訳ない。だって“本気の”じゃ無いんだから。
 
 俺を助けるために奴等をボコってる姿が目から離れない。
 普段は決して見せない余裕の無い顔が、俺を捕えて離さないんだ。

「氷川」

 翻弄されながらも背中に腕を回し力を込めれば、氷川は珍しく驚いた顔を見せた。

「……好き」
「っ!?」
「大好き」

 たまには、王子様の唇を奪ってやるような姫様でもいーんじゃね?
 驚いたまま固まってしまった目の前のミラクル王子に、俺はちゅっと触れるだけのキスをした。

 まぁそれが、王子のやる気に更に油を注いだ事は言うまでもなく。
 結局そのまま俺は、隅から隅まで氷川に美味しく頂かれてしまったのだった。


 ◇


「お前、あの後ミラクル王子に何もされ無かった?」
「は!?」

 襲われた日から二日後。
 漸く登校した俺に向けられた、内田の突然の言葉に動揺する。

「殴られたりとか」
「あ、あぁ…そっちね。されてないけど」
「……」
「……」
「へぇ…」
「…な、何だよ」
「氷川のこと認めたんだ」
「えっ?」
「かなりキレてたからヤバイかと思ったけど、そっちに進んだ訳ね」
「えっ!そっちって、そっ、え!?」
「お前煩い。バレバレだっつの」

 こいつ、何て鋭い奴なんだ!?

「美咲」
「あっ、義経!」

 混乱という濁流に飲み込まれかけた俺の思考は、色気のある綺麗な声に正常な流れへと戻された。

「今日は風が冷たい。病み上がりなんだから教室に戻りな」
「あーい。じゃ、またなぁ」

 長くて綺麗な手に引かれて屋上を後にした俺には、内田の嘲笑と呟きなんか全く届かなかった。

「早速名前呼びって………彼奴、可愛すぎだろ(笑)」


 うん、全く届かなかった。

END



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