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悪魔の腕の中【後編】


【SIDE:セナ】


「ハヤト、シュウゴは」
「まだ眠ってるぅ」

 あの日からシュウゴは、一日の殆んどの時間を眠って過ごす様になった。まるで現実など見たく無いとでも言うかの様に。
 ハヤトの返事を聞いた俺は、そのままシュウゴが眠る部屋へと足を向けた。

 だだっ広い部屋の中にポツリと置かれた大きなベッド。その中心にある白いシーツの膨らみ。そっとベッドへ腰掛けシーツをめくれば、そこには俺達の天使が安らかに眠っていた。
 手にも足にも、もう枷はついていない。

「シュウゴ」

 真っ白な天使。比喩でも何でも無く、シュウゴは本当に全身の色素を失った。
 徐々に薄くなる色合いに始めは目の錯覚かと思っていたが、あの日から一週間程経った頃。
 いつもの時間に起きて来ないシュウゴの様子を見に行った俺が見たものは、ベッドの上に眠る純白の天使だった。細部まで白に染まりきったその姿は余りに美しく、思わず溜め息が漏れた。

 元より可愛い子だった。荒れてはいたが純粋で繊細、人を寄せ付けない癖に寂しそうな顔をする、まるで野良猫。
 強そうなのに脆そうなそのアンバランスさがとても気に入り、俺とハヤトはシュウゴを手に入れることに決めた。しかしそんな折、自分たちに執着する男の邪魔が入り手に入れるのに酷く時間をかけてしまった。

 だがその時間はあながち無駄では無かったようだ。唯でさえ可愛かったのに、あの男のお陰でシュウゴは天使になった。
 手の甲で頬を撫でれば、真っ白な睫毛がふるりと震える。

「シュウゴ、起きろ」

 ふわっと開いた瞳。黒かった瞳の色も抜け落ち、今それは蜂蜜色に染まっている。
 何度か瞬きを繰り返し俺の姿を認識すると、シュウゴはやがてゆっくりと起き上がった。

「食事の時間だ。今日はハヤトが作ったから、味の保証は出来ないけどな」

 俺はシュウゴに手を差し出す。
 前から無口だったシュウゴは、いまでは全く話さなくなってしまった。言葉はちゃんと聞こえている様だから反応が無ければただシカトしているだけ。気分が乗れば態度で示す。
 シュウゴは特に俺に触られることを嫌う。ハヤトだと平気なスキンシップも、俺だと拒絶することが多い。
 無理に触れば思い切り振り払われる。きっと、あの男を抱いたからだろう。

 汚いと思っているのか嫉妬しているのかは分からないが、あれが原因なのはまず間違い無い。

 あぁシュウゴ、何て可愛い奴。たとえ壊れてしまっても、俺達の天使は永遠にお前だけだ。
 差し出した俺の手に白い手が重なる。その冷たい手を握り返し俺はシュウゴをリビングへと連れて出た。




「エライエライ! シュウちゃん今日は全部食べたね〜」

 最近では食も細くなったシュウゴが、今日の夕食は一人分全て食べきった。それも不味くはないが旨くもないあのハヤトの食事を。今日は気分が良いのかもしれない。

「シュウゴ、お前もう直ぐ誕生日だろ。何が欲しい」
「俺達何でも用意するし、何でもやったげるよぉ?」

 自分の食事を平らげてくれたことでハヤトの機嫌もすこぶる良い。俺よりもスキンシップが許されることには気を良くしているが、口をきいてくれない事には割と凹んでいた。
 こいつも大概シュウゴにはヤられている。あのデカイ野郎に取られている間もずっと『ねぇ〜、早く奪い取ろうよぉ〜』と口癖の様に言っていた。

「何でもしてやるから、何か有るなら言ってみろ」

 返事が返ることはまず無いが、俺もハヤトも多少なり期待があった。拒否でも何でも良い。


 声を、聞かせてくれ。







「……ある」


 たった二言に、俺達二人は椅子を倒して立ち上がった。



「「何がしたい??」」




【SIDE:カツミ】

 あの人から呼び出しがかかった。

 あの人の手下達に弄ばれながら焦らしに焦らされて、漸く一度だけ許された願い。
 夢のようだったあの時間は、今も俺の胸を占めている。

 あぁ…

 またあの人に会うことが出来る。
 今度は二人揃ってなのかもしれない。
 俺を気に入ったのかもしれない。

 俺の全ては貴方達のものだ。
 この先も、永遠に…

 湿った白い布を押し付けられ、いつもの様に俺はあの人たちの城の前で意識を手放した。

 

