第八花 紫陽花

「それにしても、君が知ってたなんてね。びっくりしたよ」


 土方の部屋を出て、悠日の部屋へ向かいながら、沖田は本当に驚いたという様子でそう呟いた。


「すみません、隠していて」

「いいよ。さっき君が言った通り、言ってたらあそこには行けなかっただろうし」


 だから別に気にしてない、という沖田に、悠日は苦笑を返した

 悠日の言葉を疑う様子のない沖田に、偽りを告げていることを申し訳なく思ったのだ。

 悠日が、変若水が新選組と関わりを持っていることを知ったのは、ここを離れ、八瀬で世話になっている時だ。

 記憶喪失時の最初の記憶。そこにある白髪の新選組隊士の様子から、可能性だけは分かっていたが、確信は持てていなかった。

 牡丹に調べてもらっても良かったのだが、これまで牡丹には別件を調査してもらっていたためできなかったのだ。

 だが、それを告げるのはかなり危うい。
 情報源は人側のものではないのだ。簡単に話せるわけがない。


「悠日ちゃん?」


 思案していた悠日に、沖田が声をかける。
 はっとして見上げれば、首を傾げる沖田と目が合う。


「どうかした?」

「いえ……私はともかく、牡丹はどうするのかと思いまして」


 考えていたこととは少し違うものの、嘘ではないのは事実だ。
 ここでの悠日自身への処遇は問題ないが、牡丹に関しては何の説明もなかった。

 従者の立場にあるとはいえ巻き込んでいると考えている悠日には、彼女の処遇も気になるところだ。


「ああ、それならもう、半分決まってるよ」

「……はい?」

「君が八瀬に行ってる間にね。君と同じような感じにはなりそうだよ」


 知らない間にその辺りが決まっていたことに、悠日は目を点にした。


「でもさぁ、牡丹ちゃんも頑固でね。土方さんがそれを言ったらなんていったと思う?」

「……なんと、言ったんでしょうか」


 面白いものを見ているような笑顔で、沖田はにやにやしながら尋ねられ、悠日は少々不安げに尋ねた。


「『姫の指示ならば従うが、お前の指示には従うつもりはない。ここにとどまらせたいなら姫を説得しろ』だって」


 責任丸投げ、とも取れる発言だが、彼女がここにとどまることを了承すれば、悠日は外への『目』を失うことになる。

 牡丹は、悠日の乳姉妹であり護衛であり、外界とのつなぎでもあるのだ。

 それが悠日にとってどれだけの痛手となるか分かっているから、彼女は安易に了承しなかった。

 しかし、あの場所でそこまで話を持っていくのはまずいと思ったのか、土方はその話は出してこなかった。今日話した話題だけで、彼らも手いっぱいなのかもしれない。

 そして沖田が『半分』と言ったのは、牡丹が頑として譲らなかったためだろう。

 それらすべてを理解し、悠日は何もない空間に向かって声をかける。


「…………牡丹、ちょっと出てらっしゃい」

「何ですか、姫」


 呼び声に馳せ参じ、木の上から降りた牡丹は悠日の目の前に膝をつく。
 あの調子だと叱るのかなぁ、などと考えていた沖田は、果たして彼女はどう叱るのかと少々楽しみにしながら口を閉じる。

 ――しかし、その期待は外れた。


「ありがとう、断ってくれて」


 その言葉に目を見張ったのは沖田だけで、牡丹はやはり、という顔で悠日を見上げた。


「では……」


 指示を仰ぐ牡丹に、悠日は頷きを返す。

 沖田は蚊帳の外で、そこにあるのは『主と臣』のような光景だ。
 少々不機嫌そうな沖田に気づきながらも、悠日は牡丹との会話を続ける。


「これまで通り、姫様とのつなぎ、お願いしてもいい? 連絡を取らないことには、あの方も心配されるもの。その代わりに、私はここから出ない。そう土方さんには伝えておくから」

「御意」

「あ、でも、夜は屯所に戻ってきてね。さすがにそれは無理でしょうし」

「分かりました」


 そう返事だけすると、牡丹は再び姿を消す。


「……よかったでしょうか?」

「今更訊かれても困るんだけど」


 せめて自分には相談して欲しかった沖田としては、正直気に入らないことこの上ない。


「……すみません。でも……」

「いいよ、僕の方から土方さんに掛け合ってあげる。でも、君が外に出ないっていう条件だけじゃ多分無理だよ」


 沖田の言葉に、悠日は苦笑した。
 それは分かっていたのだろう。

 では、と悠日は毅然とした瞳で……『姫』の目で沖田を見た。


「……では、得た情報に関してはお伝えする。それではいけませんか?」

「信頼性に関しては?」

「調べ直すのであれば、それはそれで構いません。もちろん、あの子も全能ではないので、情報に誤りがあることもあるでしょうけど。――いかがですか?」


 それだけの条件を出されて、断る理由もない。
 小さく息をつくと、沖田は悠日に苦笑を返す。


「いいよ。……じゃあ、僕もそれに一つ乗ろうかな。信頼性は、僕も保証してあげる」


 そのほうが手っ取り早いしね。

 悠日への信頼は、そのまま牡丹に繋がるというようなものだろう。
 その気持ちは嬉しいが、盲目的とも言えるそれに悠日は少しの不安も覚える。

 しかし、気持ちが嬉しいのも嘘ではないのだ。
 その言葉に、悠日がほっと息をついたのは言うまでもない。


<第八花 終>
2013.6.30.

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