その手に残ったのは
その頃。
「ね、ねぇ、和泉。ライコウさん、あれからずっと探してるみたいだけど、いいの?」
木の影に隠れたまま、一体どれくらいの時間がたっただろう。
そんな懸念を胸に尋ねる彩雪に、和泉は片目を閉じた。
「いいんだよ。たまには、こうして二人きりでライコウ振り切るっていうのもいいじゃない」
「でも……」
「彩雪は、何がそんなに心配なのかな?」
苦笑気味にそう問う和泉に、彩雪は少し躊躇いがちに口を開く。
「だって、ずっとこのままっていうのは良くないでしょう?」
「内裏のことは、今日は冷為に任せてあるから大丈夫だよ。それに、あんまり早く帰ると怒られちゃいそうだしねぇ」
クスクスと笑う和泉の言葉に、彩雪は意味が分からないとでも言いたげに首を傾げた。
その仕草を可愛いなぁなどと心の中で思いながら、和泉は小さな声で話し始める。
「彩雪は、椛のこと知ってるよね?」
「うん。とてもやさしいお姫様だよね。宮中に慣れない私に、色々教えてくれるから。和泉の従姉妹だったっけ?」
彩雪の問いに、和泉は頷いた。
「で、表向きは俺の正妃。……でも、椛はそれを望んでたわけじゃないんだ」
「え?」
「椛は、小さい頃から冷為しか見てなかったんだ。帝位は冷為が継ぐと皆思ってて、彼女もそのつもりだったし、それを望んでいた」
だが、和泉が三種の神器を手にしてしまったために、帝位は和泉が継ぐこととなり、結果的に皇となった和泉に入内することになっしまったのだ。
その可能性も理解していた椛も、それを受け入れはしたが、喜んではいなかった。
「椛が入内したかったのは、皇じゃなくて冷為だったからね。……だから、さ」
ここからは内緒の話だとでも言うように、和泉は彩雪の耳元で囁く。
「あの宴、そのことも見越してたんだよ」
「……え?」
「だって、好きでもない俺のところに入内して形式だけの后になるより、好きな冷為のところに実質的に入内したほうが、二人にもいいしね」
企みが成功した子供のような表情をする和泉を、彩雪は唖然とした表情で見つめた。
「だから今頃、冷為、後宮に行ってるんじゃないかなぁ。俺もいないから、堂々と後宮にいけるしね」
そんな兄の勘、と言うより先読みは、確実にあたっていたのだが、今の二人はそれを知らない。
「っくしゅ!」
「まあ、冷為、風邪?」
「いや、それはない。……和泉だな」
その言葉の意味がよく分からず、椛は首を傾げた。
しかししばらく考えて合点がいき、クスクスと笑い始める。
「和泉様が? ……ああ、もしかしたら、このことを見越していらっしゃったのかもしれないですね」
絶対にそうだという確信がある。こういう企みごとが大好きな彼だ、やりかねない。
手のひらの上で踊らされている気がしてならない冷為には、不快なことこの上ない。
「ところで、どうして和泉は様付で、俺は呼び捨てなんだ?」
「あら、いやですか? 冷為とは並んでいたいと思っていたからなのですけれど。不敬でした?」
少し残念そうな表情をする椛に、冷為はいや、と首を振った。
「このままでいい」
「……はい」
幼い頃からそうだった。
冷為は、敬えば敬うほど遠くに行ってしまいそうで怖かったから。
だから、対等とまではいかずとも、並んでいたかった。
傍にいれば、遠くに行ってしまっても、引き止められそうだったから。
「冷為」
「なんだ」
「いえ、何も」
そう言いながら微笑むと、椛はそのまま冷為に寄りかかり、幸せそうに微笑んだ。