 目が覚めたらあの部屋に居た。
 何処もかしこも真っ白でベッドしかない、夢のような時間を過ごしたあの部屋。だが、以前とは違い俺はベッドに居なかった。

「ンーーッ、ンーーッ!」

 口には猿轡。ベッドから少し離れた白い壁に、手も足も、全身が拘束されており身動きが取れない。動くのはこの目だけか。

 暫く無駄に暴れたが体力が減っただけで終わり、ぐったりと全身の力を抜いた。何の音もしないこの場所にただ居ることは思いの外苦痛で、現実逃避にベッドを見ながらあの日のことを思い出す。

 彼の方からは何一つ与えられることは無く、ただ一人で熱く燃え上がっていた。
 それでも良かった。あの人の熱に触れることが出来ただけでも奇跡なのだから。
 思い出しただけで身体は熱を持ち、あらぬ所がずくりと疼き始めたその時。無音だった室内に扉の開く音が響いた。そして部屋に入って来たのは待ちに待った二人で…

「ヴヴーーーッ!!」

 しかし、入って来たのは二人だけではなかった。二人の間に挟まれる様に、まるで護られる様に存在するそれは…

(シュウ、ゴ…なのか……?)

 何もかも記憶とは違う色彩だが形が変わったわけではない。それがシュウゴだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 罪悪感からか、別の何かなのか…ひゅっと無意識に息を飲む。

 自分でも自分の感じたものが何処から来るのか分からない。その姿はまるで、光の隙間から舞い降りた穢れを知らぬ天使の様だった。だが、後に俺は自分の間違いに気付くこととなる。


 俺が欲しくても手に入れられないもの。例え命を捧げたとしても手に入れられないもの。その全てを今目の前で、いとも簡単に手に入れて行くその存在。

 シュウゴがただそこに居るだけで彼らは高ぶり、乱れるその姿の虜となる。
 彼らの瞳はもうシュウゴしか映すことは無く彼に全てを捧げんとしていた。
 何事に囚われることも、求める事も無かった彼らが今、時に優しく、しかし激しくシュウゴを求めている。


