その手に残ったのは


「……どうぞ、聞き流してください」


 恥ずかしげに顔を伏せた椛には、冷為がいまどんな表情をしているか分からない。

 驚いているのか困っているのか。
 後者だったら傷つくなぁなどと思っていると、くっくっという笑い声が聞こえてきた。


「なるほど、な」


 顔を上げれば見えた、面白そうな笑みを見せる冷為の表情を見て、椛は瞠目した。
 そして、それを見てなのか、それとも話の流れからなのか、彼は声をあげて笑い始めた。


「あ、あの、冷為?」


 想定外の反応に、椛はうろたえる。

 おろおろする椛を傍目にひとしきり笑った冷為は、不意に真剣な表情で椛を見つめてきた。


「……ならば」


 そう言って、扇を持つ椛の手をつかみ、扇の陰から椛の顔を見出す。

 いつになく真剣な表情に戸惑いを隠せない椛は、視線を泳がせた。


「離すことはない。絶対にだ。……いいな?」


 言葉の意味を図りかねて、椛は何度か瞬きを繰り返す。


「確かに、お前は形式的にはあの和泉の后だ。だが……俺は離さん。和泉にやるつもりもない」


 それは、実質的な意味での后というだけではないと、そういうことか。


「……残るというのならば、絶対に離れるな」


 そのまま、腕の中に閉じ込められる。
 落葉の香りが鼻腔をくすぐり、気持ちが高ぶってゆく。

 ずっと欲していたものが、手に入るのか。
 幼いときから、和泉よりも冷為に目が行っていたのを、冷為は知っているのだろうか。

 思い上がっても、いいのか。

 彼もまた、椛自身に想いを持ってくれているのだと。


「正直なところ、俺もお前だけを后とはしたいがな。……好きな女を泣かせて何になる」


 その最後の、どこか不器用な一言で、椛は確信するとともにとても嬉しくなった。


「無理ですわね、それは。それくらい分かっております」


 でも、と椛はそのまま冷為を見上げた。


「あまりこちらにいらしてくれないと、離れてしまうかもしれませんよ?」

「そうなれば、追いかけるまでだ」


 本当にそうしそうな雰囲気に、椛はくすくすと笑い始める。
 和泉とは正反対の性格。だが、その裏にある不器用な優しさが、椛は大好きだった。


「それで、今日、貴族の姫君方にお会いしてきたのでしょう? いかがでした?」

「さっさと切り上げてきた」


 ばつが悪そうに視線を逸らした冷為に、椛は目を見張る。


「まあ、冷為らしくない」


 政務であれば真面目にこなすだろうに。
 今日のあれもまた、政務の一つ。だから椛も割り切っているのだ。


「……今、和泉はここにいないからな」

「ええ。白雪桜様とともに、出かけるとのことでしたので」


 神泉苑に行ったのは確かに政務の一環だが、そこを冷為に任せることくらい分かり切っている。
 そして冷為も、それを承諾したはず。


「……なかなか、会えぬからな。こういう時でなければ、后として扱うこともできん」

「まあ……普段は、こちらにはいらっしゃいませんしね」


 というか、もうずっと前から、そう思ってはくれていたと、そういうことなのだろうか。

 わざわざ機会を見出すくらいには、想ってくれていたと……?


「……しばらくは帰ってくるなと、念押ししておけばよかったか」

「時の帝にそのような……」

「どうせあの娘とよろしくやっているんだ。あちらとて悪くはあるまい」


 ずいぶんと強引な解釈だが、あの二人にとっては確かに、とても嬉しい申し出だったかもしれない。


「……否定は、しません」


 こちらとしても、あちらとしても。それがとても望ましいことは、知っている人間ならば分かるはずだ。


「……このまま、こちらに泊まってもいいんだがな?」

「ではお泊りになりますか? 昔のように」


 最後の一言をくすくすという笑いとともに口にすれば、冷為もなにかをたくらむような表情でにやりと笑う。


「……あの、冷為?」

「であれば、言葉に甘えるとしようか」


 そうして、不意に顔が近づいたかと思うと、唇がふさがれる。
 一瞬驚いた表情をした椛も、状況を判断し、少しためらいながらもそれに応じるのだった。


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