『隣』という居場所



 淋しい。
 離れていかないで。
 私の傍にいて。


 そんな言葉が聞こえてくるようだった。
 昌浩が、唇をきゅっと結んで前へ進んだ。


「来ないで! 昌浩なんて嫌いよ!! 私のことが大事じゃない昌浩なんていらない!!」


 広がった妖気が昌浩に攻撃するべく向かってくる。


「……っ!」


 昌浩の頬を掠めた妖気が、それを傷つける。
 それ見て、桜花は目を見張った。

 桜花の攻撃の手が緩んだのを見て、昌浩は駆け出した。
 そうして、その腕の中に桜花を抱え込む。


「……ごめん」


 昌浩の言葉に、桜花は何の反応も返さない。
 ただ何が起きたか分からず、時を止めたように硬直していた。


「……桜花なら、言わなくても分かると思ってたから…」


 ゆっくり言い聞かせるように、昌浩は言った。


「彰子はさ、まだ来たばかりだから、不安でいっぱいだろうと思って……。俺は、彰子がまだ藤原の姫だった時に会ってたから、彰子も少しは安心できるかなって思って……」


 そちらに割いた時間の分、桜花とともにいる時間が減ったのはなんとなく分かっていた。


「桜花、淋しかったんだ。……ごめん、気づけなくて」


 落ち着かせるように昌浩の手が桜花の頭を撫でる。


「桜花。……俺の一番は、桜花だから。だってさ、桜花は俺の許婚だろ? 小さい頃からずっと一緒にいたのは、桜花だろ? 桜花以外に、誰が一番なのさ」


 桜花の目から涙がこぼれ落ちた。


「……俺の隣は、いつも桜花のものだから、安心しなよ」

「昌浩……」


 小さな声が昌浩の名を呼ぶ。
 心が闇から浮上しはじめた。


「謹製し奉る……」


 桜花を抱いたまま、昌浩が呪文を唱える。
 桜花の中にいる女性が苦しみ悶えているのが分かった。

 愛されたい。傍にいてほしい。
 そんな恋の執念が凝り固まって鬼となった女性。

 昇華された念が、天へと昇って行く。

 浄化し終えた時には、桜花は気を失っていた。


「大丈夫だよ。――俺は、ちゃんと桜花の傍にいるからさ」


 ね、桜花。

 涙で濡れた頬を拭ってやると、昌浩はさあどうしようと頭を抱えた。


 ――ここは、自分が頑張って背負っていくべきなんだろうな……


 と、そこで先ほど自分が口にした言葉を思い出して、昌浩は真っ赤になった。

 うわー、言っちゃったよ、俺。

 そんな声が聞こえてきそうで、神将達は苦笑するしかなかった。















 ねえ、昌浩。

 すごく嬉しかったよ、昌浩の言葉。


 ちゃんとここに来てくれたことも、一番だって言ってくれたことも。
 このまま消えてしまってもいいって思うくらい、嬉しかったよ――。

 こんな時でも彰子様のことでああ言ったことさえ、今では愛しくてたまらない。


 それは、とても優しい証拠だから。



 でもその優しさは、時々私を不安にさせるから。

 できるなら、私のことだけ、考えてほしい。


 ――そんな私のわがままを、許してください。




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