 俺も、それが欲しい
 欲しくて欲しくて堪らない
 どうしてお前は与えられる
 どうして俺には与えられない

 俺は全てを捨てたと言うのに…


 言葉にならぬ声をあげて泣き叫べば、真っ白なそれは甘い甘い声を上げながら俺に…極上の笑みを見せた。

 「ん゛ガアぁ゛ぁ゛あぁ!!」




 アレは天使などでは無かった。


 アレは

 アレは、そう




 ―――悪魔だ





【NO SIDE】

 寝室のドアを開けば、何時もと変わらぬ場所でシュウゴは眠っている。

「シュウゴ」

 声をかければやがて蜂蜜色を見せた。

「…かえり」
「ただいま」
「ん…」

 セナは透けるように白いシュウゴの頬を親指で撫でながら、唯一確かな色を持つ唇を柔く何度も啄ばむ。

「んっ…ぁ、んっん、」
「はぁ」
「ん、はっ、セナ…ハヤトは…?」
「もう少し後になる」

 唇は解放したが直ぐにシュウゴが纏う真っ白な拘束衣の中に手を滑らせ、セナは貪欲に彼を求める。
 それを甘受するシュウゴに、一切の抵抗は見られなかった。

「ぁっ、んぅ」
「シュウゴ」
「あぅ…ん、ハヤト…待たないっ、ァッ…のか?」
「待ってられない。先に食わせて」

 食事の前にお菓子をせがむ子供の様なセナに、シュウゴはふっと笑った。



「あっ、ァ…やぁセナっ、激しっァ、ぁあッ!」
「シュウゴ、シュウゴ!」
「ひぅっ、んうっ、ひゃあ!? ンあっ! んッんんっ、あぅ」

 幾度も角度を変えては奥を容赦無く貫く。

 セナとハヤトが初めてシュウゴを抱いたのは、半年前の彼の誕生日。
 抜け殻だったシュウゴが珍しく自分から要求したものは『カツミの前で自分を愛すこと』だった。
 
 シュウゴのお願いを聞いたあの日、セナもハヤトも感激に身体が震えた。
 光を失いかけた瞳、生気の無い表情。予想以上に早く壊れてしまったかと思っていたのに、シュウゴは虎視眈々とカツミへの復讐を狙っていたのだ。
 如何にダメージを与えるかをきっとずっと考えていたに違いない。
 カツミの執着の異常さに気付き、一番ダメージの大きい方法を見つけ、そしてシュウゴは自身を犠牲にして復讐に挑んだ。

 セナとハヤトの愛を一身に受け、ドロドロに甘やかされた姿をあの男に見せ付け笑んだ瞬間。
 多分あの瞬間に、過去のシュウゴは死んだのだ。

「あっ、はぅッ!セナ…セナっ」
「シュウゴ、可愛い」
「んちゅ、ちゅ、んっ、あぅ」

 三日三晩二人でシュウゴを愛せば、カツミは早々に壊れてしまった。
 シュウゴは愛され過ぎてふらつく身体でソレに近付き、不思議そうに暫く周りを彷徨いた。しかしやがて興味を失ったようにくるりと方向転換をすると、「上に戻ろうか?」と微笑んだ。

 まるで自分の家に帰るかの様に。


 上に戻った後すぐ、シュウゴには拘束衣が着せられた。
 カツミへの復讐が終わり、ここにとどまる理由が無くなったシュウゴが逃げるのではないか、とセナとハヤトが危惧した為だ。
 だが何故かシュウゴは逃げる素振りの一つも見せず、それどころか毎日求めてくるセナとハヤトも拒絶しなかった。やがて二人の不安は杞憂となったが、シュウゴは敢えて今でも自ら拘束衣を着用している。


「ぁ!? ぅあッ! あッアッひぁッ、ンあう!」
「んっ、っ、ふっ、」
「あッ、やっ、ヒッ! ひゃあぁあっ!!!」
「くっ、っ!」

 シュウゴが達したことによる強い締め付けにセナも絶頂を促され、彼の中で達した。
 セナのセックスは恐ろしく激しく、シュウゴはいつも一回でカナリの体力を消耗させられる。
 この日も矢張り一回が限界でそのままベッドへ倒れこみ動かなくなった。

 荒い息を整えながらセナはシュウゴの背中を指でなぞる。真っ白なそこに散らばる花びらは、消えることを知らず常にそこにあった。

「可愛い可愛い、俺たちの天使」

 途中までは予測していた事態だった。カツミが壊れることも、シュウゴが壊れることも。例えシュウゴが壊れても愛せる自信があったし、寧ろ壊れれば良いと思っていた。勿論それはハヤトも同じだ。

 けれど、予測に反してシュウゴは壊れなかった。だが何かが変わったことは確かだった。
 シュウゴの中で何かが死に、何かが生まれた。そうしてセナとハヤトは過去のシュウゴを見失ったのだ。
 人の心情を読むに長けた二人にも、今のシュウゴの考えることだけは全く分からない。

 何故逃げない
 何故俺達を受け入れる

 例えシュウゴが拘束衣を着ていても、安心感は全く得られず不安ばかりが募る。


 ――側から…離れられない


 真っ白で柔らかいふわふわとした髪を撫でながら考える。この子は本当に俺たちの天使なのだろうか、と。
 だがセナは直ぐに考えることを辞めた。例えこの子が天使で無くとも、悪魔であったとしても。二人がシュウゴを愛することに変わりないからだ。

 静かに上下する背中に今日もまた新たな花びらを散らす。その刺激で意識を浮上させたシュウゴは、セナに向けて白く艶かしい腕を伸ばした。


 この腕の中ならば、
 少しは不安が薄れるだろうか。


 シュウゴの体温を感じながら、セナは白く冷たい闇の中に意識を溶かした。


END


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