『生きる』ために



「…………」


 黙ってしまった愛しい人を慈しむように、桜花はその頬に手を伸ばす。


「私だけじゃない。おじい様だって、それに兄様だって、いつみまかれてしまうか分からないでしょう?」


 そんな桜花の言葉に、だが、と言いたげに紅蓮は目を細めた。

 そんな彼に、桜花は残していけるものは数少ない。だから、今ありったけの言葉で伝えたい。


 それは、生きている『今』しか出来ないことだから。


「…残していく私が言う言葉じゃないかもしれないとは思うわ。それでも、あなたにだけは分かってほしい」


 自分とて、まだ逝きたくはない。誰かを愛することを知って、愛される幸せに浸って。


 そんな時を、手放したくはない。それでも、死の足音は少しずつ、しかし確実に自分に迫っているのだ。

 だからこそ――。


「残していった私を恨んでもいい。私のことばかり考えてほしいとも言わない。だから、あなたは『生きて』」


 永久に近い時の中でその苦しみに捕われないよう、『生きて』欲しい。


「……それが、お前が遺す望みか………?」


 頬に添えられた手に自分のそれを重ね、紅蓮は桜花を見下ろした。

 切実な悲しみを湛える瞳に、自分の顔が映っている。
 笑っていたつもりなのに、全然笑えていない。


 ああ、自分は今、彼にこんな顔を向けているのだと、途端心が重くなる。

 その自分が、彼にこんな顔をさせているのだから。





 それでも、自分は自分の気持ちを伝えなければならない。


「……ええ。……私があなたに遺したいのは、そのこと」


 視線をそらさず、桜花は真っすぐに桜花の瞳を見つめた。


「次の世も、なんて途方もない約束、私には出来ないから。私は今の私を、あなたに覚えていてほしいの」


 だから、と桜花は今度こそ笑った。


「あなたの心に、私の心を住まわせて、紅蓮」


 決して忘れないで欲しい。私をそこで『生かさせて』。


「あなたが『生きて』いれば、私もあなたの中で生き続けることができるから、あなたは『生きて』」


 何と言われようと構わない。
 自分の居場所はそこしかないのだと、瞳で訴えかける。


「…………随分と、お前は酷なことを言ってくれるな」


 分かってる、と桜花は苦笑した。


「…分かったよ。………決して忘れない」


 そうして、紅蓮は桜花の手をぎゅっと握った。


「俺には、お前だけだからな」

「……うん」

「俺が心から愛するのは、桜花、お前だけだからな」

「…………………うん」


 桜花の頬を涙が伝う。


「私も、紅蓮、あなたを愛してる」


 だから私のことを、絶対忘れないで、と口にしかけて、それを封じられた。


 目を閉じて、ただ身を焦がす熱を感じながら。

 重なった唇が震えているのを、愛おしく思う。


 決して忘れるものかといっそう強まった抱擁に、このまま時が止まればいいのにと思いながら、桜花は誰よりも愛する人との口づけを交わすのだった――。




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