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BROTHERS×HOLIC:中編***



「貴春っ!」

 玄関のドアが開いた瞬間、帰ってきた貴春に飛びついた。

「どうした、千秋ちゃん」

 胸板でしっかりと俺を受け止めた貴春の体は、俺が勢いよく飛びついてもビクともしない。いつものように、俺だけに見せる笑顔を浮かべて何を言うかジッと待っている。

「俺とセックスしようぜ、貴春」

 だがさすがの貴春も、このセリフには表情を硬くした。

「……何言ってんの?」
「いいだろ別に、減るもんでもねぇしさ。お前男もイケんだろ? 俺とヤんのだって変わんねぇって」

 なぁ? と貴春の顔を見上げれば、その眉間には深い皺が寄っている。

「無理に決まってるでしょ。兄弟で何言ってんの」
「お前にそんなマトモな貞操観念あったっけぇ?」
「千秋ちゃん」
「大丈夫だって! 何なら俺の顔に袋被せてやってもいいし。顔さえ見なけりゃその辺の男とヤんのと一緒だろ?」
「本気で意味わかんないんだけど。急になんなの? 千秋ちゃん、俺のことが好きでセックスしたい訳じゃないよね」
「お前こそ兄弟で何言ってんだよ」

 なんで俺がお前を好きなるんだよ、思わず笑えば貴春の顔色が更に悪くなる。

「そんな深い理由なんていらねぇじゃん。あのカマ野郎とヤッたみたいにさ、俺とも一発抜く程度の…」
「やらない」

 珍しく、貴春が語気を強めた。一瞬で胸倉を掴まれる。

「な…なんだよ」
「千秋ちゃんとは、やらない。絶対に。もうこの話は終わり、二度とするな」
「なッ、貴春!」

 俺の胸倉を乱暴に離すと、貴春は自分の部屋へと入り勢いよくドアを閉めてしまった。もう近づくな、と言いたいのだろうが、貴春にこんな態度を取られるのは生まれて初めてで。

「ッだよ! みみっちぃこと言ってんじゃねぇよヤリチンのくせによぉ!」

 固く閉ざされたドアを思いっきり蹴る。が、中からはまったく反応がない。余計にムカつく。

「いいよ別に! もうお前なんかに頼まねぇし!」

 あの男を悔しがらせるには、まずは貴春と…と思っていたが、ムカついたので趣旨を変更する。

「俺に需要があるかどうか、試してやろうじゃん」

 貴春が俺を抱かなかったら、あの男が言ったままになってしまう。男に興味なんてなかったけど、一度経験すると女が抱けなくなるほど癖になる、とも聞いたことがある。
 もしも貴春よりもいい男を引っ掻けられれば、別に貴春に抱いて貰う必要はない。男相手でも、処女ってのは高く売れるもんなんだろうか? 男を釣る方法は、実際現場で色々と試してみればいい。
 リビングのソファに飛び込むようにして座ると、俺は早速スマホで検索を始めた。あの男も、貴春も、俺をコケにしたことを後悔させてやる。

 思い立ったら即実行。俺はスマホで調べた所謂一夜の相手を探すためのバーに、あの後すぐに飲みに来た。家を出るとき、貴春には声をかけなかった。
 店に入った瞬間から値踏みするような視線が全身に突き刺さり、そういう場所なのだと実感する。

「そんな相手、アンタに現れるわけないでしょ〜!?」

 バーのママだという、俺の二倍はガタイのいいくねくねしたオッサンが奇声を上げた。

「なんでだよ、一人ぐらい居るんじゃねぇの? 俺みたいな手つかずノンケを食ってみたいっていう、超絶イケメンがさぁ〜」
「アンタ、ばっかじゃないのぉ? イケメンは選り取り見取り、わざわざアンタみたいなゲテモノを食わなくても生きていけるのよ」
「ゲテモノってなんだよクソじじぃ!」
「ちょっと! ババァならともかく、ジジィとはなによ!!」

