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塁編***


『なんで泣いてるの?』

 幼稚園の隅で、一人蹲って泣いている男の子が居た。話しかけても振り向かないその顔が、俺はどうしても、どうしても見たくて。

『ねぇ、どうしたの?』

 もう一度声をかけ、その子の肩にそっと手を触れる。

『ッ、』

 振り向き俺を見上げたその優しい色の瞳。
 こぼれ落ちた涙は、真珠の様に純真に輝いた。



 ◇



「ねぇアオ、これ見て?」

 大学から急いでバイト先へ向かえば、逢いたくて堪らない相手は既にそこに居た。その子は真っ青な色を持つ男に向けて、自身の手に持つ本を傾け、何やら嬉しそうに話をしている。
 その笑顔は春の陽射しの様に柔らかい。

 背が高く男前な見た目からは想像も付かないほど、可愛らしい内面を持つ慎也。
 若菜さんや竜二さん、そして悠也さんと言う華やかな面々に囲まれながら育った慎也は、大人から子供までの多種多様な人間たちから僻み妬みを向けられ生きてきた。

 優しく、穏やかで柔らかい心を持つ慎也にはとてつも無い負担を与える環境だったと言える。そんな状況では人間不信にならない事の方が奇跡的で、実際慎也は俺たち以外を近くに置こうとはしなかった。

 俺たちは、それを敢えて見て見ぬ振りしてきた。
 慎也の側に俺たち以外は要らないのだと…暗黙の了解の様に、誰も口にはせずとも決まっていた事だったのだ。

「おはようございます塁さん。そんな怖い顔で睨まないで下さいよ」

 入り口に突っ立ったままの俺に気付いたアオが、呆れた様な顔を見せて言った。

 分かってる。こいつは慎也を、俺たちと同じ目で見てはいないって。でも、この気持ちは理屈じゃない。
 慎也の側に居る者は、例えそれが慎也の家族であろうと、ペットであろうと、何であろうと関係なく気に入らないのだ。

「あ、塁! おはよ〜」
「はよ」

 こっちを見てパッと花開いた慎也の笑顔に、腹の中で渦巻いていた嫉妬心が少しだけ薄まった。でも、まだアオとの距離の近さが気に入らない。

「なにしてんの」
「あぁ、これ?」

 慎也が手に持っていた雑誌らしき本を俺にも向ける。その動きのせいで、アオから少しだけ距離が開いた。

(もういっそ、こっちに来たらいいのに)

 そう思った時には自分から近づいていた。慎也の腰をそっと抱くと、慎也を挟んだ向こう側のアオと目があった。

「なに?」
「これ、今日発売の雑誌。うちのお店が載ったんだよ」

 見せられたページを覗けば、そこには数週間前に取材を受けた記事が掲載されていた。記事には写真が載せられており、店内の様子と店長である悠也さん個人の写真、そして少し小さめに“イチオシイケメン”と称して俺、若菜さん、竜二さん、アオの四人の働く様子も載っていた。
 何故か四人の中で、俺だけが少し大きく写されている。

「何だこれ」
「いつ撮られたんでしょうね? 全く気付きませんでした」
「記者さんが悠くんに載せても良いかって確認取ってたよ。好きにしてくれって言ってた」

 俺とアオは顔を見合わせ、同時に眉を顰めた。

「雑だな」
「雑、ですね」
「ん?」

 悠也さんの慎也への甘さは十分理解しているし、俺も同じだし、そしてそうでなければ困るとも思う。けど、その分他人への扱いがとんでもなく雑なのだ。
 この写真の対象が慎也であったなら、即座にそのデータは消去されていたに違いない。もしかすると記者の存在さえ消去されてしまっていたかも…。それがシャレにならないのが、慎也の“特別”を貰っている奴らの質なのだ。

