目的の真意
しゃこしゃこと墨をする音が聞こえる。
さりげなく上を見るとそれなりに真剣な表情の沖田の顔があり、悠日は少し胸を高鳴らせた。
「なに? 僕の顔に何か付いてる?」
にやにやとした笑顔が下りてきて、悠日はすっと視線を反らして横を向く。
「……なんでもないです」
「にしては顔が赤いよ? もしかして風邪かなぁ?」
「違います!」
勢いよく顔を上げると、至近距離に翡翠の双眸。
覗き込んでいたらしいそれと間近で向き合った二人は、しばしの間見つめ合う。
衝撃から覚めた悠日が思わず視線だけを動かしたことで、その何ともいえない空気をとりあえず破る。そんな悠日に、沖田がにやりと笑った。
「やっぱり赤いよ。ちょっとおでこも熱いし」
「本当に大丈夫です……」
額に触れた手に少し体を震わせた悠日は、沖田に小さな声で反論を述べる。
そんな悠日に、沖田は楽しそうに笑って言った。
「そう? それならいいけど、風邪引いたならちゃんと言うんだよ? 僕が看病してあげるから」
「結構です」
即答した悠日に、沖田はひどいなぁと笑う。
「沖田さんには隊務があるんですよ? 私に構い倒す暇ないじゃないですか。看病は千鶴ちゃんに頼みますから大丈夫です」
そんな悠日の言葉にそう、とだけ言うと、沖田は悠日から視線を外して机に向き直った。
硯の横に置いてあった細筆をとり、それに墨を染み込ませた沖田は、何のためらいもなく真っ白な紙に絵を描きはじめる。
その絵ができていく様を興味深そうに見る悠日に、沖田はどこか優しげな笑顔を向けていた。
そんな彼の様子に気づくことなく絵を見ていた悠日は、ぱちぱちと瞬きして首を傾げる。
描かれていくのは、どこか愛嬌の感じられる馬と――。
「……あの、沖田さん?」
「うん、なに?」
「もしかして、この人……」
「土方さんだよ」
ものすごく楽しそうに笑っている沖田を見て、悠日は半眼になった。
「さすがにこれは、ひどいんじゃないですか……?」
馬に乗った土方の頭に、なぜか矢が刺さっている。
しかも、土方の言葉なのだろう、彼の近くには『春の草 五色までは 覚えけり 豊玉』と書かれてある。
「大丈夫、あの人不死身だから」
「あの、それは理由には……」
「ちなみにこれね、土方さんの発句集に載ってるんだ。我ながら傑作だね、これ」
悠日の言葉を黙殺し、多少乾いたその紙を右手で持ち、沖田はうんうんと頷いた。たいそう満足しているようだ。
だが、悠日は逆に恐れにも似たものを感じた。
「そういう問題じゃないですよね……? こんな絵、土方さんに見つかったら……」
「うん、楽しいだろうね。ってことで悠日ちゃん、これをこれに挟んで、土方さんのところに持ってってくれる?」
彼の手には、豊玉発句集――ではなく、土方への報告書的なものがあった。その中に例の絵を紛れ込ませる。
「私はこのために呼ばれたんですか!?」
「ちゃんとしたお仕事だよね? じゃ、よろしくね。渡してきたらそれに関する土方さんの反応、僕に教えにきてね」
いってらっしゃいと部屋を出された悠日は、ものすごく困った表情で渡された十数枚の紙を見た。
「……………行かないと、後が恐いかも……」
土方さんすみません、と心の中で謝りながら、悠日は副長室に向かうのだった。