『隣』という居場所
「…じい様………」
「昌浩、おまえがかたをつけておいで。これは、お前に関する問題だからな」
彰子が倒れた。
しかも、呪詛に似たものが原因で。
それは、桜花が姿を消した次の日のことだった。
原因が桜花だと知った時、昌浩は愕然としたが、晴明はいたって冷静で、どうすればいいか分からない昌浩に指示を出す。
「彰子様のことはわしに任せておきなさい。お前は桜花を探しに行っておいで」
その祖父の言葉に頼り、昌浩はこの三日間、桜花の行方を探し続けていた。
「ねえ、昌浩は、本当に来てくれる?」
そこは、とても古い空き家だった。
一家全員が、火によって消された場所。
生への執着の残った魂が、そこかしこでうめき声をあげるおぞましい地。
『ええ。来てくれるわ。――絶対に』
ああ、ほら、来てくれたでしょう。
隣で揺らぐ魂は、門前に佇む昌浩を指差した。
それを見て、桜花は嬉しそうに笑った。
「昌浩、来てくれたのね」
昌浩はその姿を見て、悲しそうに顔を歪めた。
人の姿はしているのに、取り巻いている黒い影は人間離れしたものだ。
それは、この邸に残った思念が作り出したものだとすぐに分かった。
この邸は、恋する男を取られた女の妄執が生み出した鬼火がすべてを消した場所だという。
今の桜花が引き寄せられたのはある意味当然と言えた。
顔を歪めた昌浩を見て、桜花は悲しげな顔をした。
「……どうしたの? 昌浩、どうしてそんな顔をするの?」
「桜花。――彰子を、あんなふうに傷つけちゃ駄目だろ? どうしてこんなこと……」
その言葉を聞いて、桜花の顔から感情が消えた。
周りにいた神将達がしまったと舌打ちをする。
奥手な優しい昌浩の心がここではあだになった。
今の桜花は、いつもの桜花ではない。
積もり積もった恋の妄執が生み出した黒い闇で心が染まってしまった、一人の女だ。
「………うして……?」
ぶわりと妖気が広がった。
「どうして、あの子の事ばかり!!」
刺すような妖気が昌浩を襲う。
人間が扱える技ではない。目を懲らした時――桜花の中に女性の姿を視た。
鬼のように髪を振り乱して、ぎらぎらと瞳をぎらつかせた女性。
「どうして!? なぜあの子なの!? どうしてあとから来たあの子が『そこ』を取っていくの!?」
次々に襲い来る黒い刃に、昌浩は結界術で防御に回るしかない。
「『そこ』は私の場所なのに!! ねえ、どうしてそこにあの子がいるの!?」
苦しいまでの叫びが耳をつんざく。
「答えて!! あなたの隣にいていいのは誰?!!」
昌浩は目を見張った。
「ねえ、昌浩、答えて!! 私と彰子様と、どっちが大事なの!?」
狂おしい叫びが昌浩を捕らえる。
昌浩は苦汁ににじんだ顔で唇を噛み締めた。
答えられるわけがない。どちらも、昌浩にとっては大切な人だからだ。
『あらあら。……可哀相に。――あの子の一番は、あなたではないのね…』
その声を聞いて、昌浩ははっと顔を上げた。
鬼女の形相でこちらを睨む桜花の周りで、囁くように女性の魂が笑いながら踊るように浮遊していた。
「昌浩、あれが今回の失踪騒動の発端だ」
紅蓮の言葉に、昌浩が袖の中で刀印を結んだ。
「……してしまえば……」
「桜花……?」
「あの子を消してしまえば、昌浩は帰って来てくれる?」
懇願にも似た瞳が昌浩を捕らえた。
「昌浩の隣に、私はいられる……?」
殺してしまえば、そこに戻れる?
桜花は、何度も何度もそう口にした。