『生きる』ために


 ひょう、と風が淋しげに笛を鳴らす。誘うように木の葉を揺らし、さわさわと音が響かせる。

 ある一枚が木の幹から離れ、桜花のすぐ傍にひらりと舞い降りた。


 真っ赤に染まった紅葉を見つめ、彼女はすっと目を細めた。

 小さくため息をついたその時。


「……そんなところで何をしているんだ、お前は」


 呆れたような甲高い声が後ろから聞こえた。
 その声の主にはものすごく心当たりがあるが、何故ここにいるのだろうと桜花は首を傾げた。


「…紅蓮」


 振り返った桜花の、驚いて見開かれた瞳に映るのは、赤い目の白い物の怪だった。


「紅蓮、どうしたの? 兄様はまだ出仕してるはずでしょう?」

「昌浩のところには勾と六合がいるんだ。心配いらん」


 そう言って物の怪がとことこと桜花の傍に歩み寄ってきた。


「でも、急にいなくなったら兄様心配してるんじゃないの?」

「ちょっと出掛けてくるとは言ってきたから、その点も心配いらん」


 それより、と物の怪はぎろっと桜花を睨み上げた。


「……この間まで寝込んでただろうが。誰がこんな寒空の下、外に出ていいといった」


 その視線になんらひるむ事なく、桜花は静かに反論の言葉を返す。
 こういった視線には、もう慣れっこだから。


「熱は下がったんだからいいでしょう? それに、今はまだ秋で、寒空ってほど寒くもないじゃない」

「お前にとっては寒い部類だろう! ぶり返したらどうする!」

「厚着してるから問題ない」


 確かに、この時期にしては羽織っている袿の量は普通の五割増しだ。


「……つべこべ言わず部屋に入れ」

「い・や」


 傍らに落ちていた紅葉を手に取ってくるくる回しながら、桜花は物の怪を顧みずに返事をする。


「……そもそも、裳着を済ませた大人が簀の子に出ていていいと思ってるのか?」

「いいの。安倍晴明の邸を垣間見に来るほど度胸のある人間、いるとは思わないもの」


 直球で言っても変球で言っても意見を変えることのない桜花に、物の怪はため息をついた。


「……そういうところは昌浩そっくりだな、お前は」

「双子だもの、似てて当たり前でしょうに」


 そう言いながら秋に色づく庭に目をやって、桜花は何とも言えない目をした。


 感情の見えない瞳が、物の怪の心を不穏に揺らがせる。

 考えたくもないことが頭を過ぎり、それを振りはらうように尻尾をぴしりと揺らした。


「ったく……」


 物の怪がそう小さく呟くと同時に、桜花の傍らに今まで抑えられていた火の気を持つ神気が現れた。






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