「アオ! 休憩中悪いけどちょっと手伝ってくれ!!」

 厨房の方から悠也さんの声が響いた。雑誌の影響なのか、どうやら今日は平日なのに盛況なようだ。

「じゃあちょっと失礼しますね」
「あ、うん。僕らも直ぐに行くね」

 アオがひらりと手を振り、バックヤードから姿を消した。

「やっぱり、みんなは凄いね」

 アオの消えた先から視線を外し、ポツリと隣から聞こえた声に振り向くと、慎也の目はまだ雑誌の中を見つめていた。

「悠くんも、若菜さんも、竜二さんも、アオもみんなカッコイイ。それに見て、塁なんてちょっと大きくされてるよ? カッコイイ…塁、凄くカッコイイね」

 慎也の声が俺の全身を揺さぶった。湧き上がる欲求に背中がゾワっと粟立つ。

「またお客さんが増えるね」

 そう言って慎也がふにゃりと笑うが、その目はまだ写真を見つめたままだった。
 俺は、その雑誌の中の自分にまで嫉妬した。






「なぁんで塁だけ写真がデカいのぉ〜?」
「そりゃ、この中じゃ一番“正統派”だからだろ」

 閉店後のバックヤード。面白くなさそうに雑誌を掲げる若菜さんに、竜二さんが紫煙を吐き出しながら答える。
 竜二さんのセリフは、それだけ見れば俺を擁護している様にも思えるが、それは大きな間違いだ。二人は俺を馬鹿にしている。

 俺の蟀谷に青筋が浮かぶ。怒りで力む手をぎゅっと握るが、それを二人にぶつけることが俺には出来ない。
 俺は、ちっとも格好良くなんてない。全部が薄っぺらで、中途半端で、何もできない。
 そんな自分が嫌いだ。俺は俺自身が、大嫌いだ。


 ◇


「塁」
「あ…ああ、なに?」

 今日は久しぶりに慎也が家へと来てくれた。あの日、俺のせいで怒らせて以来の事だ。

「もしかして怒ってる?」

 慎也が不安そうな顔をして、心ここに非ずな俺の顔を覗き込んできた。

「雑誌の事?」
「いや、違う。怒ってない」

 そう伝えても、まだ不安そうな表情が解けない慎也の頬をそっと撫でる。すると、慎也はその手に自身の手を重ねた。

「若菜さんと竜二さんの事、怒らないであげてね」
「え?」

 一瞬図星を刺されドキッとする。

「自分で言うのも恥ずかしいんだけどさ…ふたりにあんな事を言わせてるのは、きっと僕のせいだと思うから」

 慎也はそう呟くと目を伏せ、頬に当てたままの俺の手をきゅっと握った。

 知っている。俺があの二人に目を付けられていることは。それが間違いなく慎也絡みの事で有ると言う事も、分かってる。
 でもそれは、慎也のせいなんかじゃない。

「慎也が謝る事じゃない」
「塁…でも」
「俺のせいなんだ。全部全部、俺のせいなんだ」
「え…?」

 俺は昔からあの二人に敵わない。いや、あの二人だけじゃない。悠也さんにだって、それに今ではアオにだって劣っている。
 俺は人を寄せる。それは他の五人も同じ事なのだが、俺は特に寄せるのだ。でも、それは決して俺が彼等よりも人気が有るとか、そう言った理由じゃない。

 あの人たちはみんな、近寄ってくる人間を選んでいる。勿論物理的な話では無くて、そう言うオーラが出ているのだ。“気安く近寄ってくるなよ”と。

 昔、俺は悠也さんに忠告を受けたことが有る。
『お前はガードが浅すぎる。もう少し人を遠ざけないと、いつか慎也を傷つけることになるぞ』と。
 でも俺はその忠告を上手く生かすことが出来なかった。その結果、悠也さんが危惧した通りの事が起きてしまった。そう、あの忌まわしい【三木晴斗】の事件だ。

 悠也さんは俺を責めなかった。若菜さんと竜二さんも、何も言わなかった。でも、きっと言いたかったはずだ。
『お前のせいだ』と。

 あの日、慎也の異変に気付いていたのはアオだけだった。
 あの時、もしもアオが気付かなかったら、慎也は…。

「全部、中途半端な俺が悪いんだ。悠也さんの様な余裕も持てないガキだし、若菜さんや竜二さんの様に強くも無い。その上アオの様に傍から見守る決心もつかない。その癖お前を危険な目に合わせるのは、いつも俺だ」

 俺に寄って来た人間が、いつも慎也に危害を加えようとする。
 分かっているのに、それを事前に食い止める事すらできない。分かってる。ただ俺は害でしかないのだと、分かってる。

