第八花 紫陽花

 怒鳴りたい衝動を必死で抑えている風情の土方に、沖田は大層面白そうに笑う。
 まるで、いたずらが成功した子どものようだ。


「……お前ら、いつからそんな関係になった」


 いたって静かに、しかしそこがまた恐ろしい声音での質問に、沖田は依然楽しそうに答えた。


「……言ってもいいかな?」

「先ほどの言葉で既に分かってしまっているでしょうに……何をいまさら」


 沖田の言葉に苛立ちを感じたらしく、牡丹はかなり厳しい瞳で沖田を睨みつける。
 もちろん、それにひるむ沖田ではなく、彼は悠日を見下ろしたまま首を傾げる。

 悠日は、それにためらうことなく頷いた。

 沖田が自分で判断しで口にしたのであれば、悠日は構わない。そもそも、その件がなければとうに言うつもりだったのだ。

 彼への信頼が厚いことは分かっていても、憶測は憶測で、可能性がないわけではないことからためらっていたのだから。


「僕たち、八年前に会ってたって言いましたよね? その時からですよ。……あれ、君が千鶴ちゃんと会ったのも八年前だっけ?」

「関係性についてはともかく……そうです。千鶴ちゃんを訪ねた帰りの道中で、沖田さんに会いました」


 もはや隠し切れないことを悟り、悠日は真実を口にする。最初の一言は聞こえなかったふりをする沖田を軽く睨みつけながらも、悠日はそう答えた。
 不服そうなのはもちろん牡丹で、怪訝そうにしているのは土方だ。


「なんで隠してやがった」

「だって、この子の可能性について土方さんたちが知ったら、絶対気にするでしょ?」

「そうでなくても気にしてただろうが」

「でも、ただの監視対象なら、僕が独り占めできたからさ」


 ね? と確認されるが、悠日はそれに果たして頷くべきか頷かないべきかわからず、少し困った表情で首を傾げる。
 その反応も想定済みだったらしく、沖田は笑って再び土方に目をやった。


「それに、この子が恩を仇で返すような子じゃないことは知ってたし。すっごく律儀だもん、悠日ちゃん」

「律儀、ねぇ」

「じゃなきゃ、八瀬の親戚だっけ? そこに行く時にわざわざ確認なんて取りませんよ」


 戻ってくるつもりがあったことや千鶴の件があったこともあるだろうが、それでなくても一応一言言っていくなり置手紙をするなりしただろう。悠日はそういう子だ。


「だから、黙ってたんですよ」

「……なら総司。お前、こいつが例の薬について知ってたことは知ってんのか?」


 先ほどの話の内容を口にした土方に、今度は沖田が怪訝そうに眉を寄せた。

 それが至近距離で分かる悠日は、いずれ知られることは分かってはいたものの、やはり少し心苦しい。

 痛みをこらえるような表情をしている悠日を、沖田は頭上から見下ろす。


「知ってたの?」

「……八年前のあの時点では、すでに。でも、それが人を狂わせるものであることと、その名称以外は、知りませんでした。それがいったい何で、入手先がどこなのか。そういったことは知りません」

「じゃあ、なんでそれを僕に言ってくれなかったのかな? せめて記憶が戻ってすぐとかにさ」


 警戒でも責めでもないそれは、純粋な疑問。
 それに安堵しつつ、悠日は少しためらいながら口にした。


「時を、見計らっていました」

「時?」


 悠日の一言に、沖田は眉を寄せる。
 もちろんそれに眉を寄せたのは土方も同様で、牡丹は少し驚いた表情をしていた。

 それを見て、沖田はそのことに関しては牡丹も知らなかったのだと確信する。


「これは、沖田さんだけの問題ではなく、おそらくこの新選組全体での問題ですよね。……沖田さんだけに話していい問題ではないと、判断しましたから」

「……それで?」


 先を促す土方に、悠日は一度小さく深呼吸してから口を開く。


「……記憶に関して話すのとほぼ同時期のほうがいいと思っていたので。八瀬へ行く前に話さなかったのは、話せば決して行かせてはもらえないと踏んだからです」

「なるほどな」


 納得した風情の土方と沖田に、悠日はホッとした風情で目を閉じた。


「で、お前はこれからどうするつもりだ」

「……私に選択肢はないのではないですか?」


 変若水について知っている人間をやすやすと開放はしないだろう。
 それもまた悠日の思惑のうちで、彼らはおそらく悠日が思った通りになっているとは思ってもみないだろう。


「……まあな。処遇は今までとたいして変わらねえ。それでもいいのか?」

「はい、大丈夫です」

「……いつ開放されるか分からねえぞ」

「仰りたいことの意味が分からないのですが……」


 本当に分からないという表情をする悠日に、土方はいや、と首を振った。

 そうして、彼は悠日に依然引っ付いている沖田に目を向けた。


「総司」

「何ですか」

「……悠日のことはお前に任せた」


 常以上に真剣な土方のその言葉に、沖田は一度驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔で頷いたのだった。




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