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ビタースウィート・オレンジチョコレート



 ガタッ!!!

 はっ、はっ、はぁっ…

 辺りを見渡せばいつの間にか夕陽は完全に落ち、部屋の中は真っ暗になっていた。
 夕方学校から戻り、少しばかりうたた寝をしようとベッドへ横になったのが拙かった。

 一年ほど前から、ほぼ毎晩悪夢に魘されている。

 どろどろとした真っ黒な闇に呑み込まれる様な、兎に角不愉快な夢。
 いつでも目を覚ませば全身に嫌な汗をびっしょりとかいていて、気分は最悪だった。ただし、咲夜を抱いて眠る日だけは不思議と悪夢を見る事はなかった。
 あの悪夢が一体何処から来るものなのか、本当は分かっている。

 一年前のあの日、大切である存在を己に縛り付けた。
 悪魔に魂を売りどんな手段を使おうとも手に入れると決めた時に、俺は人で有ることをやめたのだ。
 けれど心はその決意を裏切り、俺の奥深くでいつだって罪悪感にもがき苦しみ、暴れていた。
 拭いきれぬほどの罪に濡れておいて、未だに赦されようとする自分の愚かさに小さく舌打ちをした。

 今日は2月14日金曜日、バレンタインデーだ。
 未だに新婚気分の両親は、バレンタインを二人きりで過ごしたいと休みを取って今朝から出かけて行った。
 戻るのは日曜日の夜だと言うから随分ゆっくりだ。
 気怠い体を起こしベッドから出ると、俺はリビングへと足を向けた。


 階段を降りると、リビングのドアから明かりが漏れていた。
 両親が忘れ物でもしたのだろうか。
 少々おっちょこちょいな義母を思い出しドアを開けると、そこには居るはずの無い人物がテーブルについていた。

「咲夜…」

 命よりも大切な、俺の……弟。

 部活が忙しい弟は、学校の寮に住んでいる。
 今週は久しぶりに日曜が休みになった為、土曜の夜に実家へ戻って来る事になっていた。しかし今夜は金曜日だ。一日早い。

「お前、何で……明日部活は?」
「ある」

 素っ気なく返されるその声音に、らしくもなく胸がツキリと痛む。胸を痛める資格など無いのに。
 咲夜は俺から目を逸らし、ソファへと目を向けた。つられて同じようにソファを見ると、そこにはパンパンに膨らんだ紙袋が三つ。

「今年も凄いな」

 中に詰められている物がなにか、言わなくても分かるらしい。
 昔からこの下らない日が大嫌いだし、それは今でも変わらない。

「直ぐに捨てる」

 そう口に出すと、咲夜は複雑そうな顔をした。
 人の気持ちを簡単にゴミ箱に入れられる、最低な奴だとでも思ったのかもしれない。けれど、俺にとって咲夜以外の人間などゴミに等しい。
 最低だと罵られてもそれだけは事実なのだ。
 再び咲夜に目を向けると、彼は顎で自分の座る反対側の椅子を差した。

「座って」

 何処か何時もと違う咲夜の様子に、何故一日早く帰って来たのか、という疑問も忘れて指示に従う。俺が椅子に座ると咲夜はおもむろに脇に置いてあったボストンバッグを探り始め、何か取り出すとテーブルの上に置いた。
 ネイビーの包みにブラウンのリボンが付けられた、シンプルな長細い箱。それをツイと指で押して俺の前に差し出した。
 どう考えても自分に向けた物なので、戸惑いながらもその箱を受け取りそっと包みを開けた。

 中から現れたのは、六粒のチョコレート。
 外の包みと同じく、中心に少量の金箔を乗せただけの無駄のないシンプルな飾り付けをされたチョコレート。
 驚いて咲夜を見ると、サッと目を逸らす。

 俺は甘い物が苦手だ。
 勿論チョコレートも例に漏れず苦手だ。だが、そんな事はいま重要ではなかった。重要なのは、咲夜がバレンタインに俺宛のチョコレートを用意してくれたと言う事実。
 泣きたい程に嬉しかった。
 例えそれが、母の幸せを護る為の義務からだったとしても。

 「食って、いいのか」
 「…良いに決まってる」

 相変わらず俺を見ようとせず視線を外したままの咲夜。
 繊細さの漂うそのシンプルなチョコレートを1粒掴むと、口の中にコロンと転がし、俺は思わず目を見張る。

 「咲夜、これ…」

 口の中に広がる苦味と爽やかな甘さ。

 「オレンジチョコレート」

 そう言った咲夜は、今まで見たことの無い様な真剣な顔をしていた。
 
 「甘いもの苦手だよね」
 「え…」
 「あんた、昔俺に言ったよね? 俺のこと見てただろって。認めるよ、俺は…ずったあんたを見てた。だから知ってる。そんな大人っぽい顔してハンバーグが一番好きなことも、好き嫌い無いって言ってるけど、本当は野菜が苦手なことも」

 親すら気付いていない事実に、俺はごくりと唾を飲む。

 「それに、甘いものが苦手で、もちろんチョコも苦手。でも、知ってる。オレンジチョコレートだけは食べられること。見てたよ、ずっと、ずっとあんただけを見てた」

 まるでその場の時が止まったかの様だった。
 ただ二人で見つめ合う。

 「なぁ、俺…俺はっ」

 普段無口な咲夜が、まだ言葉を紡ごうとするが唇を奪う。
 それ以上の言葉はもう必要なかった。
 始めは戸惑った様子の咲夜も、次第に拙いながらも反応を返してきた。暫く唇を奪った後、解放する。

「咲夜、お前晩飯は…」
「…いらない」

 そう言った咲夜は瞳を潤ませ、頬を紅潮させる。俺は席を立つと咲夜を抱えあげ、自室へと向かった。

 赦されたいとは思わない。
 罪が消えるとは思っていない。
 まさか、愛して貰えるなどとも思っていない。

 だけど、どうか愛させてくれ。
 こんなに醜い俺に安らぎをくれるお前のことを。

 きっと今夜は久しぶりに眠れるだろう。
 


 抱きしめれば返される温もりと、香る甘さに包まれて。


END





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