正月の醍醐味
3 横に首を振る これは、やっぱりつまみ食いだと思う。だって、味見だったら一回でいいのに何回も口に運んでるんだもの。
「……つ、つまみ食いだと、思います…」
「…ふーん、そうなの」
「ほら、千鶴だってこう言ってんじゃねーか!」
不服そうな沖田先輩と、私の言葉を聞いてそう沖田先輩に言う平助君。
その隣で、土方先生が沖田先輩を睨んでいた。
「総司、平助。てめぇら広間の手伝いしてきやがれ。今斉藤たちがやってるはずだ」
「え、お客様にそんなこと」
「近藤さんがやるって言ったんだよ」
校長先生……。ありがとうございます。
嬉しくて逆に涙が出そうだ。だって薫は下に下りてこないんだもの。父様と私だけじゃ準備しきれない。
「うしっ!任せとけ!」
「近藤さんがやってるなら仕方ないなぁ」
そういいながら平助君と沖田先輩は広間に向かっていった。
「悪かったな、こんな正月早々」
「いえ、気にしないでください。それに、たくさんの方と一緒に食べたほうがおいしいですから。私もつくりがいがあります」
「そうか、ならいいが」
そういいながら、土方先生は使っていないテーブルの椅子に腰掛けていった。
「ここ、使っていいか?」
「あ、はい。そこは使っていないので…。どうかなさったんですか?」
「正月開けの仕事の準備だよ」
「お忙しいんですね…」
古典の授業を担当している土方先生は、よく仕事のし過ぎなんじゃないかと先生達から言われていた。
「せっかくのお正月なんですから、少しはお休みになってはいかがですか?」
「そんなことを言ってられるか」
そういってパソコンを開くと、黙々と作業を始めた。
確かにあっちではいろいろ騒がしいし、仕事どころじゃないだろう。今はここが一番静かだ。
「お茶、どうぞ」
そんな先生に今の私が出来ることはこれしかないように思えて、熱めのお茶を準備して土方先生に差し出した。
「お、ありがとな、千鶴。気が利くぜ」
「ありがとうございます」
役に立てたことが嬉しくて、私は笑った。そして土方先生が打つキーの音と、少し遠くから聞こえる喧騒をBGMに、料理の仕上げに入った。
そのあと、家に来たお千ちゃんが持ってきてくれたおせちも合わせて昼に食べる準備を済ませた。
皆が準備してくれた席に各々ついて、私が作ったお雑煮を食べて。
お昼には、皆でおせちを食べた。お千ちゃんの家の料理人さん手づくりの散らし寿司や、君菊さんお手製のおせち料理も付けると、私だけのだと淋しいおせちも豪華になった。
「茶ぁくれるか」
重箱を洗いながらせわしなく動く千鶴に、俺はそう言った。
「はい、どうぞ。でも土方先生、お正月の一日くらい休まれたらいかがですか?」
「仕事は仕事だ。そんなわけにはいかねぇよ」
「それはそうですけど……」
千鶴は困った顔をして、それきり何も言わない。
俺がノートパソコンのキーを打つ音と、千鶴が皿を洗うかちゃかちゃという音しか聞こえない。
なるべく音をたてないようにと注意をはかってくれるのが分かる。
「はい、土方先生。これでも食べてください」
目の前に出されたのは、羊羹だった。
「甘いものを食べて、せめて疲れをとってください」
そんな気遣いが有り難い。
ことん、と置かれた羊羹に目をやり、すぐに千鶴に目を向ける。
「ありがとな」
忙しいときには、やはりこんな気遣いが欲しいものである。
土方END
《気遣いある時間》
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