第八花 紫陽花

 他にもこまごまとした今後の話を振られて話が終わったのは、話し始めて半刻ほどのち。

 話が終わって、ほっとした様子で部屋を出ようとしたとき、悠日は土方に呼び止められた。


「悠日、ちょっとまだ聞きたいことがある。残ってくれるか」

「……いいですが、なんでしょうか?」


 それまで部屋にいた面々はすでにいない。ここには、悠日と土方、牡丹の三人だけだ。

 しん、とした静けさが重い。
 じじ、と炎が芯を焼く音が聞こえ、悠日は呼び止めた理由を考えながら眉を寄せる。

 悠日が根気強く待っていると、土方が口を開いた。


「総司とは、どういう関係だ?」

「……土方さんは、何を聞きたいんでしょうか」


 関係性。その意味するところは。――彼は、一体何を言わせたいのか。
 牡丹もそれに眉を寄せているが、土方は少し厳しめの目を向けてくるだけだ。


「見張る側と見張られる側、と答えても、納得はしていただけないのですよね?」

「よく分かってんじゃねぇか」


 先ほど沖田を部屋から外させたことを考えれば容易に分かること。
 かといって、どう答えたものか。

 彼の立場を悪くさせるようなことは言いたくない。

 視線を泳がせていると、障子に影が差す。
 その感じ慣れた気配に、三人が一斉に顔を上げた。

 そうして開いた障子の向こうから、案の定の人物が顔を出す。


「……昔会った幼馴染、じゃダメなのかな? 悠日ちゃん」

「お、沖田さん!?」

「……総司、なんできやがった。千鶴は」


 悠日の疑問をそのまま沖田にぶつけた土方に、沖田は少し不機嫌そうな表情で眉を寄せた。


「だって、皆部屋から出てきたじゃないですか。千鶴ちゃんは一君に見てもらってますよ。ちゃんと仕事してきたのに、なんで僕が責められなきゃならないんですか?」


 もっともである。
 皆が出てきたら、話が終わったと判断するのも間違いではないだろう。

 なるほど、と思った悠日とは裏腹に、土方は沖田の口から出た最初の一言について睨みを向ける。


「……で、さっき、今まで聞いたことねぇ言葉が出てきたんだが、俺の気のせいか?」

「あれ、土方さん耳まで遠くなったんですか? 気のせいなんかじゃないですよ」


 ね、と悠日に向けてくる笑顔はかなり楽しそうだ。
 いや、腹黒い、と解したほうがいいのだろうか。

 そんな悠日の困惑をものともせず、沖田はためらいなく悠日とのなれそめを話し始めた。

 江戸に来ていた悠日と昔江戸で会ったこと。
 その彼女に会いに、かなりの頻度で外に出かけていたこと。

 見る見るうちに土方の眉間のしわは増えていき、悠日は一体どこまで話す気かとハラハラ見守る。

 悠日が隠していた事柄については伏せてくれているため安心はできるものの、沖田の今後がかなり心配である。

 すべてを話し終わった後、土方は怒鳴りたい衝動を必死で抑え、少々引きつり気味の顔で沖田に尋ねた。


「……で? なんでそれを今まで黙ってやがった」

「千鶴ちゃんみたいに決定的な何かを知ってるわけじゃなかったし。結局、本人だったけどね」


 そんなはずないことは悠日は分かっているが、ここで口出しするのはまずいと思って、悠日は話の成り行きを見つめるだけだ。
 花結びの存在には、初日に気づいていたはず。

 それで黙っていたのは……。

 そう考えて、その理由を実際に聞いたことのない悠日は、何度か瞬きする。

 どうして、なのだろうか。
 言えば彼の立場が悪くなる。だがそれは、悠日の勝手な憶測に過ぎない。

 そして、彼の場合、その選択肢はない可能性が高い。
 この新選組の中での彼への信頼は、それだけ高いのだから。

 ならば、なぜ。
 同じような疑問を持っていたらしい土方は、悠日の心の中を代弁する形で沖田に尋ねた。


「可能性に関してはなんで言わなかったんだ」

「……土方さん、無粋ですよねぇ。そんなの決まってるじゃないですか」


 そう言って、沖田は悠日を後ろから抱き込んだ。


「こういう関係だから」


 にっこり、と笑うその顔は、おどけたように見えて本気だ。
 が、その表情よりも、発された言葉の方が問題だった。


「……は!?」


 土方だけでなく、悠日と牡丹もその言葉にはかなり驚いた。


「なんで君まで驚くかなぁ?」

「ちょ、こういう関係って……あの、そ……沖田さん!?」


 思わず『総司さん』と呼びそうになって訂正した悠日だが、それを容易に見抜いた沖田はかなり残念そうな顔をした。


「あ、さっき名前で言いかけたでしょ。そのまま言ってくれればよかったのに。総司さん、って」


 至近距離で上から見下ろされ、悠日は真っ赤になって視線を逸らした。

 その言葉と行動が決定打となったらしく、土方はぴくぴくと青筋を立てながらいたって冷静に続けた。

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