正月の醍醐味
2 味見していない伊達巻き「ところで、この伊達巻きだけど」
机の上においてある、お雑煮と平行して作った伊達巻きを指差して沖田先輩が言った。
「それは私も食べてないので味の保証はできませんよ」
「そうなんだ」
沖田先輩が早速切り分けていく。
「千鶴ちゃん」
お雑煮を見ていた私を、沖田先輩が呼んだ。
それに振り返ると、唐突に口に何かを入れられた。
「!?」
「おいしかったよ。君も食べてみてよ」
あの、そういう言葉は口に入れる前に言ってほしいです。
そう思いながら、私は伊達巻きを咀嚼した。
「……ちょっと、甘すぎましたか?」
「そう?僕には好みの味付けだったけど」
「なら、よかったです」
私はちょっとホッとした。
「皆にこれあげるの勿体ないなぁ。全部僕が食べちゃダメ?」
「ダメです!」
「………ダメ?」
「……一切れ増やしてあげますから」
「足りないよ。全部」
「全部は無理ですってば」
「もう一個作ればいいでしょ?」
「……」
確かに、もう一個作ればいいかもしれないけど…。
困って目を泳がせてしまう私に、ふいに沖田先輩が笑った。
「冗談だよ、千鶴ちゃん」
「……」
この先輩は、いつもこうやって私を困らせるのだ。
「でも、ちゃんと一切れ増やしてね」
そういうところは抜かり無いなぁと思いながら、私は苦笑して頷いた。
そのあと、家に来たお千ちゃんが持ってきてくれたおせちも合わせて昼に食べる準備を済ませた。
皆が準備してくれた席に各々ついて、私が作ったお雑煮を食べて。
お昼には、皆でおせちを食べた。お千ちゃんの家の料理人さん手づくりの散らし寿司や、君菊さんお手製のおせち料理も付けると、私だけのだと淋しいおせちも豪華になった。
「これも千鶴ちゃんの手づくり?」
隣に座っている千鶴ちゃんに、僕はそう聞いた。
「あ、いえ、それはお千ちゃんがもってきてくれたものです。私が作ったのは栗きんとんと伊達巻きと昆布巻き…あ、あと紅白なますだけで…………って先輩、全部味見したじゃないですか」
「え?してないよ、さっき君が言った品目じゃないものはね。あとで急におせちが増えたなーとは思ったけど」
そんな僕の言葉に、千鶴ちゃんは困ったような顔をしていた。
「冗談だよ。ちゃんと分かってる。でも、全部一人で作ったの?」
「はい。……あの、口に合いませんか?」
僕の質問をどう受け取ったのか、千鶴ちゃんは少し悲しそうに言った。
「口に合わなかったら食べてないよ」
「…そうですよね」
少しホッとした表情で、千鶴ちゃんは笑った。
「どれもおいしいよ。だから皆にあげるのが勿体なくて仕方ないなーって、そう思っただけ」
また困ったような顔で笑った千鶴ちゃんに、僕は言った。
「ねぇ、千鶴ちゃん」
声をひそめて、それでも周りの喧騒の声に掻き消されないよう、彼女のすぐ耳元で。
「いつか、僕だけのために作ってほしいな。全部君の手づくりのおせちを、ね」
今日のつまみ食いは、僕だけのじゃないからやった、ちょっとしたいたずらだよ。
沖田END
《僕だけのおせち》
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