『生きる』ために
剣呑に眉をひそめ、紅蓮は小柄な桜花の体をひょいっと横抱きにして持ち上げた。
「ちょ……紅蓮!?」
急な事にびっくりしている桜花を紅蓮は容赦なく部屋の中に連れ込んだ。
「顔が青い上に体が熱っぽいぞ。………無理をするな、桜花」
呆れたのか怒っているのか分からない口調の紅蓮に、桜花も黙り込んでしまう。
基本しきっぱなしの茵の上に座らされ、桜花は不服そうに頬を膨らませた。
「なぜ、こんなことをした?」
厳しい瞳が桜花を射抜く。
「桜花」
「……もしかしたら、もう見納めかと思ったら……」
「あのなあ……また来年も見れ………」
そこまで口にして、紅蓮は目を見開いた。
悔し気に唇を噛み締めながら、桜花の腕をぐいっと強引に引いて、腕の中にすっぽり納めてしまう。
抗うことなくその胸に寄り添う桜花を抱きしめながら、紅蓮は思い出したくもないことを思い出した。
――二十まで……
いつかに聞いた言葉が蘇る。
双子に生まれたせいもあるのか、桜花は、元気な昌浩とは逆に幼い頃から体が弱かった。
外に出ればすぐ風邪をひくし、風邪をひいたらひいたですぐにこじらせ、何度生と死の狭間を行き来したことか。
晴明が延命の措置を講じても、全く効を為さなかった。
そんなある日、安倍家を震撼させたあの言葉を聞く事になる。
『残念ですが、姫君のお命は、二十まで持つかどうか…』
薬師の通告があまりに耳に痛かった。
当時、桜花は十。皆、本人には知られまいと隠していたつもりだった。だが、それは彼女にいつのまにか知れていて、それを知った時彼女がどう思ったかは分からない。
「……私、もう十八よ。もういつ……」
「それ以上は、言うな」
抱きしめる腕の力が強くなる。
その強さに息がつまり、桜花は抗議の声をあげる。
「紅蓮、苦しい……っ離して!」
だが、紅蓮は力を緩める事なく桜花を抱きしめる。
「頼むから…そういうことを言ってくれるな……!」
数年前に思いを通わせ、お互いの情はどんどん深まっていくのを感じている。
だのに、命という時間はその深さを凌駕するほど急速に、お互いの時の距離を離していく。
紅蓮は神将――神。よほどのことがない限り死なないし、時の限りも半永久。
だが、桜花は人間で、その中でも特に短い時間しか与えられず、使い切りかけている。
薬師が宣告した通り、桜花は最近寝付きがちだった。
体が限界を訴え始めているのだ。
そして、そのことを誰よりも分かっているのが、本人だった。
死の影が纏い付く体を掻き抱き、紅蓮は悔しげに眉を寄せる。
この命を与えられるならば、どれだけ与えても後悔はしない。
だが、それは叶わない。
そしてもし出来たとしても、桜花がそれを望まないことも分かっている。
それでも。
「俺は……お前を、離したくはない…!」
「紅蓮…」
…たくましい胸に頬を寄せて、桜花はぽつりと呟いた。
「でも、遅かれ早かれ私はあなたをこの世に残して逝っちゃうわ…」
胸に手を添えて、桜花は淋しげに笑う。
「あなたが今からそんなんじゃ、私はおちおち川を渡れないじゃない」
困った顔で紅蓮を見上げ、桜花は悲しげに目を揺らした。