 バーのママには即行で嫌われた。ちょっと『こんな奴いない?』てアドバイス貰おうと思っただけなのに。

「分かった分かった、もう処女とか言ってもったいぶらねぇからさ。とりあえず初でも食えるよっていう、そこそこの…」
「そんなに安売りしない方がいいと思うけど」

 こんな場所に来たからには、一回でいいから経験して帰りたいと思って更に食いついていると、急に横からアニメの声優みたいな良い声が聞こえた。

「んあ?」
「きゃっ! ユウくんじゃない、久しぶり!」
「ご無沙汰してます」

 にっこりとママに笑った男はその声にぴったりな、爽やかを具現化させたような美形。

「横、座ってもいいかな?」

 そう言いながら、俺の返事も聞かず勝手にカウンターに腰を下ろした男は、ビールを一杯頼むとまたすぐに俺へと顔を向ける。

「なんか凄い会話してたけど、大丈夫? ノンケ…なんだよね?」
「アンタはゲイ?」

 ママがビールを注ぎながらキィキィ喚いているが、俺も男も無視だ。

「俺はユウ。君、名前は? 学生?」

 一瞬、苗字か下の名前を言うか迷う。でもなんとなく、こういう時こそ俺の名前はウケが良い気がした。

「チアキ。大学三年」
「チアキくん? 可愛い名前だね」

 可愛いと言われてゾッしたが、それを狙ったのだからぐっとこらえた。店中の客がコイツに視線を集めているのが分かる。貴春には劣るが、男の容姿は他の奴らと雲泥の差の出来栄えだ。捕まえるなら、コイツしかいない。

「会話聞いてたなら、俺が何したいかわかってんだろ?」
「まぁ、凡そはね」
「声かけてきたってことは、脈ありと思っていいの?」

 男、ユウの顔を覗き込めば、長いまつ毛に縁どられた綺麗な形の瞳がスッと細くなった。

「初めてなんでしょう? 本当に男とできるの?」
「俺さ、弟がいるんだよね」
「うん?」
「弟に抱いてくれって頼んだら、断られた。だから他の男を探しにきたんだよね」
「……なるほどね」

 性別どころか、血縁関係をもすっ飛ばせる俺の頭のネジが、緩むどころか何本も失っているのだとユウも分かったのだろう。

「俺でよければ、お相手しますけど」
「マジで! 金とかいる?」
「ちょっと! ユウくんがそんなことするわけないでしょう!? まさか本気でこの子抱く気なの!?」

 不満そうなママに比べ、ユウは意外と楽しそうで乗り気だ。

「面白そうじゃない? こんな子初めてみたし、化けたら凄そうだよ」
「化けるとか分かんねぇけど、時間もったいないしさっさと行かねぇ?」
「アンタッ! ほんと色気も情緒もへったくれもないわね! ユウくんが相手なのに!」

 店の客からも、少なからず嫉妬の視線を感じる。いいじゃん、このユウって男。

「ところでアンタ、上手いんだろうな?」

 腰を抱かれながら店を出る瞬間、そんなことをユウに尋ねたら、店の中から怒号が飛んできた。


「へぇ、やっぱ男同士はダメなとこあるんだな」
「そりゃね。でもこの辺りは場所が場所だから、よっぽど大丈夫。チアキくん、入ってみたいところある?」

 聞かれてネオン街を見回すが、どれも似たようなものだった。

「なんでもいいよ、ヤれりゃ」
「ふふ、身もふたもないね」

 そう言うが男は楽しそうだ。そのうえ、さっきから俺の腰を抱いている手が厭らしく動いている。

「ユウって、爽やかな顔して結構ムッツリ系? 手の動きがやらしい」
「そりゃ、美味しそうな子目の前にしたら動いちゃうでしょ、男としては」
「俺って旨そうなの? へぇ〜」

 世界中探したって需要がないと言ったあのチビを、見返せた気分になってくる。やっぱ良いな、この男。俺の自尊心と欲を満たしてくれる。これでセックスも良かったら、一回だじゃなく続けてみても面白いかもしれない。

「ここにしようか」

 俺があれこれ考えているうちに、シンプルで小綺麗なホテルの入口に立っていた。ユウは俺の返事を待たずに、手を腰から肩に移すと案外強い力で中へとエスコートしようとした、のだが。
 前に進もうとした足が、突然後ろに引っ張られた力によってたたらを踏んだ。

 ーーーガダンッ!

