想うが故の思い
「えっ、それでいいのか!?」
唐突に上がった嬉しそうな言葉に、沖田は思わずその声のした場所へ目を向けた。
ここからは壁で死角になっていて見えないが、そこにいるのが誰かくらいは分かる。先ほどの声の主は藤堂だ。
もう一人、そこにいる理由をものすごく知りたい人物の気配も感じる。
一体なんだというのだろうか。
何となく気になって、沖田はそこをこっそり覗いてみた。
そこにいたのは藤堂と、案の定悠日だった。
――一体何やってるのさ、君達。
こんな隠れてこそこそと話す話題とは何なのかと、どこか不快感を覚えて沖田は眉をひそめた。
そんな彼とは裏腹に、藤堂は怪訝そうな顔で悠日に尋ねる。
「……でもさ、悠日。そんなもので本当に嬉しいわけ? もうちょっとこう……」
「少なくとも私はそう、ってだけだけどね。でも、女の子からしてみれば他の物よりは好きな物だとは思うけど」
何の話をしているのか気になって覗いてみれば、何やら物をもらう相談でもしているようだった。
というより、そうとしか思えなかった。
不機嫌さが増し、翡翠の双眸に剣が宿る。むしろ殺気がこもっていると言っても過言ではない。
が、一応押し殺しているので二人は沖田の存在に気づいていない。
沖田の周りの冷ややかな気配に対し、木漏れ日の下、そこだけどこか穏やかな雰囲気が流れている。
「……悠日が言うなら、たぶん大丈夫だよな。ありがとな、悠日」
「どういたしまして。ところで、早速買いに行くの? 平助君、確か今日は非番だったはずだし……」
質問に、藤堂はどこか気恥ずかしそうに頬を掻いた。
そんな藤堂の様子に首を傾げた悠日の髪を結ぶ桜色の紐が揺れた。
「そのつもりなんだけどさ……俺ちょっと土方さんに許可もらってくるから、待っててくれるか?」
「……話の流れが読めないよ、平助君」
悠日の質問から頼みの流れになった意図が分からず、悠日は困ったような表情をする。
そのことが分かったのか、藤堂はどこか遠慮がちに悠日に言う。
「お前の外出許可もらいに行くんだって。いや、ほら、俺あんまり好みとか分かんないしさ……頼む!」
両手を合わせて頭を下げた藤堂の言動の意味をしばらく考えていた悠日は、ああ、と得心がいったように笑顔で頷いた。
「そういうことね。うん、分かった。ここで待ってるね」
悠日の了承を得た藤堂は、じゃあちょっと待ってろよ! と駆け出して行った。
悠日はくすくすと苦笑して、ばたばたと副長室に向かった彼の背を見送りながら呟く。
「平助君ったら、私に訊かずに自分で選べばいいのに」
まるでやんちゃな幼なじみの相変わらずの様子に笑うかのような笑顔だ。
が、その様子を見ていた沖田には……。
――ものすごく気に入らないなぁ。
土方とまではいかないものの、沖田の眉間のしわは大層不機嫌そうに刻まれている。
藤堂は土方に悠日の外出許可をもらいに行った。とすると、土方さえ許可すれば彼女は藤堂と出掛けることになるわけだ。
彼としてはそれが気に入らない。もちろん、悠日と藤堂がこそこそと相談していることも気に入らない。
そんな沖田の思いを知るよしもない藤堂は、嬉しそうに手を振りながら走ってきた。
「悠日ー! 許可出たぞ!」
「本当? よかった」
少しほっとしたような表情で、悠日は藤堂に微笑む。
優しい悠日の笑顔を向けられている藤堂に、沖田は黒い笑顔で笑った。
「平助、君、抹殺確定だよ?」
殺意がこもっているとは思えない、いっそさわやかな黒い笑顔をした沖田は、とりあえず二人を尾行することにした。
「うっ、なんか寒気がする」
冷ややかな何かを感じ、なんでだー? と腕を抱えながら藤堂は少し青ざめた。
そんな藤堂に、悠日は少しだけ心配そうに首を傾げる。
「平助君風邪? 気をつけてね、幹部の人が風邪引いたとか洒落にならないよ?」
「いや、風邪っつーか……」
これは殺気に近いような、と思いながら、藤堂は悠日を引き連れて京の町へ繰り出した。