「俺はお前の側に居ちゃいけないんだ」

 それでも。分かっていても、俺は慎也から離れる事が出来ない。そう口にしようとした時だった。

「馬鹿な事言わないで」

 慎也が俺を見ていた。
 その目はいつもの様な柔らかい物では無く、真剣で、酷く熱かった。

「塁があの日の事を今でも悔やんでるのは知ってる。でもね、竜二さんも若菜さんも、それに悠くんも。あの日の事で塁を責めるつもりなんて無いはずだよ。だって、塁は何も悪くないんだから」

 頬に当てていた手を外されたかと思うと、慎也は俺を抱きしめた。

「若菜さんと竜二さんが塁に意地悪するのはね、全然違う理由なんだよ」
「え?」
「さっき言ったでしょ? ふたりの事は、“僕のせい”だって」

『自分で言うのも恥ずかしいんだけどさ…ふたりにあんな事を言わせてるのは、きっと僕のせいだと思うから』

 先ほど慎也が言った言葉を思い出した。でも、いまいち意味が分からなくて首を傾げる。

「あのね…前に僕、ふたりに言われたことがあるんだ。ううん、ふたりだけじゃない、悠くんにも言われた。『やっぱり慎也にとって塁は“特別”なんだな』って」
「特別…?」

 俺は思わず抱き着いていた慎也を引きはがした。
 少し抵抗を見せつつも離れた慎也の顔は、夕陽色に染まっていた。それを見られたくないのか、慎也は俺とは目を合わすことなく床へと顔を背けてしまう。

「勿論、悠くんも若菜さんも竜二さんも特別だよ? だって、僕のことを“弟みたいだ”って可愛がってくれるし、悠くんは従兄弟だし…。けど、塁は幼馴染で、親友でしょ?」

 思わず“弟を抱く兄なんて居ない”と言いかけたけど止める。同性の親友を抱こうとする男も、滅多にいやしないから。

「塁だけなんだ、僕と対等に居てくれるのは」

 悠也さんも若菜さんも竜二さんも、そして形は違えどアオも、全力で慎也を大切にしている。けど、それが対等な目線でない事は俺でも分かった。
 彼らは慎也を加護の対象としているのだ。護らなければならない対象だと思っているのだ。

「俺だって、慎也を護りたい」
「ありがとう。嬉しいよ」
「あの人達だって同じだろう?」
「うん、そうだね。凄く有り難いって思ってる」

 でもね。慎也は俯けていた顔を上げ、俺を見据えた。

「護ろうとするとき、悠くんたちは前に立ってくれる。でもね、塁は僕の隣に立って、手を繋いでくれる」

 それが凄く嬉しいんだ。そう言って慎也は笑った。

「塁、ありがとう。大好き」

 俺を見つめる慎也の瞳は、少しも揺れてはいない。


 その瞳に
 吸い込まれてしまうかと思った。



 ◇




「んっ、…ンふっ、んぁっ」
「慎也、口もっと開けて…んっ、」

 抑え気味にしか開けないことに焦れて、親指を慎也の口に入れる。慎也はその指を甘噛みして返した。慎也が無意識にそんな反応をする。
 滑り込ませた手でシャツを脱がせれば現れる、慎也の滑らかで引き締まったカラダ。多少薄くなってはいても、その肌には明らかに愛された跡が残っていた。

 もう、慎也は何も知らない子供ではない。愛される喜びを知ってしまっているのだ。そう思うと、思わず手が止まった。

「塁…」

 名前を呼ばれハッとして目を合わせると、そこには今にも泣き出しそうな慎也が居た。

「塁、僕を軽蔑する…?」
「慎也」
「本当は…僕に塁を責める資格なんて無かったんだ」

 遂に慎也の涙腺は決壊した。

「ごめっ、ごめんね塁っ、あの時僕は酷いことを言ったね。僕は本当に、汚いッ」
「おい、何言って…」
「僕はみんなに酷いことしてる! みんなは僕を唯一にしてくれたのに、僕が…僕だけがっ、みんなを唯一にしてあげられない!!」
「慎也…」