 後ろに引かれた俺とは逆に、何故かユウは前に吹っ飛んだ。そのまま壁にぶち当たり、気を失ったのかズルズルと座り込む。そんなユウを、無情にも足蹴にして植え込みに放り込む男が、ひとり。

「え、貴春!? わっ、なに…ちょ!」

 返事をしない貴春は、そのまま無言で俺の首根っこを掴み引きずるようにしてホテルの中へと入っていく。え、なに? 何しに来た? なんでそのままホテルに…。
 驚きすぎてまともに思考がまとまらないまま、あっという間にホテルの一室に連れ込まれベッドに投げられた。

「貴春、お前なにして…」
「黙れ」

 怒鳴られるよりも、叫ばれるよりも、余程ずしんと重く響く静かな一言。
 おもむろにTシャツを脱ぎ捨て半裸になった貴春の体の美しさに、俺はその場の状況も忘れて見惚れた。だがその目を見てしまった瞬間、全身が震えあがった。
 いつもは薄茶色の瞳が、燃えるような紅に染まっているように見えたから。

「ヒッ」

 ベッドに投げられた体を一生懸命に貴春から遠のけるが、這ってやってくる獣のような弟に間合いを詰められ、俺を捕まえるべく腕を伸ばしてくる。

「なにっ、なに! 嫌だ、やめろっ、痛い! あがっ!?」

 伸ばされた腕に捕まらぬよう、必死で振り回していた自身の腕は簡単に捕まり、そのまま手加減なしに殴られた。鼻の奥がツンとして、ベッドのシーツが赤く染まる。
 あの貴春が…、何をしても俺を優先し、甘やかしてきたあの貴春が…俺を、殴った。流れた鼻血に呆然としていると、背中で両手首をベルトで締めあげられた。
 血の繋がった弟が、これから自分に何をしようとしているのかは明白だった。それは自分が先ほど頼み込んだことであるのに、全身がガタガタと震えて止まらない。

「ここまでバカだったなんて、呆れる」
「は…?」
「まさか、他の男に走るとはね…」

 ギリ、と貴春が奥歯を噛み締め鳴らす。

「こっちがどれだけ我慢してやってたか知りもしないで…。ただのバカやってればよかったのにねぇ、千秋」

 ちゃん≠ェ抜けた名前呼びが、妙に重くのしかかる。
 兄貴になんて口のきき方してんだよって、言ってやりたいのにいつもの優しい雰囲気が一ミリもない貴春は、その美貌のせいも相まって恐ろしい怪物に見える。恐ろしすぎて、何も言い返せない。
 こうして改めて見てみれば、イケメンだとテンション上がったあのユウの顔さえ、月と鼈だと言える。声優みたいに格好いいと思っていたあの声も、貴春の色気を纏った声に比べれば随分と安っぽく感じてしまう。
 それほどまで、貴春を造り上げる全てのものが人間離れした美しさだったのだと、今更痛感する。

「わっ、わっ!」

 そんなことをぼうっと考えていたら、呆気なく下半身を丸裸にされてしまった。

「何考えてる? まさかさっきの男のことを考えてる? 余裕だね」
「ちがっ、やだ、やめろ! ひっ!?」
「自分が望んだことだろう? こうして欲しいって、さっき俺に抱き着いてきたのは誰?」

 違う。いや、違わないんだけど、全然違う。俺が頼んだのは、こんな恐ろしい男なんかじゃなくて、もっと優しく笑ってて。まさかこんな、俺の大事な部分を潰さん勢いで握り締めてくる男じゃなくて。
 唯一自由になっていたはずの足を両方持ち上げられ、とんでもない場所を丸見えにされた。

