学園生活の受難
時を二十数分遡る。
薄桜学園一年の悠日は、徒歩で通える範囲でないことから自転車で毎日登校していた。
今日は少し寝坊してしまい、一緒に暮らしている牡丹に起こされて慌てて出てきたのである。
少しだけ余裕があったこともあって朝食だけはしっかり食べさせられたが。
昨晩は寝るのが諸事情あって遅かったのだ。無理もないでしょう、と牡丹は言っていたが、それが言い訳にしかならないことくらい分かっている。
遅刻ぎりぎりだろう時間に家を出る悠日に、送りましょうかと牡丹が心配そうに提案してきたが、丁重に断りを入れて家を出てきた。
彼女にも仕事があるのだ、甘えてばかりいるわけにもいかない。
走ること十五分、ようやく学校までの道のりの半ばを過ぎ、腕時計を見て少し息をつく。
「なんとか間に合うかな……?」
校門前には数分の遅れも許さない風紀委員がいるのだ。
今まで捕まったことはないが、人ごとだと思っていたそれが人ごとではなくなる可能性がある。
急ぐに越したことはないが、ここまでいつもの倍くらいのスピードで走っていたから少し余裕ができた。
速度はそのままに辺りに意識を向ければ、新緑の若葉が頭上を過ぎていく。
時折すれ違う小学生の列からは楽しげな笑い声が聞こえてきて、思わず微笑んだ。
昔通っていた小学校を横目に角を曲がれば、そこには桜並木がある。
既に散ってしまったその花を惜しみつつその下を通るのはいつものことだ。
学校まであと数分。
風にはらむ髪を欝陶しげに後ろにやりながら走っていると、ふいに見慣れた背中が見えた。
襟足につく媚茶の髪。カッターシャツにセーターを重ねた、ブレザーの上着を着ていないその背を見て思い当たる人物など、一人しかいない。
「沖田先輩……?」
小さく呟いたそれが聞こえたとは思えないが、彼はふいに立ち止まり、悠日を振り返った。