 慎也はソファの上に押し倒されたまま、俺から顔を背け泣きじゃくった。


 ――あぁ、あの時と同じだ


「慎也」
「ひっ、ぐすっ…」
「慎也、こっち向いて」


 ――俺は、その瞳を見たいんだ


「慎也は唯一なんて選ばなくて良いんだ。いや、寧ろ選んじゃいけない」

 唯一を選べなくしたのは、間違いなく俺たち四人による意図的なものだ。

「俺たちは怖いんだよ、慎也が唯一を選ぶことが。でもそれは、選ばれないことが怖いんじゃない」

 俺が慎也に選ばれない?そんな事は怖くない。だって俺たちは、何をしてでも慎也の唯一になろうとするのだから。そう、何をしてでも。

「慎也が唯一を選ぶなら、きっと俺たちは殺し合うよ。嘘でも、冗談でもなく」

 家族も、友人も、何も関係ない。
 慎也の“唯一”になる為なら、全て排除してやる。そして…

「それに、きっと慎也の事も壊す」

 誰も見ぬように、誰にも触れられぬように、きっと、壊してしまうのだ。

「だから悲しむ必要なんて無い。このままずっと、誰も選ばないで。唯一なんて、作らないで」

 俺は慎也を、
 壊したくなんて無いのだから…





「ひっ…あっ、いやッ! るいっ、るい!」

 胡座をかいた俺の足の上に乗り上げるようにして慎也の尻を置き、足は俺の肩にかけてある。俺はその足を付け根から舐めしゃぶり、途中で鬱血痕や噛み跡にぶつかると、執拗にそこを舐めてやった。

「ごめっ、ごめっなさっ、もっ、もっ、ヤァっ!! ァはぅ、ぁあっ、」

 慎也はそれを俺以外を受け入れた“咎め”と取ったのか、痕を辿るたびに泣いて謝り続ける。しかし、慎也が泣いているのはそれだけが理由では無かった。
 もう肌を合わせ始めてから一時間以上も経っているのに、まだ俺は慎也の中に入ってはいないし、一度も慎也に絶頂を迎えさせていないのだから泣きたくもなるだろう。
その上…

「ンあぁあっ! ひっ! ひんッぃひぁっ!」

 俺の指は、ずっと慎也の中に埋まって遊んでいた。長時間かけて遊ばせている為、中はもう熱々に蕩けている。
 本当は今すぐにでも挿れてしまいたい。でも、まだダメだ。

「るいっ、るぃぃい! やっ! やァっ! も、もっやめてぇ!」
「…ダメ。まずは指だけでイッて」

 責めるつもりなんて無かったのに、直ぐに蕩け始めたカラダを見て、俺以外が付けた痕を残す肌を見て…無性に虐めたくなった。
 指先に当たったシコリを引っ掻くと、慎也のカラダが面白いほど跳ね上がる。でも、慎也の主張するそれはぷるりと揺れ透明の液を流すだけで、まだイクことが出来ずにいた。

「何でっ、何でぇッ! 塁っ、塁っ、ぐすっ、ぃあっ、も、やだぁッ」
「指だけじゃまだイケない?」
「っけ無いぃ! ひっ、ひ…あっ…ンッ!!」

 バラバラに動かしていた指を一気に引っこ抜き、また突き入れる。

 グチッ、ずっぷ、ぬぷぷっ、くぢゅ

「なっ!? あ"っ!! ンあっ! ンン!! あっ」

 それを何度も何度も繰り返す内に、再びシコリを強く引っ掻いた。

「ぁあ"ぁあ"ッ」

 慎也が遂に勢いよく射精した。
 余りにも我慢させ過ぎていたせいなのか、それは勢いが良すぎて慎也自身の顔まで汚した。それを見て思わず口角が上がる。
 俺は中から抜いた指を、慎也に見せ付けるようにして舐めた。

「俺の指だけでイケる様になったね、慎也」

 それを慎也が見ていた。その顔は紅く染まり、自身の吐き出した欲望に濡れ、酷く卑猥艶かしい。
 でも、慎也の瞳からコロンとこぼれ落ちた涙は、遠い昔に見たあの涙の様に…


 今も、
 純真に輝いていた。



 ◇



 泣き腫らした目を閉じて、慎也がスヤスヤと安らかに眠っている。

 あの後も散々焦らしに焦らし、挿入するまでに凡そ二時間を要した。慎也の中に入ってからも、徹底的に焦らしたせいか…中からの刺激で慎也が達したのは一度きり。
 その一度で大量に吐き出した後は、ずっと壊れた様に流れ出たままになっていた。

「結局壊しちゃうかもしんないな…」

 鬱血痕のある場所や噛み跡なんかを見ていると、如何に俺以外の奴らが壊れた抱き方をしているのか良くわかる。
 酷い執着、そして…重い愛だ。でも、今なら自分も大してあの人達と変わり無いと思えた。