「やめろやめろやめろぉぉお! ンう"!?」

 掴まれた足をジタバタとさせていると突然片足が自由になり…、俺の大事な場所を更に強く握りこまれた。

「あんまり暴れると、ここ、使い物にならないようにするけど」
「ぅあ"ぁ"ああっ! 分かった! 分かったからぁ! 痛いぃ!」

 はぁ、はぁ、はぁ、
 漸く大事な部分を離してくれたと思ったら、手荒くその下……尻の間にぬるぬるする液体をぶっかけられた。

「仕方ないから、お望み通りの経験をさせてあげる」
「き、貴春…」
「死んだ方がマシだと思うくらい、気持ちよくさせてあげるよ」
「ンっ! んぅぅうっ!!」

 いきなり貴春にキスをされ、噛み付くようなものからあっという間に深いものに変わる。そうして唇に意識をやっている隙に、もう一度俺のモノを握り込み、今度はやんわりと愛撫しながら、器用に長い指が尻の入口を掠った。

「あぁっ!」
「簡単には、終わらせないから」

 その日はそこからが、永遠かと思うほどに長かった…。





 闇に包まれた頭の奥で、粘着質な音が聞こえてくる。
 どこから? なにから? どうして? 何の音?
 
「んっ、う…んっ、ん"っ、あっ、ぁあ"ぁ"、あっ」

 ぼんやりする意識が少し戻ってくると、俺の口からはダラダラとだらしなく涎が溢れ、女のような喘ぎ声が、だが出し過ぎたのか掠れた声が漏れていた。
 うつ伏せで頭をベッドに押さえつけられ、雌猫のように腰だけを高く上げさせられて。縛られた腕は、数時間たった今でも縛られたままだ。

「もう、色がなくなっちゃったね」

 俺の尻の中は、貴春のデカいソレでいっぱいになっていた。俺のイイトコロを早々に見つけた貴春は、意地悪くその近くを掠めながら、指だけでの抽挿を一時間、貴春の舌で嬲られて一時間。計二時間もの間、決定的な刺激を与えてもらえないまま嬲られ続けた。
 ほんの一瞬でも前を触ってくれればイけるのに、それさえ禁止され、我慢汁を死ぬほど垂れ流して。
 ついに指と舌だけで頭がトんでしまった俺は、初体験のくせに、貴春の剛直を突き入れられたその刺激だけで長い長い絶頂を迎えた。
 突っ込まれただけでイってしまった体はガクガクと震え、白目を向いて意識を飛ばす。だがその意識も頬を張られて取り戻すと、容赦のない腰つきで強く揺さぶられた。
 何度も何度もその熱で奥を穿たれて、目の前には火花が散って。意識を飛ばしかけると頬を張られ、また意識を戻される。

「あっ、もっ、ヤダぁぁあ、うっうっ、あぁああ、」
「なにがイヤ?」
「もっ、もっ! イきた…くなっ、あっ! ンあぁあっ!」

 俺のちんこは馬鹿になってしまったのか、もうずっと透明の液体を垂れ流したままだ。もはや絶頂がどこなのか分からないくらい、ずっと全身が痺れたような快感に襲われており、それは苦痛にすり替わる。
 こんなの、拷問と一緒だ。

「ひやぁっ、やぁあ"あ"、きはる、やぇてぇ"え"ぇ!」
「初めて逢った男に、名前なんか呼ばせて……許せるわけがないッ」
「ひぁあ"ッッッ! ッ、っ…ッ!」

 クボッ! と酷い音がしたかと思うと、下半身から頭の奥深くへと痛みとも快感ともつかない刺激が鋭く突き抜け、目玉がグルんと回った。
 俺は今、何を見ているのか。どこにいて、何をしているのか。そもそも俺は生きているのか。それさえ分からなくなった俺の意識は、ドロドロとしたタール液に溺れるようにして…、間も無く完全にブラックアウトした。



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