第八花 紫陽花

 悠日の言葉の意味を理解し、土方は千鶴に目を向けた。


「千鶴。ちょっとはずせ」

「え……?」


 唐突なその言葉に、千鶴は目を見張った。
 人払い、というその意味がよく分からなかった彼女は、一度悠日に視線を向ける。

 それに気が付いて振り返った悠日は、その視線を受けて苦笑を返した。


「ごめんなさい。……たぶん、千鶴ちゃんは知らなくてもいい話だと思うから」


 【あの者たち】について何も知らなかった千鶴。巻き込むわけにもいかず、今は外してもらうしかない。

 いずれ知ることになるとは思うものの、あまり話したい内容ではないし、彼らも知られたくはないだろう。
 それに怪訝そうにしながらも頷いた千鶴を確認すると、土方は沖田を見た。


「総司、お前は千鶴の見張りだ」


 唐突に指名されて、沖田は不機嫌そうに眉を寄せる。


「えぇー? なんで僕なんですか?」

「お前が口出すとこじれるだろうが。話の内容は後で話してやる」


 彼女が何を知っているのか、沖田はそこまでは分からないのだ。気にならないわけではない。
 しかし、不服と顔に書いてあるものの、後で話を聞くことが出来るのであれば、ここで断る理由もない。

 仕方ないなぁとため息交じりに席を立ち、沖田は千鶴を引き連れて部屋を出ていく。

 二人分の足音が遠ざかり、話が聞こえない距離になったのを確認すると、悠日は小さくため息をついた。


「……土方さんはご存じでしたか」


 何を、とは言わないが、そこに隠された言葉を土方はしっかり受け止めていた。


「まあ、あの総司がこの話し合いの間、かなり大人しかったからな。しかも、かなりお前に構ってやがる。何かあるとしか思えねぇだろ」


 昔会ったことまでは分かっていないようだが、見張る側と見張られる側、というだけの関係ではないことは分かっているようだ。
 あれだけ構われれば、確かに気づく人間は気づくだろう。

 胸にかかる桜の花結びを意識しながら、そうですね、と苦笑したあと、悠日は一度目を閉じた。

 それを聞けば敵意をもたれるのも分かっているが、何も言わず見過ごすわけにもいかないのだ。仕方があるまい。


「姫様……」

「牡丹、私が話し終わるまで黙っていてね。……お願い」


 命令、という名のお願いに、牡丹は押し黙った。
 話の内容によっては割って入ってくる可能性がある。

 もちろんそれは悠日の安全を考えてのことだが、ここで踏み込んでおかなければ後悔しそうだった。

 頷きだけを返した牡丹にありがとうと返すと、真剣な瞳で幹部の面々を見渡した。


「……それでは、本題に入らせていただいてもよろしいですか?」

「ああ、構わねぇ」


 話を聞く体勢に入った幹部の面々に、悠日は小さく深呼吸した。
 話のさじ加減が難しいので、落ち着いて考えなければ余計なことまで話してしまいそうだった。


「それで、お前の言う『俺たちが伏せてること』ってのは、なんだ?」

「……皆さんが、『変若水』と呼んでいるものについて、です」


 その言葉に全員が刀に手をかけた。
 だが、それにひるむことなく、悠日は彼らに依然と真っ直ぐな目を向ける。

 鯉口を斬る音に反応した牡丹を視線だけで止め、悠日は再び全員に目を向けた。


「私が聞きたいのは、一つ。……変若水とは、いったい何なのですか」


 問うてきた時点で知っていると思っていた土方たちは、その言葉に目を見張った。
 変若水がいったい何なのか。……自分たちも、最低限のことしか知らないのだ。

 ただ、壬生浪士組時代に、幕府から綱道と研究するように言われていたというだけのこと。

 だが、これはかなり内密の話だったはずだ。なぜその存在自体を知っているのか。

 そんな問いを向けてくること自体が不自然だ。


「てめぇ、何が目的だ」


 刀を取った手はそのままに、土方が警戒した様子で悠日を見る。
 ああこの場に彼がいなくてよかった、と胸中で呟きながら、悠日は土方の問いに答える。


「目的、というほどのものではないです。ただ、知りたいだけ。……もしかすると、それは、私自身にも関連するかもしれないものですから」


 すっと細くなった目に宿るのは、真剣な光。
 そして、未来を憂慮する不安の影。


「……それに、その件については、もう何年も前から答えを探しているものです。残念ながら、空白の期間があったために、それは全くと言っていいほど進展していないですが」


 答えを見つけ出す前に、見つかってしまったから。

 求めることがいかに危険なことかは承知していても、求めずにはいられない。
 それが、悠日の『義務』でもあるのだから。


「……お前は、一体何者だ?」


 それまで黙っていた斎藤が、剣呑な目をしながら尋ねる。
 瞳に映るのは敵意。そして、言葉によっては、それは殺意に変わる。

 しかし、ひるむことなく見つめるその瞳に、面々がたじろいでいるのは事実。
 手出しを許されず見ているしかできない牡丹の視線を感じながら、悠日は静かな瞳でそれに答えた。


「都は南東、宇治に住まっていた一族の……長になりますね。もっとも、その一族も、私と牡丹を除いて、皆滅びてしまいましたが」


 その言葉に土方たちが目を見張ったのと、少しほっとした様子で牡丹が小さく息をついたのはほぼ同時だった。



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