 ずっと自信が無かった。

 いつだって、何かあると前に立つのは裕也さん、若菜さん、そして竜二さん。俺は慎也とともに、その背中を見ている事しか出来ないのだ。
 それが俺には後ろめたい部分でもあり、彼らに劣等を感じる部分でもあった。

 でも、違っていた。

 俺はこのままで良かったのだ。隣に立って、ただその手を握るだけでも俺は…慎也をちゃんと支える事が出来ていたのだ。

 安らかに眠る慎也の手は、今も俺の手を握っている。
 この手が慎也を安心させてやれるなら。
 この手を必要だと言ってくれるのなら。

 例えあの人達の背中を見続けることになろうとも、俺は…ずっとお前の隣に居続けるよ、慎也。

 ぎゅっと慎也の手を握り締めれば、慎也もまた、ぎゅっと手に力を込めた。



 ◇



「オイッ塁こらテメェ!! 慎也のあの顔は何なんだ!! ぁあ"!?」

 普段なら使うはずも無い言葉遣いをする悠也さん。

「塁はやっぱり殺されたいのかなぁ〜?」

 笑っているけど、目が座っている若菜さん。

「お前、俺のバイク乗りたいって言ってたよな。どうせならアレで引きずってやろうか」

 冗談じみた言い方をしているが、どこからかロープを持ってくる竜二さん。

 みんな、今日の慎也の顔を見てキレている。
 昨夜あまりにも虐めて泣かせ過ぎたせいで、慎也の目がパンパンに腫れてしまったのだ。バイトに入る夕方になっても腫れは引かず、今日は厨房役に回されることになった。

「泣き顔があまりにも可愛くて虐め過ぎました」
「ぁあ"!? テメェふざけんなよ!?」
「やっぱり死刑だぁー!!」
「これ、バイクに縛ってくるわ」

 竜二さんが立ち上がったところで、俺はバックヤードのテーブルをぶっ叩いた。

「アンタ達に言われたく無いっスよ」
「「「ぁあ"ッ!?」」」

 タッグを組んだ三人に思わず後退りしかけるが、そのまま引くわけにはいかなかった。

「最後に慎也とヤッたの、竜二さんッスよね。何ですかあの噛み跡」

 それを聞いた若菜さんと悠也さんが、バッ!! と竜二さんを振り返る。

「…………」
「一瞬、猛獣にでも襲われたのかと思いましたよ」
「竜二お前、噛み付くとか…そんな変態だったわけぇ?」
「若菜さんはそれ以前の問題でしょうが」

 ピシャリと言えば若菜さんは直ぐに黙った。
 三日間慎也を監禁しヤリ続けた前科を持っているから、その話題を出させると勝てないと分かっているのだ。そんな若菜さんを、悠也さんと竜二さんが睨む。

「で、アレは悠也さんですよね。脇腹と脇の間辺りの側面と、足の付け根、玉の裏、あと尻の割れ目と穴の周りにキスマース付けまくったの」

 強く吸って吸って吸いまくったのか、悠也さんが付けたで有ろうキスマークは竜二さんの跡に隠れることなくまだ残っていた。流石に若菜さんの付けた痕は残っていない様だったけど、この二人よりもマシだとは到底思えない。

「げぇ。悠也って吸い付き魔なのぉ?」
「やっぱ悠也って一番の変態なんじゃねーの」
「うるせぇな、つーか何でそんな細かいとこまで塁が知ってんだよ」

 三人が一斉にこっちを見た。俺はそんな彼ら全員に目を向け、鼻で笑ってやった。

「そりゃ、隅から隅までひとつ残らず俺が舐めてやったからですよ。消毒です」

 それをやった時に泣いていた慎也の顔を思い出し、俺がぺろりと唇を舐めたその時…

『る〜い〜! 新品のホイップどこぉ〜?』

 厨房の奥から、一人開店準備をしている慎也の呼ぶ声がした。

「じゃあ、俺も開店準備に行きますんで」

 そのまま俺は背を向ける。

「アイツ、全然普通じゃないじゃん…」
「虐め過ぎて覚醒したか?」
「眠れる獅子を起こしたの、お前らかよッ!!」

 もう彼らに引け目なんて感じない。俺には俺の強みがあるのだから。そう、慎也が教えてくれたのだから。

 三人の言い合いを背にドアを閉めると、俺は一人ひっそりと口角を上げた。


END



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