夕立
じりじりと夏の太陽が地を照らす。
「……暑いね…………」
「うん……暑い……」
千鶴の言葉に悠日は頷いた。
現在、二人で洗濯物を洗っている。最初は冷たかった水も日の光で温かくなってしまっている。
「今、この暑さで倒れてる隊士さん、多いんだよね?」
「うん、幹部の人達がそう言っていたから」
京の夏はじめじめして蒸し暑い。
湿気があるかないかで暑さの質はずいぶん変わってくる。
京は水が多いためか、夏は気温以上の暑さをもたらす。
「千鶴ちゃんは大丈夫? 江戸出身の人から、この暑さは少し辛いって聞いたことがあるけれど」
「私は大丈夫だよ。悠日ちゃんは?」
「私も大丈夫。特に辛いとも感じないから」
話しながら手を動かしていれば、洗濯物も時期に洗い終わった。
「よし! じゃあ乾そっか!」
「うん。洗濯物はこれで最後よね?」
「そうみたいだよ」
物干しに洗濯物をかけ、洗濯終了。
これからは時間が空くので部屋にいることになる。
が、一人ではない分心細くないので、二人仲良く部屋に戻っていった。
未の刻(十三時〜十五時)。
「……?」
先程井上に呼ばれて出ていった千鶴を待っていた悠日は、空を見上げながら首を傾げた。
「……雨のにおい? 夕立が、来る……?」
確かに空には灰色の雲が広がっているが……。
その瞬間、噂をすれば何とやら、ぽつぽつと雨が降り始めた。
「いけない! は、早く洗濯物取り込まないと!」
せっかく乾いた洗濯物が濡れてしまう。
夕立が降るのは短い間なのだが、降り始めるまでも短い。すぐに土砂降りになってしまう。
わたわたと慌てて洗濯物を取り込んでいた悠日は、先程から縁側と庭とを往復している。
最後にさおの一番上の洗濯物を取ろうとして、竿を下ろすための棒が見つからず、悠日はオロオロとしてしまう。
時間が経つに連れて激しくなる雨足にどうしようかと右往左往していた悠日は、ふっと自分の後ろに影が差したのを見て顔を上げた。
「君が探してるのってこれ?」
状況は深刻なのにむしろ面白がっているような声が、雨とともに上から降ってくる。
「あ、沖田さん。はい、そうです」
沖田が持っているものに頷き、悠日は手を伸ばした。
だが、彼はそれを上に掲げてしまって悠日には届かない。
「君じゃ身長的に辛いでしょ。取ってあげるよ」
いつになく親切な沖田に、悠日は少し首を傾げながらもありがたく取ってもらった。
最後の洗濯物を取り込みほっとしていた悠日の腕を、沖田が引っ張った。
なぜか、土砂降りの雨の中へ。
「すごい雨だね、夕立かな」
「たぶん夕立だと思いますが……あの、屋根の下にいきましょう。ここでは濡れます」
敢えて濡れているようにしか思えない行動に戸惑いながら、悠日はそう沖田に言ってみた。
が。
「気持ちいいじゃない。今朝方暑いって千鶴ちゃんと話してたのは誰だっけ?」
意地の悪い笑顔で沖田が見つめてくる。すごく困った表情で悠日は沖田を見上げた。
「それとこれとは別問題だと思うのですが……」
「……まあ、風邪引かれたら困るしね。いいよ、雨宿り出来るところにいこうか」
どこか残念そうな表情の沖田に、悠日は首を傾げた。
とりあえず屋根の下に入った悠日に、さっさと背を向けて沖田は去っていこうとする。
「……あの?」
「ちゃんと着替えるんだよ? ほんとに風邪引いちゃうから」
一体何をしにきたのかというほど呆気なく沖田は帰っていった。
……というか、濡れさせられた気がするような。
しかも、『行こうか』と言うわりに連れて来てくれただけで――。
「……何だったの?」
「悠日ちゃん……どうしたの!? ずぶ濡れだよ!?」
ひたすらわけが分からなくて首を傾げていた悠日の所に千鶴がやってきた。
「あ、うん。洗濯物取り込んでいたら、こんなになって……」
「風邪引いちゃうよ! 着替えたほうがいいと思うんだけど……」
「部屋にはこれから戻ろうと思っていた所だから、心配しないで」
そう言って微笑んだ悠日に、千鶴はそうなの? と首を傾げたが、洗濯物を抱えて彼女は言った。
「あ、じゃあこの洗濯物は片付けておくね。……ごめんなさい、悠日ちゃんにやらせちゃって」
「気にしないで。千鶴ちゃんには千鶴ちゃんの用事があったのだし。ね?」
すごく申し訳なさそうな千鶴に、悠日はそう言って再び笑ったのだった。