甘い噂に尾ひれ
カフェに入ると、少し混んでいるのか、しばしの間待たされた。
学生も多いが子供連れやカップルもちらほら見える。
話していれば時が経つのは早く、案内されるまでの十数分の間も特に苦にはならなかった。
案内されたのはガラス張りの窓が目の前にあるカウンター式の席だ。桜花の左側に沖田が座った。
時折通る通行人がちらちら見てくるのに少しうっとうしさを感じながら、ウェイターが注文を取りに来るまでメニュー表を見て何を頼むかを相談しはじめた。
「……あー……やっぱり売り切れてますね、例のケーキ」
少し離れた場所には、幻のショートケーキらしき写真の上に『本日分は完売しました』と貼り紙がされている。
現在夕方五時過ぎ。一日の半分が過ぎている時点で半分以上諦めていたが、現実を突き付けられるとやはり少し残念だ。
「まぁ、仕方ないね。人気商品かつ数限定だと、売れるのも早いだろうし。他のケーキも確かにおいしそうだから、なに頼もうか?」
「そうですねぇ。先輩はどうするんですか?」
「僕? そうだなぁ……」
しばしじっと見つめられ、桜花はなんだか気恥ずかしくなってきて、すっと目を逸らした。
そんな桜花の反応にクスクス笑いながら、沖田は再びメニューへと視線を戻した。
意味ありげな行動に首を傾げながら、桜花も沖田につられるようにそれを見つめる。
しばらく熟考したあと、桜花はその華奢な指をメニューの端にあるあまり目立たない場所に向けた。
「じゃあ、これにします」
人気はあまりなさそうなそのケーキを選んだことに、沖田は少し目を見張って桜花に確認した。
「他にもいろいろあるけど、君は本当にそれでいいの?」
「はい。さんざん悩んだ上で決めたものなので、いいんです」
濃い藍色の瞳を沖田に向けて嬉しそうに笑う様子に、それに決めたことへの後悔は全くないのが分かった沖田は、そっか、と言って彼もまたメニューを指差した。
「じゃあ、僕はこれかな」
彼は逆に、メニューの真ん中辺りを指差した。
『この店二番人気!』とシールが貼られている。他の客も、比較的多数の人がこの商品を選んでいるようだ。
彼の選択に少し驚いた表情で瞬きをしている桜花をよそに、沖田はウェイターを呼んでケーキを注文し、ついでに飲み物も頼みはじめた。
「桜花ちゃんは何にする?」
「じゃあコーヒーでお願いします」
「……ケーキ頼んでその注文なんだ」
「ちょっと苦みがほしい時もありますしね。砂糖入れれば甘くなりますし」
メロンソーダを頼んだ自身と違う嗜好に、沖田は少し苦笑してじゃあこれでお願いするよ、とウェイターに頼んだ。
あとは注文を待つだけだ。
「待ってる間暇だね」
「そうですね…………………なにかまたたくらんでますか、沖田先輩」
「ううん、別に?」
そういう割には何やら楽しげにニヤニヤ笑う沖田に、桜花はなにか予感に似たものを覚えながら注文品が来るのを待った。